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11・ジビエ料理

 






 エリクとキトリーは王都に戻ると、まず騎士団本部の厨房に来た。キトリーは料理長の指示した場所にアグドオスとコロビを下ろす。


「コロビは一頭だけキトリーが持ち帰りたいそうだ。それと、アグドオスのリクエストをしても?」


「副団長がリクエストとは珍しいですね。勿論良いですよ。どのように調理しましょうか?」


 料理長はにこやかに答えた。皺の多い料理長は笑うと目尻の皺が更に増える。優しそうな笑顔だった。


「俺は骨付き背肉の炭焼きを。キトリーはアマトリチャーナが良いそうだ」


「かしこまりました。キトリーさん、アマトリチャーナはベーコンから作りますので、来週になりますよ」


「はい!楽しみにしてます!」


 期待に頬を上気させ答えたキトリーに、料理長は優しい笑顔で頷いた。そして料理長達が肉の処理をする横で、キトリーもエリクに習いコロビの処理をした。


「遠征時、野営をする際に野生動物や魔物を調理する事もあるからな。出来るようになっておくと良い」


 教わりながら肉を処理し、一旦肉を家に置きに帰った。


「キトリー、クエスト報告をしてから、今日の戦闘について話をしたい。家族に少し遅くなると伝えておいて欲しい」


「分かりました」


 キトリーは魔石を動力源とした冷蔵庫にコロビの肉を入れると、ジルに向けて書き置きを残した。

 冒険者支援協会でクエストの完了報告をする。今日は仕事中という事もあり、報酬を受け取る事は出来ないのだが、休日であれば報酬目当てにクエストを受ける事はしても良いらしい。ただ、休日は体を休める団員の方が圧倒的に多く、クエストを受けて小遣い稼ぎをする団員は珍しかった。

 コロビの毛皮とアグドオスの毛皮を売り、そのお金はキトリーが受け取った。

 そして再度騎士団本部に戻り、副団長室に入る。団長室よりも狭い副団長室は、綺麗に整頓されていた。

 エリクに言われ、キトリーはテーブルを挟んでエリクの前に座った。


「今日、魔物達と戦う姿を見させて貰ったが、かなり素早く動けていたな。パワードスーツの性能か?上手く扱えていたと思う」


「あっありがとうございます!」


 エリクに褒められ素直に嬉しく感じたキトリーは、頬をピンクに染めて礼を言った。


「君の長剣の切れ味と、パワードスーツによる力も素晴らしいものだった。だがまだ無駄な動きが多い。足の動き、剣の振り方。敵の攻撃に対し無駄無く動けるようになれるようにしたいが、一朝一夕で出来るものではないからな。……一度だけ、アグドオスの攻撃を受けていたが、本当に平気か?」


「はい。パワードスーツは損傷したようですが、私自身に怪我はありません。パワードスーツの損傷率も、十五パーセントでしたので一時間もあれば、修復出来るそうです」


「それは、説明しようが?」


 エリクは少しだけ首を傾け聞いた。その仕草や視線が何だか色っぽい。恋愛経験の無いキトリーは、男の人も色っぽくなるのだな、と感心してしまう。そしてエリクは見た目が女神様だから、他の男性とは違うのかもと考えつつも頷き答えた。


「はい、そうです」


「ふっ、そうか。……少し遅くなってしまったな。弟が居るそうだが、今から作るのでは夕食が遅くなってしまうな……」


 面白そうに微笑んだエリクは、キトリーの家族の事を気にして顔を曇らせた。しかしキトリーはニッコリと笑いながら首を横に振った。


「いえ、大丈夫です。私の弟は料理が上手なので、きっと帰ったらコロビを美味しく焼いてくれてます」


「君の弟は料理が得意なのか」


「料理だけでなく、裁縫も……家事全般得意ですね。色々と器用にこなすんです。料理や裁縫なんかは、私よりも上手なんですよ」


 キトリーは自慢げに答えた。しっかり者のジルは、キトリーの自慢の弟だ。


「ふっ、そうか」


 エリクはふわりと微笑んだ。それはとても優しい笑みで、自分に向けられたものではないのにキトリーはドキリとしてしまった。

 美形は微笑むだけでも心臓に悪い、とキトリーは平常心を取り戻そうと心を落ち着かせながら帰宅した。ドアを開ける前から美味しそうな香りがし、やはりジルはコロビの肉を美味しく焼いてくれた。


「コロビ、美味しいねぇ!」


「ほんと。副団長の言ってた通りだわ。すっごい美味しい……」


 表面をパリパリに焼いたコロビの肉は柔らかく、噛む度に口の中に肉の甘みが広がる。臭みも脂っぽさも無いこの肉は、肉の味もしっかりしていてとても美味しかった。

 コロビの肉を堪能した二人は、この夜幸せな気持ちで眠りについた。






 翌日、十一班は王都周辺の巡回を行っていた。昼休憩になり騎士団本部の食堂に行くと、出されたメニューは昨日エリクがリクエストしたアグドオスの骨付き背肉の炭焼きだった。

 隣に座ったベルナールに、キトリーは説明する。


「これ、昨日副団長がリクエストしたの。好きなんですって」


「そう。そしてこのアグドオスはキトリーが討伐したものだ」


 そう言いながら、エリクはキトリーの前に座った。そのエリクを、キトリーは目を丸くして見た。ベルナールも、他の十一班の班員達もだ。エリクがこうして他の騎士と食事をするのは珍しい。エリクはそんなキトリー達を、眉を顰めて見返す。


