不穏な山賊討伐
「いつまで、時間をかけているのよ! この平民上がりの、へぼ騎士が!」
拠点にて報告を行った俺に、リーゼ第三皇女は罵声をあびせた。我らが主人の皇女様は、今日もまたお怒りである。
「もうしわけございません。ですが事前報告に比べて明らかに、相手の数も装備も桁違いでして、ですのでここは一度援軍を・・・・・・」
「言い訳は聞きたくない! このくず!」
身をかがめた俺は素直に頭を下げる。我ら第三皇女親衛隊は今、第三皇女の初陣に同行中であった。任務は近隣の村を襲った山賊の討伐。事前報告書を見ると、数30に満たないはずだったのだが・・・・・・。
「第三皇女の仰るとおりです。このままでは皇女の初陣にケチがつきますよ」
第三皇女の隣に控えていた男の、意地悪い声がふってくる。奴は確かこの初陣の報告係として同行した、第一皇女の参謀。流石は頭脳派、第三皇女の激高ポイントをきちんと把握している。
「そんなことになったら、貴様を真っ先に縛り首にしてやるからな、覚悟しろ!」
「はっ! 肝に銘じます!」
俺はこれ以上の会話は不可能と判断し、そそくさとその場を後にすることにした。俺が顔を上げると煌びやかな椅子に腰掛けた、14の美少女が俺を怒りの表情で見下ろしていた。金色のウェーブの髪は今日も良い匂いがしそうだななどと思いつつ、俺は踵を返して拠点を後にした。
拠点から外に出ると、俺の隊員達が数人出迎えてくれた。俺を見て駆け寄ってきてくれた仲間は皆、心配そうな目をしている。
「副隊長、どうでした」
声をかけてきたのは、新人隊員のミルという女性だった。
「いや、駄目だった、進言は聞いてもらえなかったよ」
正確には、進言する暇さえ与えてもらえなかったのだけれど。
俺が肩をすくめてそう言うと、ミルを含め隊員達の眉間にしわが寄った。皆不満げな表情だ。
「こらこら、そんな顔をするな。第三皇女だって大変なんだ。我々の事情ばかり優先していられない」
「ですが、ジル副隊長・・・・・・」
「まあ、まあ、まあ、まあ」
俺はそう言って、彼らをなだめて歩き出した。どこに耳があるか分からないのだから、滅多なことは外で口にしないほうがよい。
「そうはいいますが、副隊長。明らかにこれは異常事態です。まず相手の数と装備が報告と違いすぎます」
「そうなんだよなぁ・・・・・・」
俺は歩きながら、そうぼやいた。報告では人数は30にも満たず、装備もせいぜい槍程度だったはずなのである。しかし実際は斥候の話によると、山賊の数は100は優に超え、下手をすると200近くいるかも知れないとのことだった。近くの村を襲った奴らは、そこを改造し自分達の要塞としている。おまけに奴らの練度は高く、クロスボウも多数所持しているらしい。
我々親衛隊の人数は五十人。加えてリーゼ皇女が国王から借りられた軍の数が、200人。人数的にはわずかに勝っているとはいえ、少々心もとない。
「援軍を進言しなければ、間違いなく我らにも甚大な被害が及ぶ可能性が……それくらい第三皇女でも」
「ミル、止めろ」
俺は部下の失言を止めた。
「……もうしわけございません、口が過ぎました」
ミルが不満な表情を隠そうともせず、口だけで謝罪する。この通り、我らが第三皇女は我が隊員に嫌われている。というか、ほとんど全ての人に嫌われている。理由はいくつかあるだろうが、一つはあの横暴な性格のため、二つは彼女の母が元高級娼婦だったこと、が主であろうか。
まあ、恐らく俺もある特別な理由がなければ、彼女を嫌っていたことだろう。
「おう、平民、どうだった」
親衛隊のテントに戻ると、腹の出た一人の男が酒瓶を片手に話し掛けてきた。その顔は昼間だというのに既に赤い。彼は我ら親衛隊の隊長で、口ぶりからも分かる通り貴族である。
「すみません隊長、進言は聞き入れてもらえませんでした」
「そうか、そうか、ごくろう」
「ありがとうございます」
俺は隊長に向かって頭を下げた。この隊長、平民を見下してはいるが、そこまで性格は悪くない。怠け物で訓練も全くしない親の七光り隊長だけれど、自分と同様に他人にも甘い人なのである。別に部下が訓練をサボっていても何も怒らないし、訓練中に酒を飲んでも気にしない。
