#12. 君と花火を見ることに
1997年8月16日(土)
2時間前に鳴ったポケベルで、仕方なく僕も浴衣を着る破目になった。
≪ワタシハユカタデイキマス シンジモネ≫
うーん…構わないけど、バイクに乗りにくいので、結局移動は能勢電になった。
愛犬のフリオニールにウインナーの端っこを上げて、駅に向かった。
三ツ矢サイダー発祥の地、平野駅。
真夏の炭酸飲料は、ギリギリ未成年男子には必需品で、炭酸入りなら味は別に何でも良かった。
阪急電車のお古をクリーム色に塗った能勢電の車両は6両。
発車してからスピードに乗る前に多田駅に到着する。
鼓が滝から鶯の森へ抜けるトンネル。
その出口にある渓谷に掛かる橋の下に見える猪名川も喉が渇いているように思えるほど、暑い日だった。
今年も続く猪名川花火大会。
川西能勢口駅から河川敷に向かう浴衣姿が今年は例年よりも多く思えた。
約束の西友の前に到着しそうになった時、もう一度ポケベルが鳴った。
≪ サ コ キ ア ク J R ナ ソ カ ケ セ テ 4 ≫
「何????」
ポケベルではよくあることだった。
近くの公衆電話から由夏のポケベルに『モジクズレテワカンナイ』を打った。
由夏からの返事を待つ間に、とりあえず文字を番号に置き換えて、抜け落ちてしまった番号を探す。
「サ…うーん、なんだ?…そもそもこのタイミングのポケベルだから…」
≪31 25 22 11 23 20 48 51 35 21 24 34 44 4≫
由夏の連絡しそうなことを考えながら数字を遠くから見てみる。すると、隣同士の数字の組み合わせが代わって文字が浮き上がって来る。
≪312522112320485135212434444≫
「あ!」
このパターンは、後ろから解読するとわかりやすい。
「テテツイニウヨ゛シイカニ…ここで2が1つ抜けてるのか。」
『≪31 22 52 21 12 32 04 85 13 52 12 43 44 44≫』
「≪サキニカイジョウニイッテテ≫か。」
由夏から返事が返ってくる前に解読に成功したものの、何か忘れものでもしたのかなと思いつつ、先に花火会場に行く理由も別に無いので
≪77 43 44 93 85≫→マ ツ テ ル ヨ
ポケベルを打ち返してから、15分後、もう一度僕のポケベルへのメッセージだった。
≪ゴメンモウスコシジカンカカリソウ≫
理由は良く分からないけれど、待ってる方が気を使わせそうな気がして≪ワカツタ≫とだけベルを打って、河川敷まで歩き始めた。
真夏のアスファルトは、夕焼けも落ちて暗くなってもまだ燃えるような熱さだった。
電信柱に留まるセミの鳴き声が耳についていたのだけれど、河川敷が近付くにつれて、既に始まっていた花火の音でかき消されて。
今年も無事に開催された花火大会には、今年も多くの屋台があった。
「由夏が来たら、パイナップル買わせよう。」
去年のリベンジを考えながら、一人で微笑んでいたのかもしれない。
この距離で見る人生2度目の花火は、やっぱり胸の奥にスッと入り込む。
花火が休憩に入った時だった。ポケットベルが呼ばれた。
≪ゴメン ムリカモ≫
????
何かあったのかと心配になって、近くの公衆電話から≪タイチョウワルイノ?≫と返した瞬間のことだった。
≪ハナビタイカイイカナイモウワカレヨウワタシタチ≫
全く理解できない文章だった。
僕は、君と花火を見ることにしていたんだ。
花火は再会し始めて、また辺りが明るくなった時、僕は走り出していた。
「なんだ?おかしいじゃないか。こんなの。なんのいたずらなんだ?」
ボタン花火を背中に、ひたすら走り続けて、走って走って。
川西能勢口の前は大渋滞だったけど、ジャスコの中を通って2階からアステ川西に抜ける道を使って、もう一度一階におりて西友に戻って。
そこからもう一度走って、雲雀ヶ丘花屋敷の方へ。
とうとう由夏の家に着いた時、そこには落胆しかなかった。
由夏の家の電気は消えていて、インターホンを押しても何の音沙汰もなかった。
家の中に誰も居ないのが分かって、頭の中で何かと何かがぶつかっているような感じで、上手く考えることが出来なかった。
その日、何度かポケットベルを打ったけれど、返事は全くなかった。
川西能勢口から雲雀ヶ丘花屋敷は歩いて行ける距離だけど少し距離を感じた、花火大会の夜だった。
次回 #13 ありがとうって本当ですか。




