1・入団志望のパワードスーツ
「今年の入団希望者は変わった奴が居るとは聞いていたが……」
騎士団長オディロンは困惑気味に無精髭の生えた顎に触れた。この広い試験会場では一次試験である打ち込みが行われていた。入団希望者達は打ち込み台に様々な攻撃を与えている。
そして団長がこの場に呼ばれた原因である者は、粉々になった打ち込み台の前で小さくなっていた。縮こまっていても、その異色の出で立ちはとても目立っている。背は低いが、全身を黒と金で彩色された鋼鉄の全身鎧で身を固めた入団希望者。他国の防具を見る機会のあるオディロンですら初めて見る、奇抜な鎧だった。
少し前に試験会場に慌てて現れたこの者は、大急ぎで受付を済ませた。開始ギリギリで受付をする者は珍しい。一月前から入団試験の受付は行われていたからだ。
受付用紙に書かれた名前はキトリー。与えられたスキルはパワードスーツ。何とも奇怪な入団希望者だ。勿論キトリーは注目の的だった。だが当のキトリーはその視線に気付く事無く、間に合った事に胸を撫で下ろし安堵していた。しかしキトリーの姿を見てざわめく声も、すぐに試験開始の案内で静かになった。
受付番号順に打ち込み台の前に並び、開始の合図で各々攻撃を与えていく。この丸太の打ち込み台には、合計一定以上のダメージを与えると壊れる魔法がかけられていた。
攻撃手段は何だって良い。剣でも魔法でも。早く壊した者から第一試験は合格となる。
他の者達が開始の合図早々各々の武器や魔法で打ち込み台に攻撃を与えているのに、キトリーは片手を上げて動かない。試験官達も訝しげにその様子を見ていた。そしてキトリーの掌から白い光が現れると、打ち込み台に向かって真っ直ぐに光の線が放たれた。その瞬間派手な爆発音が聞こえ、打ち込み台は粉々になった。
これで第一試験は合格だ。そう思っていたのに、何故かキトリーは団長室に連れて来られてしまった。目の前には騎士団長オディロンが難しい顔をしてキトリーの受付用紙を見ている。オディロンの放つ威圧感と、不安と緊張でキトリーは足が少し震えていた。
「パワードスーツのスキル……初めて聞くが、どんなスキルなんだ?」
「はいっ。パワードスーツを装備すると、魔物と戦う力を得る事が出来、空を飛ぶ事も出来ます!」
鋭い視線で射られたキトリーは、ビシッと背筋を正して答えた。オディロンは、ふむ、と顎を撫でる。
「打ち込み台を破壊した攻撃は魔法か?」
「魔力を使用した攻撃ですので、魔法かと……」
キトリーは自信無さげに答えた。キトリー自身にもよく分かっていないらしい。確かに用紙に記載されたスキル取得日は二日前。前例の無いスキルの為理解出来ていないのも無理は無い。
だが魔法にしてもその威力は凄まじいものだ。魔術師隊の隊長でもあの打ち込み台を一撃で壊すには、長い詠唱を必要とした上級レベルの魔術を使わなければ無理だろう。そしてオディロンであれば、愛刀で三打から五打全力で打ち付けなければならない。
「帯刀していないようだが、他に武器は無いのか?」
「剣だけはあります。他の武器は、まだ取得していません」
取得。独特な言い回しが気になったが、オディロンは他の質問に移った。
「志願理由は、守れる力を手に入れたから、か」
「はい。私の両親と兄は、魔物に殺されました……。こんな思いをする人を、一人でも減らしたい。それが私の志願理由です」
キトリーは強い瞳でオディロンを見たが、顔の見えないフルフェイス型の兜を被っている為その瞳は届かなかった。
「……兜を取らない理由は何だ?」
「それは……」
キトリーは口ごもった。理由を話せば入団出来ないかも知れないと、視線をさ迷わせる。
「騎士団は国王陛下の御前に出る事もある。顔を隠したままの不審人物を騎士団に入団させる事は出来んぞ」
「……頭装備解除」
オディロンの言葉に覚悟を決めたキトリーは兜を消した。脱いだのではなく、一瞬で兜が消え代わりに可愛らしい顔が現れた。淡い茶色の髪がサラリと肩の下まで落ち、緑色の瞳が不安そうに揺れている。
「女性では、騎士団に入れないと思いまして……」
成程背が低いとは思っていたが、女性だったのか。オディロンは納得した。確かに現在の騎士団に女性団員は居ない。だが過去にも居なかった訳では無かった。圧倒的に少なかっただけだ。
「特に騎士団としては問題無いぞ。ま、性別を隠したいのなら公表しなくても良い。その場合もな、顔を隠さなくても問題無いだろう」
