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もう一度同じ景色が見たかった。  作者: 刀根 貴史
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#3.夏の日の1996 Classroom

1996年 8月 17日(土)



「アイス食って帰る?」


 ラクビー部の練習の帰り、学校の前にあるパン屋と言うか駄菓子屋と言うか、おばさんが一人でやってるその店は、いつも高校生で満員だった。


 必ず何かを買い食いして帰ることは半ば決まっているのだが、植村は毎日必ず「お決まりのように」聞いてくる。


「そうだな。」


 いつもと同じ返事をして、氷だらけのボックスの中をかき回して、結局いつも同じアイスを食べて一緒に家路に着く。



 

 そんな高校生活に、大きな変化が起きたのも真夏の8月だった。




「今晩、能勢口に6時半で良いか?」

「は?」

「花火大会だよ。18時30分・・・って言わないと伝わらないってこと?」

「ああ、花火大会?猪名川花火大会ね。」

「今年からシンジも家族で見ないって。なら一緒にって言っただろ。」

「そうだったな。良いよ。《18:30》に能勢口のバスターミナルで良いか。」

「いや、西友の前にしてくれ」

「なんだそりゃ。」


 ラクビーを離れると、男子高校生二人の会話の8割に意味は無かったけど、なんでも楽しかった。


 当時の高校生の大体は、自分の部屋にオーディオコンポがあって、それはカセットテープにお気に入りの新曲を順番にダビングしてオリジナルアルバムを制作するための必需品だったのだ。

 

・DREAMS COME TRUE    「LOVE LOVE LOVE」

・Mr.Children       「Tomorrow never knows」

・B'z           「Don't Leave Me」

・松任谷由実       「Hello,my friend」

・H Jungle With t     「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」


 1ヶ月に一度、「レンタルCDショップ」で大量に8cmのCDを借りてはカセットテープでオムニバスアルバムを制作するのが当時の音楽の楽しみ方の基本だった。


 寝る前にその「オリジナルライブ」を聞くか、ラジオを聞くか。それが当時の高校生のスタンダードな過ごし方だった。


「晋二郎、花火行くの?」


 一時帰宅し、学生服を着替えて支度をしていると、母親はそう聞いてエプロンのポケットから1000円札を2枚、手渡してくれた。


「航平も行くって言ってたけど、あの子はバイトしてるから何も渡してないわ。内緒にしておいて。」


 なにをするにも「公平」を大事にする。平和主義の母親らしい言い草だった。


 田舎の山道を走るローカル線、能勢電鉄。通称「能勢電」は一駅一駅をかみしめながらゆっくりと走り、大学生の頃に神戸からきた友達にはその渓谷の美しさに感動される程の山道をすり抜けて、終点川西能勢口駅で阪急電鉄、宝塚線に接続される。


 川西能勢口駅、当時はずっと何かしらの工事をしている駅で、渋滞の原因だなんだと踏切をなくすための高架を工事したりしながら、頻繁に乗り口と降り口が場所を変えていた。


 駅を降りると、そこにはバスターミナルとショッピングモールがあってJR川西池田駅に連結されている。


 駅を挟んで反対側には、阪急電鉄が運営する「MOSAIC BOX」と、ゲームセンターを挟んで隣には一番古くからある「西友」があった。


「花火大会は加茂方面なんだからバスターミナル側だろう・・・」


 18時15分。家から電車で約10分。バスで来る植村を、Walkmanから流れる「オリジナルライブ」を聞きながら、植村の言う通り西友の前で待つことにした。


 子供の頃は、川西能勢口とは大都会で、子どもは出歩いては行けないと親から言われていたのだが、当然そんな訳はなく。


 実際には都会への入口、より少し手前で、もっぱら学生、若者の遊び場、待ち合わせ場所。優しい繁華街だ。

 

 花火大会を見るための会場、縁日があるところまでは、そこから延びる人の行列が教えてくれる。


 工事中の改札前広場、エスカレーターの横に仮設されたスロープから降りてくる人。店から店を渡り歩く人。


 能勢電に乗ってやってくるまだまだ世間知らずの高校生は、川西能勢口駅にすらそれなりの刺激を感じつつも、覚めた目で見ているふりをするのである。


 「しかし・・・遅い。」


 さほど時間にルーズなイメージの無い植村がなかなか来ないことを少し不思議に思いつつ、公衆電話BOXに入った。


 友達8人位の電話番号は常に頭に入っていたのだが、とりわけ植村のポケベルの番号だけは忘れたことはなかった。


 ((51 52 32 44 93 67 ))⇒《ナニシテル?》


 受話器を置いた直後にズボンのポケットに入れていたポケベルが振動した。植村の家の電話番号だった。


「なんだ?まだ家か?」


 すぐに電話をかけると、なんだか咳きこむ植村の声だった。


「すまん。急に咳が止まらない。頭も痛い。夢も希望も失った。絶望で足が動かない。明日の部活は行く。」


「なに?!?!おい直樹!なに言ってんの?!こっちは大都会の人ごみの中で一人待ってますけど?」


 そうすると、「ブッ」と電話の切れる音がした。驚きすぎると人は、知らぬ間に目を見開いているものだ。


 そして・・・・いつの間にか開いていた電話BOXの扉からスーット入る手が、小さめのショルダーバックにしまっていたwalkmanから伸びて腰のベルトに掛けていたイヤホンを盗んでいた。


「イノセントワールドかあ。マイラバは何番目かな?喜多君。」


 人と言うのは気配も感じられない無防備な状況において急に誰かに話しかけられると、必ず大きな声を出すことになっている。


「うるさいなあ。こちらは音楽鑑賞をしているのです。どうかお静かにください。」


「何やってんだ?!俺の!・・」


「随分興奮気味に電話をしていたようですが、お相手は・・・さては悪友の植村君ですね?」


 質問をされた時点ではまだまだ混乱したままであったが、「ええ、植村君と花火に行く約束をしていたのですが急に咳が止まらなくなって絶望に震えているようでした。」と割と冷静に答えることができた。


「ほうほう、それは大変。彼の絶望に寄り添い救うためにも、あなたは今日、すべきことを成し遂げるべきでしょう。さて、君は何をするつもりだったのですか?」


「はあ?」


「なるほど、今日は猪名川花火大会。植村君と花火大会に出かけ、縁日を前に可愛い女子をナンパでもする予定だったということですね。」


「いや、全く違います。…………いや、花火大会には行く予定でした。」


「では植村君の変わりが務まるかどうかはわかりませんが、私も精一杯やらせて頂きましょう。」


「一体何?!これは・・。」


 松村由夏。高校1年の時に同じクラスだった、背が高くて髪の長い、美人だけど、誰かと一緒にいる所をほとんど見た事がなくて、休み時間はいつも窓からグラウンドみていて、物静かで大人しい印象しかなかった。何かの行事の時に同じ班になったこともあったけど、特に大きな印象が残っていないし、席が隣になったこともなかった・・・気がする。


「このあたりは私の地元なのですよ。喜多キャプテン。」


知らねーよ。とかなんだとか、短い言葉が幾つか連続して頭に浮かぶ。


「別に道に迷ってねーし」


まあ、混乱してるということか…。そんな自分を、自分で冷静に分析することはできていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次回 「4.別に良いけど。」

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