裏切り
それは、山賊たちが占拠する村を見つけた翌々日のことだった。
「え、一時撤退ですか?」
「ああ、どうしても援軍が必要だろう?」
親衛隊のキャンプで隊員数名と朝食を囲んでいたところ、突然現れた体調がそんなことを言い出した。
俺とミヤを含め、そこにいた全員が顔を見合わせた。だって、それができればいまごろ苦労していないはず。
「リーゼ皇女はそれをお認めに?」
「いや、だからこっそり俺を含めた数名で嘆願しに王都に戻るのだ」
俺の質問に隊長がそう答える。
俺的にはその判断に文句はないが、何か妙な胸騒ぎを感じる。大体この隊長が自ら動くなんて、よっぽど旨味のあるときしかありえない。
「……わざわざ隊長が動かなくても、部下をやらせればよいのでは?」
「いやいや、重要な任務だからな。俺が動く必要があるのだ」
にやりと笑みを浮かべ、隊長が答える。
俺は釈然としないものを感じながらも、了承した。
ぐいっと酒をあおりながら、外へと歩いてゆく隊長。
「……一体何を考えているのでしょうか」
「さあ」
その隊長の背中を見ながら、俺たちは呟いた。何か良からぬことを企てていなければよいが、そんなことを心配しながら。
だが、残念なことにその心配は的中することになる。
それはわずか数時間後のことだった。
きっかけは、急に王国軍の兵士たちがあわただしくキャンプをたたみ、身支度をし始めたことから始まった。
聞けば、援軍を要請するために王国軍が皆撤退するという。
それを聞いて驚いたのは、我々親衛隊である。寝耳に水ということもあるが、援軍支援のために、軍のほとんどを遣わす奴がどこにいる。これではこのキャンプに残るのは我々親衛隊を含む50ちょっとで、山賊に人数不利で襲われて終わりではないか。
慌てた俺は部下と共に事態の説明を求めるため、隊長の姿を探した。
するとリーゼ皇女の拠点の前で、第一皇女の参謀と談笑する体調を見つけた。
「隊長、これはどういうことですか?」
「なんだ急に、平民。どうとは?」
我々を見た隊長が、下卑た笑みを浮かべて聞いてくる。
「どうもこうも、なぜ軍の皆が帰宅の準備を始めているのですか!?」
「先ほど、説明しただろう? 援軍の支援を求めるため、俺が数名とともに帰還するとな」
数名? これのどこが数名だというのだ。俺を含めた親衛隊以外の軍人が全員いなくなるではないか。
「馬鹿なことを言わないでください。これでは、山賊より人が減りすぎて、拠点を維持できません!」
「ならばお前らで戦線を下げればよいではないか」
「そんな、簡単に……」
俺は反論して、ふいに気づいてしまった。
俺を見てにやにやと笑う、隊長と第一皇女参謀の思惑を。
「……確認しますが、リーゼ第三皇女にはこのことは?」
「まさか、それでは反対されてしまうではないですか。ですからこのように秘密裏に動くのです」
第一皇女参謀が俺の問いに答えた。
なるほど、やはりこいつらはリーゼ第三皇女をここで殺してしまうつもりなのだろう。
第一皇女の差し金か、第二皇女もかんでいるのか、いずれにせよ彼女を疎んじる者たちの策略にはめられたわけである。
「た、隊長。大変です! 俺たちのキャンプを兵がとりかこんで……」
俺たちの後ろから走ってきた部下が、俺に向かって叫んでいる。
気づけば、俺たちの周りをも武装した兵が取り囲んでいた。
最後の最後にとんでもないことをしてくれたな、このくそ隊長。
今まではそこまで嫌いではない隊長だったが、今で好感度は地の底まで落ちた。
結局隊長にとって俺たちは、そこらへんに転がっている虫と何も変わらなかったということなのだろう。俺たちなんて、生きようが死のうが、いちいち気にする価値すらなかったのだろう。
「縛り上げろ」
第一皇女参謀の一言で、俺たちは縄で縛り上げられた。
それから俺たち親衛隊総勢50名は拠点の中央に集められ、地面に転がされた。みな手と足を縄で縛られ、動けなくされている。
そんな俺たちを隊長や、第一皇女参謀を含む兵士たちが馬の上から見下ろしていた。
「それでは、平民諸君。リーゼ第三皇女をよろしく頼んだぞ」
隊長のその言葉に、がやがやと笑い声をあげる周りの兵士たち。
「ま、まってくれ。俺たちも、俺たちも連れて行ってくれ!」
「リーゼ第三皇女なんて、どうでもいいんだ! ただ、職にこまったからここにいるだけで、頼む、信じてくれ!」
一方我々親衛隊の部下たちの多くは、必死に隊長や取り囲む兵に命乞いをしていた。
隊長が隊長なら、隊員も隊員である。嫌われ者のリーゼ第三皇女を思うものなんて、誰もこの場にいはしない。
俺も俺で、どうすれば最も助かる可能性が高いかを必死に考えていた。
