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頬のヒリヒリとした表面の痛みと首元に感じる激痛と、腹を殴られた事による吐き気を堪えながら荷物を持ちフラフラと歩く美祐。
頬が濡れた。
涙かと思ったら今度は肩も濡れた。
最悪な事に雨が降ってきたらしい。
走ってきた事による暑さで吐き気が込み上げてきそうだ。
ジャージを脱ぎ捨てる。
家から少し離れた路地にしゃがむ。
白いTシャツは所々赤に染っていた。
「美祐じゃん。負け犬美祐君っ」
ケラケラと嘲笑う声。
「鈴村………」
美祐は閉じかけていた瞳をゆっくりと開いて声の主である青年の顔を見て名前を口に出した。
「お前で遊んでやろうかと思ったけど今日は辞めたわー。汚ぇ。それと持ってねぇし。アレ」
鈴村と呼ばれた男はニシシシと白い歯を見せて笑うと、美祐の胸元を蹴りあげた。
美祐はその勢いで後ろに思い切り倒れた。
歯を食いしばった結果、唇を噛んでしまい唇が血で少し染まった。
「んだその目は。みすぼらしい。来たねぇネズミがよ。母ちゃんに家追い出されたんだろ?」
美祐には反撃する気力も何も無かったので、鈴村の言うまま黙ってその場に座り込んでいた。
そんな美祐に鈴村はイライラしたのか、もう一度胸元を蹴って立ち去って行った。
「うっ………」
鈴村の姿が遠ざかっていくと同時に、喉の奥に込み上げてくる熱いもの。
それは仄かに血の赤で染まり道路に音を立てて落ちていった。
雨のお陰でそれは道端の雨水が溜まる場所に流されて行き、嘔吐く声さえ雨でかき消された。
美祐はひたすらに口から他人からの悪意を吐き出す。
ただ、朝食を何も食べずに来たからか途中からは何も吐き出せず、ただただ苦しいだけだった。
冷たい雨は火傷跡に染みる。
これ以上ここに居ると風邪を引いてしまいそうなので何処かに帰りたい。
「………ちゃん、お………ちゃん!」
少し遠くから声が聞こえる。
美祐はゾンビの様な、病人の様な疲弊した青白い顔で声の方を見る。
美祐は真っ直ぐそっちを見ているはずなのになかなか焦点が合わず誰なのかが分からない。
「お兄ちゃん、彌生だよ。彌生」
すぐ近くで彌生は美祐に声をかけた。
彌生は傘をさしていた。もう一本手に傘を持っていた。恐らく美祐に渡すつもりだったのだろう。
「彌生………」
「荷物持つから。頑張って立って」
美祐はその場でフラフラと立ち上がると、ぐったりと彌生の方へ体重を乗っけた。
立ち上がると、視界がぐらりと揺れる。
それは美祐だけでなく、彌生にも伝わった様だ。
「ちょっとだから、頑張って」
美祐は死にそうな顔で、コクリと頷くと震える足を何とか前に進めた。