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「入って、入って」
幼い青年は木製の可愛らしい扉の前で立ち止まると、ガチャりと鍵を開けこちらに入る様に手招きをする。
中に入ると木製のカウンターと椅子、それとキッチン。
これは家なのか。店なのか。
カフェの様な飲食店の様な内装をした家に通されると、「ここ、座ってて」椅子を1つ引いて座る場所を指し示した後、青年はカウンターの奥へと消えてしまった。
仄かに香る木材の香りの中で思わず青年は煙草が吸いたくなったが、先程怒られたばかりだったので1度は箱を手に持ったが直ぐに上着のポケットに仕舞った。
「お待たせーなんか食べる?」
青年はグラスに注いで水を持ってくると、カウンターに2つとも置いた。そして袖捲りをしながら何やら考えている様だった。
「折角だし軽くなら食ってくわ」
「おーけー」
初対面としては軽い、まるで数ヶ月付き合ってる彼氏や彼女の様な会話。少なくとも幼い青年の方はとても楽しそうだった。
彼は話をするのが好きなのだろうか。
「そういえばさ、名前名乗ってなかったね。僕の名前は彌生。一条彌生」
彌生と名乗った青年は卵をいくつかテンポよく割り、テンポよく溶かしながら言った。カタカタカタ。ボウルと菜箸がぶつかる音が部屋中に響く。
「………俺は春川美祐」
ほえーとでも言い出しそうな顔で彌生は美祐の方を見るとすぐに視線を下に落として、温まったフライパンにバターを塗り、先程溶かした卵のうち半分を程を注いだ。
「ねぇ、一緒に住まない?」
ジュウジュウとバターや卵の良い香りが漂う中で唐突の問いかけ。
美祐は思わず耳を疑った。
「はぁ?正気か?お前」
冗談は辞めてくれ、今さっき会ったばかりの何処の馬の骨かも知らない年上の男相手にそんなことを言う奴は普通居ないとでも言いたげにため息混じりで告げた。
「正気だし本気だよ。僕は一人で寂しいんだ。僕のお兄ちゃんになってくれない?」
彌生は美祐の方に何もかけていないオムレツと塩とケチャップを差し出すように置いた。
オムレツは出来たての為、湯気が立っていてとても食欲をそそられる。
彌生はもう1つ作ったオムレツをカウンター越しに美味しそうに頬張っていた。
「お前、1人なのか」
「うん。ここの家で1人。お母さんとお父さんは居ない」
彌生は少し寂しそうに告げると、「だから、」と続けようとした。
「俺も一緒だ。俺も家で1人。」
彌生の言葉を遮る様に、美祐は無意識に言葉を発していた。
お互い1人、お互い寂しい。
美祐は自分自身と彌生を重ね合わせていた。
「お兄ちゃん、って呼んでもいい?」
「………いいよ」
彌生はオムレツの最後の1口を飲み込むと、美祐のお皿も片付けながら「後で部屋の案内するね」と言った。
美祐はその言葉に特に何も言葉を返さず「ご馳走様」と一言言い、彌生に皿を渡した。
「美味しかったよ。彌生」
その言葉に彌生は嬉しそうにチラッと美祐の方を見る。
ふと目が合うと、美祐はそっと目を逸らし「今度、俺もなんか作るわ」と言うと、ポケットからスマホを取り出して視線を手元に落とした。