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「着いたよ。お兄ちゃん」
彌生は何とか扉を開いて、美祐を部屋の奥に運んで美祐の為に整えておいた方の部屋に運んだ。
ベットに美祐の体重が乗っかるとスプリングの少し軋む音がする。
「ありがと」
美祐は短く返事をすると顔を隠すように壁の方を見た。
彌生は美祐のその様子に何も言わずに近くに椅子を運んできて腰掛けた。
美祐は泣いていた。
血の滲んだ濡れた白いTシャツを身につけたまま、静かに泣いていた。
彌生は何も言わずそれを見ていた。
「鞄、そこら辺に置いとくね。着替える?濡れたままだと風邪引くよ?」
ただそれでも彌生はやはり美祐が次の日風邪を引くのがとても心配なようで、眉毛を八の字に曲げながら困った様に聞いた。
鞄を部屋の隅の邪魔にならない場所に置いておき、美祐の返事を待った。
「着替えるよ。後消毒液とかあれば………」
「うん。分かった。着替え終わったら呼んでね」
美祐の返事に対して彌生はただそれだけ返事すると、そのまま何も言わずに部屋を立ち去った。
彌生は1人黙々とリビングの隅で救急箱を取り出し、中身の整理にかかった。
何か足りないものはあるか、或いは何が必要か。
消毒液と包帯とガーゼを幾つか上の方に揃えておいて、何時呼ばれても大丈夫な様に準備をした。
暫く、と言っても1.時間程待っても美祐の声はかからなかった。
それどころか、ドアに耳をつけてみても部屋の中は静かだった。
布の擦れる音すらしない。
彌生は軽くドアを叩いて見るが、それでも返事は返って来なかった。
「入るよ。お兄ちゃん」
もし美祐が中で眠っていたら音を立てて起こさないようにと彌生はドアを優しく開いた。
案の定、ベットの上で美祐は眠っていた。
今日、あんな事があったなんて思わせない様な安らかな寝顔。
安定した寝息。
本当にあんな事があったのか疑いたくなる様な寝顔だった。
「痛そう」
彌生は救急箱から薬とガーゼを取り出して、根性焼きの傷跡に薬をちょんちょんと塗って行った。
やりにくかったので、彌生が腕を捲ると袖の下から白い包帯が顕になったが彌生はそれを気に止めて居ないようだった。
器用に薬を塗り終えると、ガーゼを当てて器用にテープを貼っていった。
そして、床に落ちている白いTシャツを摘んで拾った。
胸元、腹部が汚れている。
「後で洗っとかないと………」
そう呟きTシャツを丁寧に畳んで自分の隣に置いておくと、まず腹の傷を見ようと美祐の着ている服をそっと捲った。
「………っ」
言葉が出なかった。
もはや赤いのか青いのか黒いのか分からない色をした胸元と腹部。
痛々しいの一言に尽きる。
骨の1本でも折れているのでは無いかと思う位、凄い色をしていた。
彌生は目の前に広がる光景をボーッと見つめたまま、思わずフリーズしてしまった。
「………ん。あれ、彌生?どした?」
静かだった重い空間にまた音が生まれたのは、美祐が口を開いた時だった。
美祐は今の状況が掴めず困惑していた。
自分は、上半身を曝してベットに横たわっているし、目の前の彌生は………。
「なんかあった?彌生」
目の周りが真っ赤になるほどに涙を零していて、誰がどう見ても痛々しい姿をしている。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんっ………!」
美祐は泣いている彌生が心配になったのか、胸元と腹部の痛みを堪えながらベットの上で起き上がり、ベットに座った。
顕になっていた上半身は起き上がると同時に洋服に隠された。
「大丈夫だよ。彌生。彌生は怪我してない?」
「うんっ。してないよ。大丈夫」
「良かった………」
彌生がゴシゴシと洋服の袖で目を掻いて、腫れぼったくなった赤い目で美祐の方をじっと見ると、美祐は白くて細い所々痣がある腕をニュッと伸ばして優しく彌生の頭を撫でた。
彌生は心底幸せそうに笑うと「ありがとう」とお礼を言って、1度深く息を吸い立ち上がった。