9 魔法と実践
朝早くに眠たい目を擦りながら、身体を起こす。
『起きましたか。おはようございます、クオン』
「おはよー」
さて、じゃあ魔法適性を調べにギルドに行きますかね。ヴァイガスのパーティがいるとありがたいんだが……。
結論から言うとヴァイガス達は依頼でいなかった。だが、受付嬢さんから魔法について教えてもらうことが出来たので結果オーライ。
まず、魔法は大きく分けて三つに分類される。
最も使用率が高いであろう『攻撃魔法』。
使用者自体が希少な『回復魔法』。
使える者が限定的な『固有魔法』。
この三つに分類される。……わけだが、回復魔法と固有魔法を使うには才能が必要となる。後々の努力というわけでなく、基本的には先天的な才。生まれ持った資質というやつだ。
故に主に使用されるのは攻撃魔法になるわけだ。
攻撃魔法には多種多様な属性が存在しており、そしてその危険度・威力・難度などから級位が分けられているそうな。
そこら辺は、後でレアに詳しく聞くとしよう。
また、身体強化という技術も教えてもらった。
魔力を全身に流すことで己の身体能力を向上させる身体強化。
この世界でも屈指の強者は、己が身一つで超巨大な龍なんかとも渡り合う。その大きな要因が身体強化。技術的なものだから差はあるけれど、一流の冒険者にもなると通常の十倍以上の身体能力にまで強化できるという。
ちなみにこれは魔法ではない。じゃあ何だ、と言われると返答に困るが強いて言うなら、技術であろう。そして魔法でないと言うことは適性には反映されない。
ただ、冒険者としてこれからも活動していくのなら必ず必要になるからと教えてくれた。
まあそんなこんなで、適性を調べてもらった結果、俺には魔法の才能は二種類あることがわかった。
で、その才能があった二種類だが一つはお察しの通り『攻撃魔法』、そしてもう一つは『固有魔法』。
「って話なんだけど俺の場合、固有魔法ってどう考えても召喚のことだよな?」
『ふむ、召喚型魔導書は……私以外いないので判断しかねますが、おそらく』
「ふーん、やっぱか。後、俺でも身体強化は使えるのかね?」
『使えないという話を聞いたことがありませんが……試してみては?』
「そうすっか」
結果。
俺でも身体強化は使える。まだまだ技術は疎く、本当に強化出来ているか微妙なレベルだが、レアがいうには出来てるらしい。
『召喚に魔法に、いくら魔力があっても足りませんね……』
「そうだなぁ。毎日の魔力枯渇からの超回復は欠かさずやるとして、他にも手段が欲しいところではあるなぁ。それも探して、身体強化の技術を磨いて…………はぁ、将来的に考えたり、やったりしなきゃ行けないことが多すぎないか、俺」
この世界に来てから休暇らしき休暇を取ってないんだが……まだ学生の身分にして社畜か? ワーカーホリックか? いやまだ三日目なんだけどさ。一日が濃すぎてもう一週間以上過ごしてる気分だ。
『身体強化は分かりました。攻撃魔法はどうなのですか?』
「おおっと、そうだったそうだった」
攻撃魔法攻撃魔法ね。
…………。
『どうしたのですか?』
「……どうやって使うんだ?」
身体強化の魔法は召喚と同じ容量で、全身に力を入れる感じで出来たんだが……。
『そこに手本になる先生がいるでしょう』
「ふぃふぃふぃー」
レアに促されるように横を向けば、そこにはお花で冠を作りご満悦なフィアがーー。
ヤダ、なにあれ可愛い。
「先生! どうやって風魔法は使用すればよろしいのでしょうか!」
フィアが使用していた中で一番インパクトがあった風魔法の教授を願い出た。インパクトがあったのは風魔法というよりその時ぐちゃぐちゃスプラッタだった熊なんだけど……思い出すのはやめよ。精神衛生上良くないから。
「ふぃふぃ! ふぃふぃふぃぃ、ふぃー! ふぃーふぃーふぃふぃふぃー!!!」
やべー何言ってるかさっぱりわかんねぇ。
身振り手振りからどうにかしてフィア先生の言っていることを読み取ってみよう。
うんうん、手をこう伸ばしてー、身体からぐーと力を昇らせてきてー、それをすぅぅーと高めてー、今だってなったらズバババッってしてー、身体全体でシュゥードンってすればいいのかー。
ダメだわかんねぇ。
『とりあえず先生の言うことを試してみては?』
「あっ、そうする?」
何も分かってねぇのに出来るわけ無いだろ。
「出来たわ」
マジか。
ぐーってしてすぅぅーって高めてズバババッってしてシュゥードンって感じで出来たわ。
『魔導書たる私が溜まった魔力を使用して出来ること、その一つです』
「あ? なんかしたのか?」
『途中からフィアの考えが分かるようになりませんでしたか? なんとなく思いが伝わってきたり』
……してたなぁ。確かにイメージが凄い伝わってきてたわ。シュゥードンのイメージ凄かったもん、戦隊モノのヒーローの登場シーンみたいにめっちゃ爆発してた。
『クオンには一度説明しましたが、これが【伝心】です』
「確かにそんなんあったなぁ」
伝心は召喚獣から召喚士へ、召喚士から召喚獣へ、感情や思考なんかを伝える能力。
俺もレアに聞かされてはいたが……そっか、そうだよな、こういう場面で使うものだよな。
