85 師弟と魔力
「フエゴさんの喋り方って結構独特ですよね」
「ふぃー」
夕食途中、適当に作ったスープを飲み、千切ったパンをフィアに分けながら、質問する。フエゴさんはスープをグイッと飲み干して、息を吐いてから答えてくれる。
「まぁ良く言われるぜ。意識すれば直せはするんだぜ? 王族や貴族相手にこのままじゃ問題だぜ。大抵の貴族ならどうにかなるが、下手したら裁判沙汰だぜ」
東京に出てきた俳優さんみたいな感じかな。素はメチャクチャ訛ってるけど、意識してれば大丈夫みたいな。
後さらっと言ってたけど、大抵の貴族ならどうにかなる発言が気になります。もしかして俺の想像以上にフエゴさん凄い人なん?
[私は、あ……知り合いに似たような喋り方をする人がいたので特に何も感じませんでした]
「逆に珍しいぜ。そんな奴が近くにいるなんて」
思えば、俺の知り合いにも似たような喋り方をする奴がいたな。
元気してるかなぁ。ミシェル。結局魔石晶も借りたまんま、飯も奢れていないけど……どうにか返せぬものか。
「俺も似たような喋り方する人知ってますよ。俺の知り合いの世話になった魔法使いなんですけど」
言ってから気づく。魔法使いに喋り方。二人には共通点が多いと。
「俺と同じ喋り方の魔法使い……もしかして女性だぜ?」
「うす。そうですけど」
「二百パーセント、ミシェルだぜ」
うえっ!? やっぱ知り合い!? 兄弟とかか? 兄弟とかにしては見た目は似てないけど。
「知ってんすか!?」
「ミシェルは俺の唯一の弟子だぜ」
「マジかよ!」
明かされる驚愕の真実! Aランク冒険者唯一の弟子とかアイツ結構優秀だったんだな。いや俺より優秀なのは分かってたんだけど。
『ふむ、縁とは奇妙なものですね』
「ふぃふぃ」
「チュン」
と思ったけど、レアとフィア、ヒトヨは思ったより驚いてない。俺以外あんまり関わりなかったからなぁ。あの時はフィアの存在すら隠してたし。
「ーー?」
「ああ、そっか。アイヴィスは知らないんだったな」
アイヴィスだけはミシェル達と別れた後に召喚したからな。
「何ていうかな。俺の冒険者仲間みたいな。いや世話になった同業者の方が適切かな」
「--」
へぇ、とアイヴィスは興味深そうに話を聞いている。なんてことない話でもアイヴィスは興味を持ってくれるから話しがいがある。
それにしても、ミシェルか……。
「……一つお願いしてもいいですか?」
「俺に出来ることなら」
「これ、ミシェルに返しておいて貰えませんか」
そういって俺が取り出したのは、魔石晶。魔力の消費を早めてくれるアイテムで、魔力を増やすのに非常に役立ってくれている。ミシェルから借りておきながら、返すことが出来なかった品だ。
「おっ、それは俺の作った魔石晶だぜ」
「へっ? これフエゴさんが作ったんですか?」
「俺は魔力量が少ないから、手っ取り早く上げるために作ったんだぜ。俺はもうそれを使っても伸び代がないからミシェルに上げたんだが……アイツちゃんとやってたんだぜ?」
「……多分やってないかと」
メチャクチャ辛いつって、継続してやってる俺のこと気味の悪そうなものを見る目で見てきたしな。継続してはやってないんじゃないか、多分。
「説教だぜ」
全くアイツは……と額を抑えるフエゴさん。だけどその顔に怒りなんかは微塵もなくて、呆れの中に優しさが詰まっていた。
「仲良いんですね。喋り方もお揃いですし」
「……俺はアイツの親代わりみたいなものだぜ。幼い頃から共にいて……そしたら、いつのまにか俺の喋り方が移っちまったぜ」
話を聞くにそんな感じの理由ではなさそうだが……多分だがミシェルが寄せて……。
[というよりかはミシェルが--]
(やめとけやめとけ。俺たちが言うべきことじゃねぇよ)
レアが言おうとしたことを視線と伝心で止める。そういうことをツッコむのは野暮ってもんだ。
「ミシェルが、なんだぜ?」
[コホンッ、ところでミシェルにこれを返しては頂けるのですか?]