オディロンはニカッとした笑顔で確信を持って言ったが、キトリーには信じられなかった。顔を見られたら一発で女性だとバレてしまうに違いない。騎士団に入れるのは男性だけだと思っていたが、そうではないらしい。ならば男性のふりをしなくても良いか。キトリーはフム、と考え込んでいる。
オディロンはそんなキトリーを置き去りに、キトリーの入団を許可し手続きをさせた。
礼を言いペコペコと頭を下げ退室したキトリーを見送った後、書類を見ながらオディロンは独り言ちた。
「こんなのを放置しとく訳にゃいかんだろ……」
「ジル!合格したよ!」
パワードスーツのままの姿で辺境の村の孤児院に降り立ったキトリーは、同じ髪色の男の子を抱き上げた。ジルはキトリーの弟、唯一残された家族だった。キトリーの言葉に、ジルは嬉しそうに笑った。
「おめでとう!お姉ちゃん!でもそしたら、お姉ちゃんは王都に行っちゃうんだよね……?」
ジルが少し寂しそうに言うと、キトリーは笑顔で首を横に振った。
「ジルも一緒に来てくれるでしょ?問題は、私が仕事に行ってる間一人になっちゃう事ね……。騎士団は遠征もあるし」
「それなら、私が紹介状を書いてあげよう。王都の孤児院でも色々手伝うと良い。遠征中の事も書いておこう。大事なのは、寄付をする事だよ」
笑顔で現れた院長に、キトリーは大笑いした。
「あははは!院長ったらそればっかりですね!でも分かってます。お給料が出たら、この孤児院にも少しですが寄付させて頂きますよ」
「それは助かります。孤児院を維持するのも楽ではありませんからね。さて、出発はいつになりますか?」
「明日発とうと思います」
キトリーの答えに院長は目をぱちくりさせた。こんなに急になるとは思っていなかったからだ。
「それはそれは……急ですねぇ……」
そう零しながらこの場を去った院長が、夕食の席で入団祝いにと月に一度しか焼かない誕生日のケーキを出して来て、キトリーは思わず泣いてしまった。
翌朝、孤児院の前でキトリーとジルは皆と別れの挨拶をして飛び立った。二人分の少ない荷物はジルが背負い、ジルはキトリーの背に張り付く形で飛んでいる。しっかり掴まっていないと振り落とされてしまいそうな程に速い。何ヶ所かロープで括りつけてはいるが、ジルは必死に掴まっていた。
流石に昨日村から王都に向かった時程スピードは出していない。だがジルは頭を守れる物を被っていないので、あまりの風圧に目を開けていられなかった。
昼食に降りた時、案の定ジルはフラフラしていた。無理もない。駅馬車であれば七日かかる道程を、一日で進もうというのだから。
しかし午前中を飛び続けた本人はピンピンしていた。
「大丈夫?ジル。もう少しゆっくり飛ぼうか?」
「……大丈夫。でもサンドイッチはもう良い……」
ジルはサンドイッチを半分だけ食べ、残りは包んで荷物に入れた。
空を高く感じる、綺麗に晴れた秋の空を二人は飛び続け、王都に到着したのは夕方だった。
昨日は目的地である試験会場の地図があった為、キトリーは試験会場前で降り立つ事が出来た。だが孤児院の場所を知らない二人は、町に降りて道を聞くしかない。
問題はキトリーの姿だ。兜は取ったが、すぐにパワードスーツを解除する事が出来ない理由がある。しかしこのままの姿で話しかけても不審がられるだけだった。
困っていると、騎士団員がやって来た。不審人物の報せを受けて駆け付けたらしい。悪い予感に顔色を悪くしたキトリーとジルだったが、やって来た騎士団員は笑顔だった。
「昨日の新入団員じゃないか。どうしたんだ?」
「すいません。道に迷ってしまいまして……」
この騎士団員は昨日の試験会場に居たらしい。余りにも目立っていたキトリーを覚えていた。
「成程。何処に行きたいんだ?」
親切にも騎士団員は孤児院まで案内してくれた。弱きを助け、困っている者に手を差し伸べる。キトリーは騎士団員に感謝と尊敬の念を感じ、自分もそうなりたいと胸を熱くした。
王都の孤児院の院長に紹介状を渡すと、院長は涙ながらに二人を受け入れてくれた。村の孤児院の院長は二人の生い立ちについて涙を誘う内容で書いていたようだ。
「明日から部屋を探します。あと、弟の事なんですが……」
「はい。手紙に書いてありました。遠征中の事もね。色々手伝ってくれると助かります。ジル君、よろしくお願いしますね」
「はい!お世話になります!」
院長の優しい微笑みに、ジルとキトリーは元気良く頭を下げた。
無事に部屋を借り、明日は入団式の日。ジルはあれから毎日孤児院に手伝いに行っている。
キトリーは希望を胸に、明日を楽しみに感じていた。手にしたこの力で、人々を魔物の脅威から守りたい。
爽やかな秋の風が窓から入ってきて、キトリーの髪をサラサラと揺らしていった。