知ってはいても、実際に使えるその場面に使うことが出来ない。
これは経験して慣れていくしかないだろう。百聞は一見にしかず的な。
『それにしても……』
レアは俺が魔法を放った方角を向き、呟いた。
『才能、無いんですかね……』
「だねー」
視線の先には、ほんの少し表面が傷のついた木の幹。
フィアに比べて威力も発動までの時間も遅い。攻撃手段として使うのは厳しい威力だ。
フィアが全力で数度風魔法を使うと俺が傷つけた木を切ることもできるだろう。そういえば俺の魔法の威力の低さが、分かりやすい。
フィアの魔法の威力をボクサーの右ストレートだとすると俺の魔法はササクレを一気に剥いたぐらい。……そう考えると結構痛そうだな。
だが、実際に魔法は発動出来た。
恐らく、魔法に必要なのはイメージ。魔法の行使には通常詠唱が必要らしいが、それはイメージを具体化させるためだろう。
無詠唱や詠唱破棄は高度な技術が必要だとされているが、技術というよりは魔法そのものへの理解が必要なのではないだろうか。俺が無詠唱で魔法を使用出来たのは、フィアのイメージそのままに魔法を使用出来たから。
今ので随分と魔法について理解出来た。元いた世界のアニメや漫画なんかのおかげで魔法へのイメージは出来ている。魔法への理解を深め、もう少し早く発動できるようになれば実用性も上がるだろう。
『け、継続すれば、上達しますよ』
「だな」
結局のところ、俺にはそれしかないようだ。どうすればいいか考えて、実行してコツコツと成長していく。
だが、それも捨てたものじゃない。
「フィア、これからも教えてくれな」
「ふぃ!」
「頼むぜ」
さて、戦闘の幅も広がった。
今日はフィアとの連携を試しつつ、依頼をこなそう。で、夜になったら魔力増加を試してみよう。
「くぁ……そろそろ眠気も凄くなってきたし、魔力を枯渇させる勢いでやってみますかね」
『ふむ、私も興味があります。どのような感覚か、どの程度魔力容量が拡張されるのか』
「でも、大丈夫なのか? フィアの召喚が解除されたりしないよな?」
『フィアにも魔力が残っているので、供給が途絶えてもある程度の時間は現界したままになるはずです。自然回復が始まったら自動的に再度繋がりますから心配はいらないかと。もしもがあったとしても、私がなんとかしますから』
「サンキュな。それなら安心だぜ。……じゃあいくぜ、ふぅ……」
目の前に設置した桶に向かって手を突き出し、フィアを呼び出した時と同じ容量で、己の中に意識を集中させる。
魔晶石に魔力を流し、水魔法を行使すると同時、物凄い勢いで身体から何かが減っていくのを実感した。それと同時に襲ってくる頭痛と吐き気。それに加えて全身の重さ。自分の体が自分じゃないみたいだ。
「ぉっ……!」
魔晶石を握っている手にすら力が入らなくなり、魔力を流すことにすら意識を向けられなくなっていく。だというのに勝手に魔力は魔晶石に流れ出ていく。
頭は嘔吐した時のように割れるくらい唸っていて、胃から込み上げてきた何かは今か今かと言わんばかりに喉をノックしている。
『大丈夫ですか? クオン』
レアが何か言っているが、それに答える余裕すら今の俺にはない。
周りの音が、遠くなっていく。いや、遠くなっていっているのは意識。
ミシェルは確かに言っていた。
知識として知っていても実践する人はほぼいない。それほどだ、と。
なるほど、こりゃ明日からしんどいなぁ……。
俺はこうして意識を手放し、異世界生活三日目を終えた。
「……くぁ」
『目が覚めましたか?』
「ああ、おはようレア」
『ふむ、後遺症のようなものはないと』
「……後遺症?」
…………。
「ああ、そっか。昨日はそのまま気を失って……」
『はい、いきなり気を失った時には驚きましたが、何も問題ないようでよかったです』
「そうだな、倦怠感は若干あるが気にならない程度だ。これも魔導書の、レアのおかげか」
レアは所有者に様々な効果を与える。今、明らかになっているのは精神安定と癒し効果。
明らかになっているのは、といったのは俺がまだ疑っているからだ。レアをではなく、他にも効果があるのではないかを。
正直言って魔導書の力は強すぎる。適性があるかないかを考慮したとしてもだ。
召喚獣をさらに召喚していけば、それは顕著になっていくだろう。レアはデュラハンが進化先にある召喚獣を召喚できると言っていた。デュラハンは一軍を相手取れるとも言われるAランクの魔物。仮にデュラハンと同程度の強さの召喚獣を複数体召喚出来るとしたら、それはあまりにも……。
だから、俺はプラスになる効果だけではなく、魔導書契約者にかかる何かしらのマイナス効果があるのではと疑っているわけだ。
だがこれも召喚士としての成長同様、少しずつ探していくしかないだろう。
「ふむ、自分では分からないが魔力は上がってるんかね?」
『確かに上がっていますよ。しかしこれは……』
「上がっているならそれで良いさ。何事もコツコツと。ってわけで、今日も飯食ったらギルドに依頼を受けにいくぞー、フィアー、そろそろ起きろー」
『そう、ですね……』
俺はフィアを起こし、この日もギルドへと依頼を受けに向かった。