10・美味しいお肉でやる気も漲る
戦う、残酷な表現があります。
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残りのヴァルフは六体。怒り唸るヴァルフ達は、一体のヴァルフの吠える声に反応して動き出した。
キトリーの周りを囲うように走り回り、時折キトリーに向かって体当たりや噛みつき攻撃を仕掛けて来る。その度にキトリーは、剣で押し返したり蹴りを入れて反撃をした。森の中という事もあり、木に隠れ認知出来ていない場所から出てくるヴァルフも居て戦い辛い。
だがキトリーの相手の攻撃に対する反応は良く、ヴァルフの攻撃を受けずにしっかりと反撃をする事で、確実に相手にダメージが蓄積されていた。
初めは緊張していたキトリーも、相手の動きを見て反応する事が出来、次第に落ち着いていった。動きの悪くなっている個体も居るが、まだ相手は六体。油断をすればすぐさま逆転されてしまうだろう。
キトリーは未だジリジリと自分を狙っているヴァルフ達と決着をつけるべく、強く地面を蹴った。空を覆うように広がる木々の葉の上まで飛び上がり、一体のヴァルフ目掛けて剣を構え落ちた。
脳天を貫く攻撃に、一番体の大きなヴァルフは力を失い倒れた。
倒したヴァルフが群れの長だったのか、残りのヴァルフの動きが途端に悪くなった。統率のとれていない攻撃を繰り出すヴァルフに、確実に致命傷を与える事でキトリーはヴァルフに勝利した。
「よくやったな。キトリー、死骸をここに集めろ」
一息ついているキトリーに、エリクが労いと指示を出した。エリクと手分けをして一箇所に死骸を集めると、黙々と死骸の処理をした。そしてまた討伐対象を探す。
森の奥をどんどん進んで行く。季節は葉が落ち始める頃。乾いた葉を踏む音が森の中に静かに響く。
そんな中、キトリーの耳に何かが遠くで喚く声が聞こえてきた。ゴブリンかも知れない。そう思ったキトリーは、剣を握りそちらに進んだ。
進んだ方向にはやはりゴブリンが居た。遠目にも分かる、小型の腕の長い人型魔物。群れの中にはキトリーよりも大きなゴブリンも居た。ホブゴブリンだ。ホブゴブリン三体にゴブリンが九体。キトリーが一人で戦って、勝てるのだろうか……。
「キトリー」
時が止まったかのように息を止めてゴブリンを見ていたキトリーに、エリクが小さく声を掛けた。その声に、息を吸う事を思い出したかのようにキトリーは空気を吸い込んだ。そこで心臓も煩く鳴っているのに気が付いた。
「はい。副団長」
「今回は数が多い。君は空を飛べるだろう?レーザービームも使って良い。数が減ったら剣を使うようにはして欲しいが。危なそうなら俺も参戦する。行って来い」
エリクの言葉に安心したキトリーは、エリクに頷き空を飛んだ。樹上から葉に隠れ相手を窺う。全くキトリーに気付いていないホブゴブリンに照準を定め、パワーを溜めたレーザービームを撃ち出した。一瞬で撃ち抜かれたホブゴブリンは血を吐き膝を付いた。
不意をつかれたゴブリン達は、この攻撃が何処から来たのか理解出来ずに辺りを見回している。
キトリーはもう一度、レーザービームを撃ち出し更に二体のゴブリンを貫く。撃たれたホブゴブリンは息があったが、ゴブリンの方は討ち止める事が出来た。
キトリーは地面に降り立ち剣を構えた。ゴブリン達は、自分達を攻撃した敵が姿を現した事で興奮し武器を打ち鳴らしている。相手は頭に血が上っており、自分は冷静だ。キトリーは怖いと感じなかった。大丈夫、倒せる。
キトリーは素早く走り、まだ無傷のホブゴブリンに間合いを詰めた。すぐに目の前まで来られた事に驚くホブゴブリンを斬り上げ、斬り下ろす際にくるりと回転した。そのまま流れるようにゴブリン達に斬り付けていく。
キトリーは踊るように戦い勝利した。ヴァルフの時と同じように、淡々と死骸を集めて処理をする。
一息ついた所で、エリクが移動し火を起こした。持って来たらしい肉を炙っている。エリクは炙った肉を切り、パンに挟んでキトリーに渡した。
「ありがとうございます」
一口かぶりつくと、固めのパンの香ばしさと焼いた干し肉の旨味が溢れ出てきた。噛めば噛むほど口の中で旨味のエキスが弾け、キトリーは目を見開いた。
「美味しいです!」
「そうか。普通の干し肉だが、気に入ったのなら良かった。コロビを討伐していたら、一体調理したんだがな。コロビは美味いぞ」
エリクはそう言うと、干し肉のサンドイッチを一口食べた。同じ物を食べているのだが、上品に見える。同じように地面に座っているのに。だがキトリーの興味は美味いというコロビの肉の方に引き寄せられた。
「コロビの肉、そんなに美味しいんですか?」
余りにもキラキラした瞳で聞かれ、エリクは思わず吹き出した。
「ではコロビを討伐したら処理して持ち帰ろう。コロビは毛皮も売れるから、小遣い稼ぎにもなる。あとアグドオスの討伐も受けている。これを食べたらコロビとアグドオス討伐に向かうぞ。ちなみに、アグドオスも食べられる。ジビエ、美味いぞ」