「食べないのか?美味いぞ」


 エリクは肉にナイフを入れ、香ばしく焼かれたアグドオスを口に運んだ。所作の美しいエリクの正面に座っているキトリーは、緊張しながら肉を切り食べる。途端に濃い旨味が口の中に広がった。キトリーは、その弾力のある肉から噛む度に溢れ出る旨味に感動しながらエリクを見た。

 エリクはそんなキトリーを面白そうに見ている。


「副団長、すっごく、すっごく美味しいです!」


「はは。だろう?料理長の作る赤ワインソースと、アグドオスの脂がよく合うんだ。コロビはどうだった?」


「昨日、弟が焼いてくれてたんですけど、副団長の言う通りすごい美味しかったです。朝も、サンドイッチにしてくれたんですよ」


 いつもは簡単に済ませている朝食も、今日はジルが朝市で買ったバタールをスライスしたものに、焼いたコロビの肉を挟んだサンドイッチを作ってくれていた。レタスに玉ねぎスライス、トマトの入ったボリューム満点なサンドイッチだった。ジルはそれをお昼にも食べると、お弁当にしていた。

 朝市では時々野菜や果物、お菓子をサービスして貰う事があるらしく、今日の朝食はそれ等もありかなり豪華だった。因みにキトリーが夕方ジルと買い物に行ってもサービスして貰った事は無い……。


「ははは。夕食も朝食も、君の弟が作ったのか」


 嬉しそうに語っていたキトリーを見て、エリクは面白そうに笑い出した。その笑顔は少し幼く見える。笑われたキトリーは頬を赤くしながら弁明した。


「私も、洗い物とか片付けとかしてますよ!掃除とか洗濯とかもしてるんですよ!」


 一生懸命弁解しているキトリーだったが、その努力も虚しくエリクは更に面白そうに笑う。二人を見ていた他の班員達も、面白そうに笑っていた。



「副団長ってあんな風に笑うんだな」


 昼食の後、町の外に向かいながらベルナールが言った。それに他の班員達も頷いている。


「俺も初めて見たわ。美形のあの笑顔は破壊力あるよな~」


「ええ~?カンタン先輩~?」


「いや、分かるぞカンタン。類を見ない美しさだよな」


 ラウルがカンタンを揶揄うように見ると、レジスがカンタンに同意した。


「流石、女神騎士ですね~」


 のほほんとして言うキトリーを、ベルナールが苦笑して見ている。


「副団長は女性人気がすごいって聞くけど、お前は何とも思ってないのか?」


「ええ?そりゃ女神様のように美しいとは思うけど、見蕩れてたら鍛錬にならないじゃない。騎士団をクビになったらジルを養えなくなっちゃうもの。あと、副団長魔王だし怖いし」


 キトリーには死活問題である。色恋沙汰で職を失うのも、人々を守る夢を断たれるのも願い下げだ。


「それよりジビエ、美味しかったね~。来週はアグドオスのアマトリチャーナを作ってくれるって料理長が言ってたよ!」


 ワクワクして言う花より団子なキトリーを、ベルナールは面白そうに笑って見返した。









「今日はアマトリチャーナが出ると聞いた」


 この日、午前中の鍛錬を終えエリクがキトリーに言うと、先程までぐったりしていたキトリーは顔を輝かせた。エリクはそれを見て吹き出しそうになったが堪え、口元を拳で隠した。


「副団長!御指導ありがとうございました!」


 キトリーはキビキビとした動作で礼をすると、鍛錬を終えた十一班の方へ足取り軽く向かった。


「ベルナール!今日アマトリチャーナだって~!」


「お!良かったな!じゃあ行くか」


 ベルナールとキトリーが並んで歩くと、エリクがキトリーの横に来た。キトリーは不思議そうにエリクを見上げる。


「副団長?」


「今日はキトリーの討伐したアグドオスの料理だから、一緒に食べようと思ってな」


「そうなんですか。アマトリチャーナ、楽しみですね!」


 ニッコリ笑うエリクに、楽しみに頬を上気させたキトリー。その横で、ベルナールは少し居心地の悪さを感じながらも、何か言い訳をしてこの場を離れるのは不自然だと悶々としながら歩いた。

 厨房のカウンターで、エリクは料理長と何か話をしている。先にベルナールとキトリーは席についていた。

 皿に盛られたトマトソースのパスタ。平打ち麺にアグドオスのベーコンを使ったトマトソースがよく絡み、パセリの緑とすりおろしたチーズが映えている。


「美味しそう~!」


「だな。キトリーのお陰で食べれるのか、ありがとな」


「いえいえどういたしまして~」


 キトリーは目の前のアマトリチャーナにずっと頬を緩ませている。その目の前に料理長との会話を終えたエリクが座った。


「待たせてしまったようだな、すまない」


 キトリーは目を輝かせながらパスタをフォークに絡ませた。口に含むと、パスタに絡んだトマトソースのあっさりとした酸味と甘みが広がった。アグドオスのベーコンも脂の甘みと旨味が絶妙で食べごたえもあり、キトリーは表情を蕩けさせながら完食した。


「料理長が、君の弟にとベーコンを持たせてくれるそうだ。帰りに厨房に寄ってくれ」


 このエリクの言葉にキトリーの顔が嬉しそうに輝き、それを見たエリクも優しく微笑んだ。

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