12・タルルム地方へ
「タルルム支部から、魔物の討伐要請が来た。俺達十一班が行く事になったが、相手はレッドキャップという事もあり早めの対処をしたい」
ギャエルは厳つい顔を顰めて話し出した。ただでさえ恐い顔が一層恐ろしいものになる。ギャエルはその表情のままキトリーとラウルを見た。キトリーはドキリとし、ラウルは嫌な予感がした。
「キトリーはアラルゼ村から王都まで三時間で到着出来ると言っていたな。ラウルは小動物に変身して荷物に入り、二人で先行して貰いたい。トトニ村でレッドキャップに襲われた者が複数居る。タルルム支部の騎士達と村人に話を聞き、レッドキャップの塒と勢力、周辺の魔物等探ってくれ。但し、無理はするな」
ラウルの嫌な予感は的中してしまったが、キトリーとラウルは神妙に頷いた。それを見たギャエルは更に続ける。
「レッドキャップの塒はテルヴァン圏谷の何処からしい。周囲の山に入る可能性もある。寒さ対策と雪山に入る準備はしておけ。今回の遠征の期間は一ヶ月以上。戦闘糧食は三日分。野営道具も持って行く。明日朝出発だ、では解散」
ラウルは溜息をつき立ち上がった。キトリーを見て苦笑いしている。
「キトリー、俺の荷物も頼む。俺、変身する時服は着たまま変身出来るんだけど、荷物は変化しないんだ」
「勿論です!私のパワードスーツは力持ちなので、お任せ下さい!」
力強く頷いたキトリーを見てラウルは力が抜けたように笑った。
「おう、よろしくな。じゃ、明日」
ラウルはキトリーの頭をポンポン叩くと寮に戻って行った。残されたキトリーにギャエルが声を掛けた。
「キトリー、パワードスーツには敵に見つからないような機能は無いのか?」
「確認します」
キトリーは頭装備を装着した。すぐに説明しようの声が響く。
『説明しよう!敵に視認されない為の機能は全身透明化だ!だが視認されないというだけで、音を立てないようになる訳ではなく、気配を消す機能でもない。使用の際は注意が必要だ!』
キトリーはそのままギャエルに説明すると、ギャエルはふむ、と考え込んだ。
「その機能はすぐに取得可能か?」
「必要魔力が多いので、二ヶ月以上かかりそうです」
キトリーの言葉を聞いてギャエルは残念そうに眉を下げた。そして更にキトリーに質問する。
「最近取得した機能は何だ?」
「内部洗浄です!パワードスーツを装着していると、汗とかの中の汚れは気にならないんですが、やっぱり女の子ですからね。綺麗にしておきたいと思いまして。や~、この機能取得して良かったです。シャワー要らずなんですよ!」
頭装備を解除し興奮気味に話すキトリーを見て、ギャエルは目頭を押さえた。
「よし、キトリー。まずはその全身透明化の機能を優先して取得してくれ。後、この遠征が終わったら副団長と取得する機能の相談をすると良い」
「分かりました!それでは失礼します!」
元気に騎士団本部を出ていくキトリーを、ギャエルは困ったように笑いながら見送った。
一ヶ月以上留守にするという事もあり、キトリーは孤児院への寄付を多めに用意した。小麦粉の紙大袋を担ぎ、肉類を持ち院長に挨拶をする。更にお金を渡し頭を下げたキトリーを見て、ジルは何かを考えているような顔をしていた。
翌朝、騎士団本部前で集合した十一班は王都を後にした。ラウルは小さなネズミに変身すると、荷物の中に潜り込む。キトリーは二人分の荷物を担ぎ上げ、タルルム地方に出発した。
タルルム地方はマルラーン国南東に位置している。隣国との境にある山岳地帯の麓に、トトニ村がある。
キトリーはジルをおんぶして王都まで飛んだ時と同じ速度で飛んでいた。流石に三時間で王都からタルルム地方へ飛ぶのは、キトリー自身も疲れるしラウルも心配だ。
速度を落として飛んでいたのだが、一度昼休憩に地上に降りるとラウルはフラフラしていた。
「もう少しゆっくり飛びますね……」
心配して言ったキトリーの申し出を、ラウルは力無く首を振り断った。
「今日一日の我慢だ……。しかしキトリー、よく平気だな。風の音もすごくて、ちょっと怖かったぞ」
「私飛ぶのが好きなんですよ。だから気にならないのかも知れないです。今日はこのスピードのまま飛びますね。今度ラウル先輩を乗せる時は、良い塩梅のスピードを探してみましょう!」
「……今度が無い事を願うわ……」
力強く言い切ったキトリーに、ラウルはぐったりとして答えた。
午後も飛び続け、騎士団タルルム支部に到着したのは夕方だった。秋も深まり夕焼けが見られる時間は短い。現に今の空は、暗い色が空の大半を覆いオレンジ色は地平線に沈みかけていた。