アグドオスも食べられると言われ目を輝かせていたキトリーだったが、すぐに肩を落とした。
「アグドオスの肉を副団長と山分けしても、うちは二人暮らしなので、沢山ありすぎて食べ切れません……」
キトリーのかなりガッカリした様子を見たエリクは、声を出して笑いキトリーの肩を叩く。
「騎士団の食堂に持って行こう。食堂でアグドオスはよく出るだろう?あれは他の団員が狩って来たものだからな。キトリーはどれが美味いと思った?」
「私、アマトリチャーナが好きでした!」
「アマトリチャーナか。食べられるのは来週になるな。俺は骨付き背肉の炭焼きが好きだ。大きいアグドオスが居ると良いな」
バラ肉とバックリブで一頭で二度美味しい。他の部位も料理長が美味しく調理してくれる。食欲でやる気を漲らせたキトリーは、火の処理をして立ち上がる。
川沿いを歩いていると、川の向こうで跳ねるコロビを見つけた。キトリーは一蹴りで川を渡りコロビを一刺し。近くに居たらしいもう一頭のコロビが大きな口を開けて噛み付こうとするのを横薙ぎにして倒した。
コロビは耳が長く前歯の長い魔物だ。見た目は可愛らしいのだが、顎の力は強く、後ろ足の脚力も侮れない。年中発情期という事もあり、ゴブリン同様討伐クエストが剥がされた事は無かった。
倒した二頭を持ち上げエリクの元に戻り、処理をしたコロビをロープに括り付けると、エリクはそれを川に投げ込んだ。
「他の動物や魔物に食べられたりしませんか?」
「ああ。肉の周りに結界を張ったから大丈夫だ」
「副団長、結界も張れるんですね……」
事も無げにエリクは言ったが、結界魔法は神聖魔法にしろ黒魔術にしろ、高度なレベル帯の魔法だ。それを肉を守る為に使うなんて……。キトリーはパワードスーツの下で、尊敬と驚きと呆れの混じる複雑な表情をしてエリクを見た。エリクはキトリーの見えない表情を察し、皮肉めいた笑顔で返す。
「結界位張れないと、こんな若僧が副団長では不満を持つ者が出てくるからな。貴族だから副団長になれたのだと陰口を囁かれるのは癪だ」
「え~。陰口ですか?副団長、見た目は女神様で実力もあって結界魔法まで使えて……嫉妬ですかね?十一班で副団長の陰口言ってる人なんて居なかったですよ。私が副団長は魔王だ~って言うと、皆副団長は実力者だから、有難い事なんだぞって……」
「キトリー?俺が、何だって?」
一段低くなったエリクの声に、ギクリとしたキトリーがゆっくりそちらを向くと、笑顔のエリクがキトリーを見ていた。笑顔なのに威圧感がすごい。
「アグドオス一頭、コロビはあと三頭だ。急ごうか」
「はいっ!行ってきます!」
キトリーは脱兎の如く駆け出した。エリクは柔らかい笑顔で溜息をつき、キトリーの後を追った。
途中コロビを一頭狩り進んでいると、巨大な猪型魔物が土を掘り起こしているのを見つけた。キトリーの顎位の高さがある体、かなり大きい。アグドオスだ。牙がそれ程大きくない所を見ると、雌だろうか。
食事中らしくまだキトリーには気付いていない。静かに近付いたキトリーだったが、アグドオスに気付かれてしまった。大きく首をしゃくりあげるように振ったアグドオスの攻撃を、キトリーは後ろに跳んで避ける。
アグドオスはキトリーに狙いを定め、頭を低くして突進して来た。この巨体の全力の突進を受ければ、成人男性でも瀕死の重体間違い無しだ。キトリーは慌てて横に跳び避け、前転し立ち上がる。
アグドオスの方を見ると、また頭を下げ突進の姿勢をとっていた。キトリーはアグドオスを見ながら周りを見、ジリジリと横に移動する。
アグドオスが突撃して来た。キトリーはアグドオスとの距離が近付いた所で素早く横に動き背にしていた木の影に移動した。突然の障害物にアグドオスは急停止する。
その隙をついたキトリーは、長剣を首元に突き刺した。痛みに暴れたアグドオスに、キトリーは跳ね飛ばされた。
エリクが飛び出そうとしているのを、キトリーは片手を上げて止めた。あの巨体に跳ね飛ばされたのに、キトリーは無傷でいた。痛みも無い。
剣を構えた所に、先程よりもスピードを上げたアグドオスが突っ込んで来る。キトリーは真上に飛び上がり、アグドオスの首を上から突き刺した。そのままアグドオスの背に跨り暴れるアグドオスにしがみつく。
振り落とされそうになるのを、両腿でアグドオスの背中を締め付け、左手で毛を鷲掴みにして耐える。そして何度も剣を首に突き刺した。
初めは激しく暴れていたアグドオスも弱々しくなり、ついに地面に倒れた。
「大丈夫か?」
エリクが駆け寄りキトリーを案じてくれる。キトリーはパワードスーツの中で笑顔を作った。
「はい。倒せました。処理しましょう」
エリクは苦笑しながら頷き、処理したアグドオスを川に漬けた。残りのコロビを討伐しクエストを完了させたキトリーは、冷たくなったアグドオスを担ぎ上げ軽い足取りで王都へ向かった。
通常数人がかりで運搬するアグドオスに、更にロープで五頭のコロビを括り付けた大荷物を軽やかに運ぶキトリーの横を、エリクは苦笑しながら歩いていた。




