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84 最強

 


「炎罪!」


 亀のような魔物、なんちゃらタートルにフエゴさんが剣を向け、魔法を唱えれば、爆炎と称しても偽りない炎が亀を包み込み、一瞬にして灰燼に帰す。残ったのは肺と、魔石のみ。


 強ぇ、マジで強ぇ。


「炎魔法は火力が高い代わりに、素材を傷つけやすいんだぜ。ただ、防御力の高い相手には非常に有効な魔法だぜ」


 少し得意げにそう語るフエゴさん。素材を傷つけるどころか、残ってすらないんだがそこは突っ込むべきなのだろうか。


[Aランクに偽り無しですね。私達だけであったなら、倒すのにかなりの時間を有したでしょう]


「--ッッッ!!!」


 アイヴィスが激しく頷いている。フィアは少し悔しそうに風に流される灰を見つめている。


「褒めても出るのは宴会芸だけだぜ?」


「あ、ちょっと見たい」


 俺の要望に応えて、フエゴさんが芸を披露してくれる。拍手する俺とアイヴィス。フィアとヒトヨが楽しそうに宙を舞い、レアはやれやれと溜息を吐く。されど一番楽しんでんのはレアだったりする。マジかわいいレア。




 *




「フエゴさんが出会った中で一番強い人って誰なんすか?」


「唐突だぜ?」


 日も暮れ、野営の準備を行なっている最中、フエゴさんに聞いてみた。


「今日の戦いとか、俺から見ればフエゴさんは化け物みたいに強く見えるんですけど、それ以上に強い人がどんくらい強いのか気になって」


 フエゴさんは間違いなく強い。多分、俺達四人と戦っても負けないぐらいには。


 ただ、上には上がいる。Aランク冒険者の上にはSランク冒険者が存在するように。

 俺達の敵は恐らくSランク冒険者に匹敵する。どの程度の力をつければ俺達は対抗出来るのか。そして相手はどれほど人外なのか。知っておくべきだ。


「最強……そうだぜ」


 別段悩む様子もなく、頷くとフエゴさんは語り出す。


「俺は自分で言うのもなんだが、顔が広いぜ。かの剣聖に剣の指導をしてもらったこともあるし、かの賢者に魔法を指南してもらったこともあるんだぜ」


[それは……とてつもないですね]


 剣聖は剣において右に出る者無しとされ、賢者は魔法において右に出る者無しと言われる英傑だ。この世界において、剣聖と賢者を知らない者はいない。

 どちらも会うことすら一般人には夢のまた夢だろう。そんな存在に、しかも片方に会えるだけで誇れる存在二人に指導を行なってもらえるなど剣と魔法両方に秀でた才を持つフエゴさんしか不可能だろう。


「二人は正しく英雄だぜ。精鋭を集めた一国の一軍と戦っても圧倒出来るほどの力を持っているぜ。きっと俺の全力の一撃を持ってしても傷一つつけられない。それほどまでに俺とは力の差があるぜ」


 カッケェ。ヤバすぎだろ。賢者はなんか魔法でバーンッ! って滅するのが想像できるけど剣聖ってどうやって一軍相手にすんだよ。剣一本で軍滅ぼせるとかカッコよすぎだろ。


「Sランク冒険者の『夢悔い』セリア・バルビーナと同じクエストを受けたこともあるぜ。風竜を一撃で屠った魔法は賢者にも引けを取らなかった。きっと俺じゃあ一生掛けても届かない領域だぜ」


 フエゴさんの『風来』もかっこいいと思ったけど『夢喰い』?もいいな。俺の高校の頃の『東高の調教師兼獣』が死ぬほどダサく感じる。うん、比べなくてもダサいな。


「それでも、俺が最強だと思うのは--」


 ドキドキと心臓が鳴る。ワクワクが止まらない。最強という言葉に心が躍るのは男だから仕方ないことだ。




「アルカ・ハイドール」




 彼の口から、つい最近聞いたばかりの、予想外の名が出た。


「今一度言うぜ。俺は剣聖にも賢者にも、Sランク冒険者にも会ったことがあるぜ。それでもただ一人最強を挙げろと言われたら間違いなくこの名を挙げるぜ。そしてそれはきっと、剣聖や賢者自身すらもそう評価するだろうぜ。公然と認めることはあり得ないだろうが、だぜ」


『剣聖や賢者は、言ってしまえば国の顔です。そんな人物が公に自身より強いなどと認めることが出来るわけもありませんから』


 一瞬意味がわからなかった部分をレアが捕捉してくれて、納得する。なるほどな。なんつーか、面倒臭いしがらみ的な感じか。


 それにしても……アルカ・ハイドール。先日、レアから情報を聞いてはいたがそんなに強いのか。


「腕を振るえば山が砕け、地を駆ければ森が消える。海を割き、天を裂く。

 彼女と比べればSランク冒険者でさえ霞む。

 勇者言うところの一騎当千とはまさしくあの人のことだろうぜ」


 冗談のような話だ。だけどフエゴさんの目を見ればわかる。彼は冗談を言ってなどいない。


「巷では俺も英雄呼ばわりされることがあるが、彼女は別格。初代勇者や御伽噺に出てくる英雄にも引けをとらないどころか勝りすらし得る真の英雄だぜ」


 彼女のことを語るフエゴさんは正しく英雄に憧れる少年のようで、アルカ・ハイドールがそれほどまでの人物であることを既に物語っていた。


「彼女の最も有名な功績は、『破滅』と呼ばれるほどに成長した同族喰らいの討伐だぜ。

 元々がAランクの魔物だったそいつは非常に狡猾で、成長するまでこれといった被害を出さなかった。だから、存在が気付かれることもなかった。

 周辺の街が違和感を覚えた頃には、もう遅く、既にそいつはSランク以上の魔物に成長していた。

 同族喰らい出現の舞台となった公国も迅速な対応で精鋭と名高い、第一から第四騎士団と公国に所在を置いていたSランク冒険者二名を筆頭に計一万二千名で討伐へと向かわせたが敗北、逃亡したが、部隊は壊滅。Sランク冒険者一名含む述べ三千八百の死者を出す事態となったぜ。



