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もう一度同じ景色が見たかった。  作者: 刀根 貴史
4/19

#4.別にいいけど。

『300メートル先、右方向です。』


「・・・・いや、左だ。」


 河川敷から南に向かって幅を広げる猪名川と、昔は無かったバイパスのおかげでめっきり車通りが少なくなった狭い車道。JR福知山線と猪名川に挟まれて、川沿いのグラウンドに入るための歩道。


 カーナビの指示を無視してやってきた夏の花火大会の会場は、今は晴れた寒空にゲイラカイトを上げる親子が二組いるだけだった。


 毎年の花火大会の時は、縁日の並ぶこの道にお年寄りから子供まで多くの人が歩いてきて、グラウンドにはシートや「ござ」を敷く家族、ダンボールを敷いて座る人もいた。


 「ばあちゃんのお通夜にはまだ時間がある・・・・少しだけ。」


 そう思って車を止めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「パイナップル食べても良い?」


「いや、何で聞くの?」


「晋二君も食べる?」


「いや、要らない。」


「どうして?!?!わかった。前歯の裏、上あごって言うの?そこがザラザラになるからでしょ?」


「違うよ。」


「ならどうして食べないの?美味しいのに。」


「・・・・パイナップル下さい。」


「二本お願いします!」


「・・・おい!」


 別に食べたくもなかった串に刺さったパイナップルを、由夏の勢いに押されて2本購入。


「優しいなあ。晋二君は。この150円のご恩は一生忘れません。いつか153円にしてお返しします。」


「どういう計算・・・」


 住宅街から河川敷に入る直前が一番混雑し、そこから屋台の花道に沿ってグラウンドに向かうにつれて、少しづつ人と人との距離が離れてくる。


 人が多いと言えども、それなりにゆったりとした空間で、「ほぼ真下」から花火を見る。


 開始から1時間ほどの花火大会なのだが、それほど予算もないのだろうか。適当に「間隔」を開けて花火は打ち上げられる。


「おお。やってますねえ。今年も花火は上がっております。」


 甲高い音を立てながらゆらゆらと一本道を駆け上がり、


 一瞬消えた後に大きく破裂した光が、


 少し後に鳴り響く轟音と一緒になって胸の奥に衝突するのを感じて、


 暫く立ちすくんでいた。



「どうしたの?晋二君。パイナップルが奥歯に詰まった?」


「・・違う・・・。」


「??」


「いや、ごめん・・・」


「どうしたの??・・」


 由夏が顔を覗き込んでいることにも気付かなかった。


「初めて見た。花火。多分。」


 18歳の男子高校生の口から出た思わぬカミングアウトに、由夏は一瞬を目を見開いて、少し大きく息を吐いた。


 これほど近くで見たのが初めてだったことを伝えたかったのだが、上手く表現できないほど感動していた。


「そうなの。それはなんと素晴らしい。この感動をだれに伝えたいですか?・・・という感じでもなさそうですね・・。」


 心が乱れているようには思わなかったのだが、頬に一筋、流れるものを感じながら、僕らは暫く花火に身を任せていた。


 暫くすると花火の雨が一旦止んで、下駄がアスファルトに当たる音がよく聞こえた。

小さな女の子の笑い声。屋台の呼び込み、ヨーヨーが破裂する音・・は別に良いんだけど。


 騒々しいのだけれど、心が落ち着く不思議な空間。


「晋二君、一つお願いがあるの。」


「お願い?何?」


「私と付き合って。」


「良いけど。」


「え?!?!?!」


「いや、良いけど。」


「いや、え?!どうして??????びっくりしたーーー」


 その時、再び花火は打ち上げられた。まん丸の牡丹花火に菊花火が続いていた。しばらくその世界に浸っていたい気もしたけど、背中の方でも大きな音が聞こえて、振り向くとリンゴ飴の屋台が倒れていた。


 横たわる屋台のそばに、男子高校生約10名が横たわっていた。


「・・・????直樹???」


 植村と先に引退したラグビー部員たちが、まるでスクラムに失敗したように折り重なっていた。周りの屋台の白熱灯に照らされて、辺りは騒然としていた。


「うふふ。これは大変。私たちも関係者だと思われるとせっかくのこの瞬間が台無しになるわ。逃げましょう!」


 そう言うと今しがた色んな事のどさくさにまぎれて付き合うことになった二人は、駅とは反対側に向かって走り始めた。


「この中に犯人がいる・・・。別に良いけど。」


 まだまだ真夏の暑さの夕涼み。花火に照らされる由夏の笑顔が印象的だった。


次回「5. なんでも無いようなことが幸せだったと思いませんか?」

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