ミルなどの真面目な隊員はこの隊長の事を毛嫌いしているが、俺を含め多くの隊員は嫌っていない。むしろ、訓練が楽で嬉しいと感じている奴のほうが多いくらいだろう。第三皇女親衛隊とは、それくらいどうしようもない奴らの肥だめなのである。
「どうだ、皇女にいびられて大変だったろう。酒でも飲むか?」
「いえ、俺はこれから斥候達と今一度、情報の共有をしてこようと思っております」
隊長からのお言葉に俺はそう答えた。
「はぇー、相変わらず真面目だねぇ」
「ええ、死にたく有りませんので」
ほんとうに、死にたくない。
「副隊長、お供します」
テントを出た俺の後ろをミルが追ってきた。横に並んだミルは、俺の横顔を見て微笑んでいた。
「本当、副隊長は隊長と違って真面目ですね」
「ミル、また言葉にとげがあるぞ。それに真面目さでいうとミルも負けてないだろ」
「そりゃ、私は副隊長の真似をしておりますので。というか、なんで副隊長はそんなに真面目なんですか? 出世も見込めませんよね?」
確かに、平民出身の俺ではどんなに頑張ってもこれ以上の出世は難しいだろう。だが出世なんてどうでも良いのだ。
「死にたくないからね」
「……副隊長、よくその言葉を口にしますが、少しくらいサボっても死にはしないと思いますが。隣国とも小競り合いくらいですし」
ミルが訝しげな顔で言う。
確かに、今は隣国との関係は落ち着いている。だが俺は知っているのだ。数年後、この国が隣国に滅ぼされることが。
その元凶が、第三皇女リーゼであることも。
「まあ、ねぇ……」
だがそんな与太話、誰が言っても信じる訳がないので、俺はいつものようにお茶を濁すだけだった。
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唐突だが、俺には幼き頃よりよく分からない未来の記憶があった。それは幼い頃はぼんやりと霧がかっていたが、成長して五歳になるころには非常に鮮明になっていた。
その記憶の中では、成長された元リーゼ第三皇女が、隣国オルフェン王国の侯爵となり、我が国アトランタを滅ぼしていた。
王都を火の海に変えた彼女の体は返り血に濡れ、がれきの上で笑う彼女は残虐な笑みを浮かべている。
記憶の中の自分は、何故か彼女が元アトランタの第三皇女であったことを知っていた。そして彼女がアトランタに裏切られ、復讐を胸に今まで生きてきたことも知っているのである。
俺はリーゼ第三皇女の誕生を知った際、記憶のことを予知夢なのではないか考えるようになった。そして元々臆病な子供だった自分はいつか彼女に殺されてしまうことを恐れ、なんとか彼女に気に入られようと考えたのである。ただの平民だった俺が彼女に取り入るには、なんとかして兵として彼女の傍に仕えるしかない。幸い魔法の素質も少しはあったので、なんとか魔法と剣の腕を磨いて今に至るというわけである。
実際に会ってみると、彼女が何故アトランタにあれほどの復讐心を抱いていたのかがよく分かった。彼女は第一皇女と第二皇女の派閥からは疎んじられ、軽んじられている。加えて自分の母は出産と同時に亡くなり、国王は彼女に見向きもしなかった。誰も彼女を愛さず、平民の娘と心の中で見下したのだ。
そりゃ、復讐心を持つだろうと思う。
だが一つ、解せないことがある。それは現実の彼女が魔法を全く使えないことだった。記憶の中のリーゼ第三皇女は頭も良く強大な魔法を操る魔法の天才であったが、実際に会ってみた彼女はそうでなかった。
年を経てから魔法の才を開花させる者もいないことはないらしいが、ほとんどの場合魔法の才は先天性の物だという。
だから本当に俺の記憶が未来に起こることなのか、今は少し自信が無い。だがまあ、別に俺の記憶が本当のことでなかったのなら、それにこしたことはないのだ。本当のことでないならそれで良いし、もし本当のことだとしても、彼女の側についておけば問題無い。
転ばぬ先の杖。どっちに転んでも大丈夫なように、俺は打算的に生きている。