「ぁあ……そういうことだぜ」
誤魔化し方へたぁ! とんでもなく下手ぁ! 誤魔化し方が下手すぎて感じ悪い人みたいになってるよ。フエゴさん、なんで俺ちょっと怒られてるのって表情してるし。
「これは返す必要はないぜ。クオン達が持っているべきだぜ」
「いやでも、ミシェルに悪いっすし」
「俺から言っておくし、ミシェルには予備を渡してあるから問題ないんだぜ。それよりもクオンは強くなるべきだぜ。魔導書ちゃんを護りたいなら」
言われて身体が硬直した。
「お節介……いやただの説教みたいなものだが、言わせてもらうぜ。もしあの場に俺がいなければ、恐らくクオン達は負けて……死んでいたぜ」
「……」
「仮に賞金狩りが決闘終了直後でなく村を出た後に襲ってきて、クオンと召喚獣だけだったなら、恐らくでなく確実にクオンは死んでいる。間違いないぜ。断言できる」
「……間違い無いっすね」
戦闘しなければならない前提ならば確実にそうだ。ブラフ一人ならまだしも、ルナがいたら俺達に勝機など微塵もありはしない。
だが、それは戦闘しなければならない前提の話。俺達には転移が--。
「転移魔法で逃げればいい--そう思ってるぜ?」
「ッ!」
まるで心を読んだかのようなタイミングに驚きを隠せない。
「クオンが転移魔法か、それに類似した魔道具を持ってることはなんとなく察してるぜ。
けど、甘いぜ。あまりにもその考えは甘すぎるぜ。
魔法は絶対じゃ無い。絶対的信頼をおける魔法なんてこの世界には存在しないぜ。魔法は人が日々成長させるもの。厄介な魔法が有れば、それに対応出来る魔法、魔導具もまた生み出されるものだぜ。
転移魔法は確かに逃亡に便利だぜ。魔力は喰うが、逃げることにおいて他の魔法の追随を許さない程度には便利な魔法だぜ。だけど、この世界には転移魔法を使用できない空間を作り出す結界魔法や魔導具は存在するぜ。正確には外界から内界、内界から外界への魔法干渉を防ぐ魔法なんだが、まぁ今はいいぜ。
つまりだぜ。真の強者相手には転移が通用しない可能性の方が高いんだぜ」
「……転移じゃ、逃げられない……」
じゃあ、どうすればいいのだろうか。走って逃げる? ヒトヨに乗って? 無理に決まっている。転移を防げるような奴が普通に考えて弱いわけがない。身体能力だって高い可能性が高いし、魔法に精通している可能性だってある。
普通に逃げていたら、捕まってしまう。
戦うのか? 戦って勝てるのか?
「だから、クオンは強くなるべきだぜ。クオンには仲間を護り通せるだけの力がある」
「いや、無いっすよ。自分で言うのも何ですけど、仲間に護られてばっかですから、俺」
「クオンの魔力の才は人並外れ……それどころか、俺が見てきた中で最も化け物じみてるぜ。その才を活かすべきだぜ」
「魔力を活かす?」
召喚と魔力供給、それに身体強化以外にはほぼ役目がないこの魔力を……護るのに活かす。出来るのか、そんなことが。
「魔力障壁」
フエゴさんがゆっくりと口を開く。
「魔力量の多い一流の魔法使いの中には、魔力を魔法に変換せず、そのまま魔力として展開させ、防御障壁を使う者がいるぜ」
「魔力を直に……展開?」
いやおかしい。そんなことは出来ない。魔力をそのまま体外に出そうとしても霧散して消えていく。障壁と呼べるほどに硬化させるなんて……。
(知ってるか?)
『心当たりはあります。ですが、あくまでも知っているという程度です。すみません』
(謝る必要はないよ)
「……どうやれば出来ますか」
否定から入るな。強くなりたいなら、藁にでも縋るべきだ。もしも仮に魔力を障壁として展開できるようになれば、俺も戦力になれる。そうでなくとも自分の身程度は自分で守れるはずだ。
「悪いが、俺には教えられないぜ」
頭に手を置き、申し訳なさそうにこちらを見るフエゴさん。
「別に意地悪いわけではないぜ。俺は元々魔力が低い。だから、魔法以上に魔力を喰う直接の魔力行使なんて学んで来なかったんだぜ」
納得の理由だった。俺には分からないが、俺の魔力は非常に多く、フエゴさんの数倍だと言う。それはフエゴさんの魔力が同ランクの魔法使いと比べると低いこと、そして俺の魔力が並外れて多いことを示している。
魔法に適性があるフエゴさんがわざわざ魔力を多く消費する、直接魔力を行使する理由がない。
「使えるやつを紹介するのなら構わないんだが、なんせ俺は放浪中。加えて魔力障壁を使える奴なんてAランクでもトップに当たる極一部。大忙しだぜ。連絡を取るにも数日、そこから会うのに相手の都合を考えて、少なくとも一月近い時間が掛っちまうぜ」
一月同じ街に留まる……。冷静に考えて無理だな。
厳密に言えば、不可能ではない。もしかしたら一ヶ月間追手が来ない可能性だってある。だが、確証はない。確証がないのに呼び出して、結局追手が来たら、紹介してくれたフエゴさんにもその人にも迷惑がかかる。
それは俺の望むところではない。
「そこまでしてもらうのは悪いっすよ。適当にやり方を見つけてみます」
「……悪いぜ、力になれなくて」
[気にすることはありませんよ、フエゴ。情報提供だけで十分力になっていますから]
「そうっすよ。気にしないでください」
とは言ったもののどうするか。俺に高ランクの冒険者の知り合いなんて居ないし、心当たりなんかあるわけもない…………勇者にでも聞いてみるか?
「にしても、ミシェルは元気してたぜ?」
「元気も元気、クソ楽しそうでしたよ」
マッチポンプで俺に高級料亭の飯を奢らせようとしていたことは黙っておいてやろう。
「それなら何よりだぜ。アイツは才能はあるんだが、どうも意志が弱いんだぜーー」
そう言ってミシェルについて語るフエゴさんは最高に親をしていた。




