#7. 自主制作
《カセンジキニコレル?ユカ》
世間は師走の日曜日、机の上のポケベルに呼び出された。
( ( 12 12 85 ) ) → イ イ ヨ
《イマドコ?》
((12 14 41 04 85))→ イ エ タ ゛ ヨ
《イチジカンゴネ》
急だなとは思いながら、別に用事も無いし。
愛犬のフリオニールにガムをあげてから、能勢電に乗って川西能勢口まで。
河川敷に向かった。
途中、鼓ヶ滝駅から鶯の森駅までの渓谷は、銀杏が赤々と夕方の猪名川を照らしていた。
滝山駅前手前の踏切を越えると、右方向の「大都会」では無く、左方向の絹延橋に向かう。
秋から冬を迎える五月山麓の駅でなんとなく降りることにした。
約束の時間までもう20分。一駅手前から歩いても間に合う。少し遠回りしたい気分だった。
河川敷が近づくにつれて工事中の看板が増えて、河川敷の景色が広がる。
「なんだまだ来てないのか」と遠回りして時間に遅れたことを謝らないで良い事に少し安心した矢先に、ズボンのポケットのベルがバイブした。
《ウシロニダレカイルヨ》
一瞬全身に寒気が走って振り向いた。赤く燃える山が美しいだけだった・・・。
?周りを見渡すと、公衆電話ボックスの中で、水色の薄手のコートが肩で笑っていた。
「やめてくれよ・・・。」
「随分遅いじゃない。約束の一時間を大幅に過ぎているので、とっても寒かったのよ。」
「ごめん。能勢電が一度引き返したんだよ。」
「まあ、それは大変ね。どのへんかしら?多田駅から鼓が滝駅の踏切が多めの所かな?」
「・・・・ごめん。なんだか意地悪な顔だね。」
「ええ、それはどうももうしわけございません。お忙しい所お呼び出し致しまして。」
いつも通りの意味の無い優しい時間の中で、久しぶりに笑った気がした時間だった。
「晋二君、お疲れ様でした。」
「・・・何が?・・・ああ、大学が推薦でさっさと決めてしまって良かったと思ってるよ。ありがとう・・・・。」
「・・・・うーん、それで良いの?」
「何が?」
「いつまで、気付かないふりをするの?」
「・・・何言ってるのかわからない。」
「精一杯走って、ぶつかって、真っ黒になって、口から血が出ているのは最初は怖かったけど、でもそれが晋二君だと思うと・・・なんて言えば良いかわからないけど、勇気が湧いたのよ。私も一歩でも前に進もうって。」
自分のラグビーが、誰かに影響を与えるなって、その時は想像もつかなかった。
「何が言いたいの?」
「・・・・・怒らないで聞いてくれる?」
これから、僕が起こるかもしれないことを言うのか・・・
「約束する。」
由夏は一回僕と目を反らして、もう一度目を合わせて言った。
「あなたの高校ラグビーは終わりました。」
冷たい風が頬に当たるのを感じた。
呼吸が少し大きくなって、大きく息を吸う自分に気付いた。
「本当にお疲れさまでした。すごく格好良かった。ありがとう。私にとって、すごく大事ものになりました。もう、認めてあげてください。晋二君が晋二君にお疲れ様って言ってあげて欲しい。晋二君が肩を叩いて、お疲れ様って言って、ありがとうって言った他のメンバーはもう先に進んでるよ。でも晋二君は誰にも言ってもらってない。不思議だけど、仕方がないとも思う。みんなは晋二君には必要ないと思ってる。鉄人シンジに優しい言葉なんて要らないって・・・」
ふと見ると、由夏の目が赤いのに気づいた。
「ごめん」
「別に謝って要らない。そうじゃない。」
何かを強く思い、必死に何かを伝えようとしてくれていることだけはわかった。
「ありがとう。時が止まっているのか動いているのかもわからなくなって・・。」
そう言うと由夏は少し笑って、ポケットから薄いケースのカセットテープを出した。
「一緒に聞こうよ。晋二君のwalkman貸してよ。」
walkmanをジャケットのポケットから出して、由夏のカセットを指し込んだ。
「イヤホン、片方貸して。」
そう言って由夏を左耳にイヤホンを付けた。
再生ボタンを押すと、右耳から彼女の思いを感じた。
少し遠くを見ながら、その曲は、イントロ前に少女の声で英語のメッセージが流れて、
それを聞いていると、自分の右側から一通のお手紙が届いた。
「今読んで良いの?」
彼女は小さくうなずいた。
① Heal the world : マイケルジャクソン
色々悩んだけど、音楽の好きな晋二君に、
オツカレサマーって言うための音楽に、
この曲を選んでみました。
私にとっては世界平和と同じくらい、
晋二君の心に安らぎがあることが大事。
少し心を休ませてあげてください。
シンジ!ラグビーの思い出ありがとう!
1996 12 15 マネージャーすればよかった。
ユカ
短い手紙だったけど、暖かかった。
曲が終わると、その次に曲は入っていなかった。
「次は私へのお礼に晋二君が録音してよ。」
「・・・そういうことか。」
次に進むきっかけをもらった。とても大切な瞬間だった。
「家まで送るよ。」
「本当?ありがとう。お母さんに会ってって。」
試合に負けたことが綺麗な思い出なったのを感じた。
次回 #8. 警報発生