キトリーが建物前に降り立つと、居合わせた騎士達が臨戦態勢を取った。キトリーは自身が珍妙な見た目をしている事を思い出し、慌てて荷物からラウルを出した。
王都では騎士だけでなく町人達にも、このパワードスーツが騎士団の一員だと受け入れられているが、初めて目にする者にはギョッとされていた。武器を構えられると、流石に狼狽してしまう。
「あのっ私は騎士団本部から来ました!第一部隊十一班のキトリーです!」
頭装備を外し挨拶したキトリーを見て、騎士達は顔を見合わせている。そしてキトリーが出したネズミが人に変化したのを見て騒めいた。しかしラウルはキトリーと違い騎士団の鎧を身に付けている為、話は早かった。
「私は第一部隊十一班のラウルです。レッドキャップ討伐の依頼を受けて来ました。私達は情報を集める為に先行した次第です」
「……!そうでしたか!それではこちらへ」
二人は中央に大きなテーブルが置かれた会議室のような部屋に通された。示された席に座ると、資料を持った騎士が足早に部屋に入って来た。顔全体を覆うように髭を生やしたその騎士は、テーブルにタルルム地方の地図を広げた。
「援兵感謝します。私はタルルム支部副部長、エドガールと申します。こちらだけで対処しきれず、お恥ずかしい限りなのですが、何分、敵方の数が多いのです。村に来る奴等を倒しても倒しても、襲撃は減らず……」
威圧感のある見た目とは裏腹に、丁寧な口調でエドガールはそう言いながら、被害や襲撃のあった箇所にピンを刺していった。ピンはトトニ村周辺だけでなくテルヴァン圏谷内外に広範囲に立てられ、レッドキャップの塒が何処であるか分かり辛い。
「班長の言ってた通り、山に入る事になりそうだな……」
「圏谷周りの山にも塒があるって事ですよね?班長達が来るまでに全部の塒を見付ける事が出来るでしようか……?」
「レッドキャップは殲滅しないとだからな。兎に角、明日から塒を探そう。エドガール副部長、被害状況の説明をお願いします」
十一班内ではいつも軽口ばかり言っているラウルが、真剣な面持ちでエドガールを見た。エドガールはトトニ村から三十キロ程離れた場所に立てた、色の違うピンを指差す。
「まず、ここにレッドキャップの塒がありました。こちらに居たレッドキャップは我々で駆逐する事が出来ました。しかし、その後もレッドキャップは現れ続けました……。ラウル殿の仰った通り、恐らく周辺の山にも奴等は潜んでいるのでしょう。しかも、塒を壊滅させてから、奴等の動きは活性化したのです。被害はトトニ村周辺だけではなくなりました」
エドガールはトトニ村の隣村、ピグジェ村を指差す。
「どうやらピグジェ大聖堂、ピグジェの泉が狙われているようなのです」
エドガールの言葉通り、ピグジェ村周辺にはピンが大量に刺さっている。エドガールは眉間の皺を深めて苦々しく顔を顰めた。
「ここが汚されるのは避けねばならず、我々はトトニ村、ピグジェ村の警備で人員が割かれ、レッドキャップの塒の捜索に手が回っておりません」
ピグジェの泉は神が癒しの力を込めたとされる聖なる泉としての伝説があり、この泉と大聖堂は人々の心の拠り所となっている。今ではその力は失われてしまったが、大昔盲目だった者がその泉の水を飲むと目が見えるようになった、動かなくなってしまった足が動くようになったという話が伝えられていた。
タルルム支部の騎士達は昼夜問わず警備している為、初めは被害も出ていたのだが、今ではレッドキャップによる人や家畜、畑の被害は無くなっている。だが撃退するだけで、増えるレッドキャップの塒を発見し壊滅する事まで至らなかった。
「……トトニ村でも、ピグジェ村でも、怪我人、死者が出ています……」
暗い表情でエドガールは村人や家畜の被害状況を説明した。どの被害者も、村から離れ山や圏谷に入った時に襲われている。被害の噂を聞き、村人達は山や圏谷に入らなくなり、騎士達が警備を厚くした事でこれ以上被害が広がらなくなったそうだ。
「そうですか……。エドガール副部長、この辺りの地図を二枚頂けますか?」
「勿論です。こちらを」
既に用意していたらしいエドガールは、ラウルに地図を手渡した。ラウルは一枚をキトリーに渡すと、卓上に広げられた地図に刺されたピンの位置を書き写していく。キトリーもそれを真似て地図に被害の出た場所をバツ印で、壊滅済の塒は丸印を書き入れた。
「では、他の班員が十二日後にこちらに到着予定です。それまで私達は調査をします。今日はこちらで休ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。部屋を用意しますので、ゆっくりお休み下さい」
ラウルの申し出に、エドガールは笑顔で頷いた。