「ははは、ではさらばだ」
そう言って、兵たちを引き連れ隊長は馬を走らせた。隊員の必死の引き留めもむなしく、彼らの背中は遠くなってしまった。
残されたのは親衛隊50名。リーゼ第三皇女はまだ生きているのか、すら怪しい。
「おい、どうするんだよ、このままだと俺たち飢え死にだぞ!」
「馬鹿いえ、先に山賊に殺されるにきまってるだろ!」
騒ぎ声が止まらない隊員たち。
「ふ、副隊長、どうしましょう」
隣のミアも焦りを含んだ声でそうきいてきた。
「ちょっとまってくれ、あと十五分くらいで、たぶん……」
俺はそう言いながら、未後ろに回された自分の手の指先に魔力を必死に込めていた。
俺は魔法の才能がないわけではないが、まともな攻撃魔法は魔法陣がなければ使えない。
だから隊長の奴も、俺のボディチェックで魔法陣を隠し持っていないか確かめた後は、ただ縄でしばるしかしなかったのだろう。
ただ、まともな攻撃魔法じゃなければ、魔法陣がなくても一応使えるのである。
俺は今、自分の指先に魔力を込め、必死に熱を発生させていた。人間相手に使っても局所的なやけどしか起こせない、不出来なものである。ただ、縄を焼きほどくには、時間さえあれば充分であった。
指先で縄を触りながら、魔力を込める。指がつりそうになりながらも、言葉通り俺は十五分ほどで縄を焼き切ることに成功した。
そこからほかの隊員たちの縄をほどいた俺は、部下たちにリーゼ皇女の安否の確認及び、馬と武器の確認をさせた。
「副隊長、リーゼ皇女は無事でした」
部下からの報告にほっと胸をなでおろす俺。やはりリーゼ第三皇女は無事だった。隊長やあの参謀がこんな面倒な手間をとる理由はやはり、彼らは自分たちの手は汚さずに、第三皇女を殺したいらしい。
「だめです隊長。馬はみんな殺されてます」
「武器も全部持ち去られています」
「そうか……」
だが予想通り、武器と馬は奪われていた。
おそらく予想では、隊長たちと山賊は裏でつながっているはず。だとすれば、隊長たちが何らかの方法で自らの撤退を山賊たちに伝えれば、すぐにでも山賊たちは襲ってくるだろう。
そうなれば抗うすべはない。
「諸君、おそらくだがもう三十分もしないうちに、山賊たちが我々のもとに襲い掛かってくるだろう」
私が部下たち全員に聞こえる声でそういうと、隊員たちの顔に明らかな緊張が走った。
「戦うといっても、相手のほうが人数は4倍以上あるし、武器もなければ戦いにはなるまい。かといってわれらが王都に戻ることも、途中で何もない平原を通るから間違いなく無理だ」
「では、どうするんですか隊長!」
俺の救いのない言葉に、隊員の一人が叫んだ。
「方法があるとすれば、ちりじりになって森の中に隠れて逃げることだけだが……」
俺は後ろの森を指さしながら、いったんそこで言葉を区切った。この森を通って、方角的には隣国にたどり着けることになる。もしくは一旦山賊があきらめるまで森の中に潜んで、王都に戻るという線もあるが……。
「おそらく森に潜伏して王都に帰ろうとしたところで、決して近づくことはできないだろう」
第三皇女を生きて王都に返すことを、奴らが許すわけがない。
「なので、逃げるとすれば隣国、ということになるな」
「隣国? オルフェン王国に亡命するということですか?」
俺の言葉に、ミヤが聞き返してきた。
「ああ」
「馬鹿な。そんなの受け入れられるわけがない!」
うなづいた俺に対して、隊員たちが声を上げる。
確かに、彼らの言うとおりである。平民の俺たちの亡命なんて請けいられるわけがない。
ただ、記憶の中でリーゼ第三皇女は、オルフェン王国の公爵となっていたのだ。
「ああ、俺たちだけでは無理だ。だが、リーゼ第三皇女と共にならどうだろう?」
「それは……しかし皇女とはいえ、リーゼ第三皇女は……」
隊員たちの顔は暗い。わかっている。リーゼ第三皇女はやっかみもので、誰からも疎んじられている。そんな人物の亡命を、たとえ王族とはいえ、受け入れるかは怪しい。
記憶の中では受け入れられていたとはいえ、現実でどうなるかはわからない。けれど私は、リーゼ皇女を信じてみたかった。
「わかっている。しかし、私が思いつく中で最も確率がありそうな方法はこれなんだ。ほかに方法が思いつく人がいれば、言ってくれ」
私がそう尋ねると、誰もが口をつぐんだ。結局残された方法なんて、無理難題ばかりなのである。
「では、細かな作戦などは、ミア、お前が中心となって決めてくれ」
「はい、副隊長はどうするのです?」
俺の頼みに、ミアは頷いてそう答えた。
「俺は今から、リーゼ第三皇女の説得を行う」
俺はそう言って、リーゼ第三皇女のいる建物のほうを眺めた。