 そんな絶望の中に彼女は来た。



 戦場には似合わない白い長髪を靡かせ、アルカ・ハイドールは戦地に降り立ったぜ。

 アルカ・ハイドールが来た瞬間、それまで蹂躙のかぎりを尽くしてきた『破滅』が、動きを止め、初めて咆哮したぜ。


 当然、始まるは人外と人外のバトル。その戦いを見た人物は『災害』と称したそうだぜ。


 一振りするだけで百の死者を出した一撃を、女性がたった一本の腕で支え、あまつさえ力で押し返す。

『破滅』が街一つを容易く滅ぼす魔法を用いれば、彼女はそれを超える魔法で、掻き消した。


 戦いは時間にして半刻。たったそれだけの時間。


 一つの国の戦力を持ってしても、打倒し得なかった化け物を彼女は葬ったぜ。戦い終わった後、彼女の身体は血色に染まっていたそうだが、全て『破滅』の返り血だったと言われているぜ」


 その話は何度も言うが、眉唾物じゃないのだろう。だが、あまりにも信じ難い。


「それを超える功績も無くはないが、それが彼女が名を広めた原点。故にそれが最も有名な功績だぜ。多くの高ランク冒険者は言うぜ。


 彼女が仮に冒険者であったのなら、自分達のランクは一つ下がることになっていただろう、と」


 ………………えぇ。いやいやいやいや。……………………えぇぇぇぇぇ。


 超人じゃん。Sランクとかの領域に収まってないじゃん。だってSランク冒険者が二人と騎士団一万人いて勝てない奴を一人でボコすんでしょ? 通知表オール10じゃん。五段階表記の10じゃん。


 Sランクがどのくらい強いか知ろうとしたら、それ以上が出てきたんですけど。どうすんの、これでミカとか俺達のこと狙ってる天使の名を冠する者が全員そのレベルだったら。


「まぁまぁまぁまぁ、その? なんていうか? って言ってもね。結構ね、血気盛んというか、血の気が多い人でね?」


 先生のコメントの欄にテストの点はいいですが、授業は真面目に受けましょうって書かれちゃうタイプのね。


「いや、彼女は強さだけでなく、精神も立派だぜ。基準は彼女にしか分からないが、正義を掲げ、日々人々を助けてるんだぜ」


「いやいやいや、一つくらい欠点が……」


「俺が知る限り無いぜ。好みは人それぞれだが、客観的に見て、容姿も怖いぐらい整ってるぜ」


「最強じゃん」


「最強だぜ」


[最強ですね]


 何その強強星人。クッソ強くて頭も良くて優しさもあって可愛くて。違う世界の人じゃん。通知表オール100じゃん。先生のコメントの欄に貴女は別世界の人ですって書かれちゃうレベルじゃん。ここ異世界だから俺にとっちゃみんなそうなんだけどさ。


「…………もしっすよ。もし、そのアルカ・ハイドールさんに命を狙われたらフエゴさんならどうします?」


「死ぬぜ」


「あっ、死ぬんだ」


「死ぬぜ」


[大事なことなので二回言いましたね]


「死ぬぜ」


「あー、三回はアウトだぁ……」


 フエゴさんでそれってヤバすぎだろ。俺だったら七回ぐらい言わなきゃいけなくなっちゃうよ。


(えっ、天使の名を冠する者ってアルカ・ハイドール並みだったりする?)


『アルカ・ハイドールに関しては伝聞でしか聞いたことがないのでなんとも……』


 会ったことないやつと比べられないか。確かになぁ。


『ただ……私の兄達はSランクに近しい実力を持っていたことは間違いないと思います。一概には言えませんが、フエゴ・ロンギング以上の魔法を放っていましたから』


「……」


 そんな強いレアのお兄さん達ですら……やられたわけだ。普通に考えればSランク以上、つまりアルカ・ハイドールに並ぶ実力者の可能性があるわけだ。


 ……嫌になるなぁ。まぁ、それでもどうにかして生き残らねばいけないわけなんだが。



「俺からも聞きたいことがあるんだぜ」



 話の流れを変え、フエゴさんが俺の方を向いてそう言った。


「クオンの闘い方は何処で身に付けたものなんだぜ?」


「俺の闘い方っすか?」


 その質問は全く予想だにしないものだった。

 もっとこう俺とレアの関係とか、追われてる理由とか聞かれるもんだと思ったが。


[私も少し気になりますね]


「意外だぜ、魔導書ちゃんも知らないんだぜ?」


[えぇ、私とクオンは知り合ってから長いというほどではありませんから]


 ほぉ、と興味深そうに俺とレアを交互に見て、それからチラリと視線を召喚獣の方に向けるが、それ以上深くは追及してこない。


「答えづらかったら無理しなくて構わないんだぜ?」


「いや隠すもんは別にないんで。ただ喧嘩慣れしてるだけっすよ」


 護身術の類いを習ったことは一度も無いし、格闘技の類も以下同文。闘い方なんて大それたものではなく、というよりはがむしゃらに根性と気合い、後は勘だけで闘っている部分が大きい。


「意外と武闘派だぜ? の割に冒険者になったのは最近だそうだぜ?」


 冒険者は若ければ、十二、三歳程度で始めることが出来る。血気盛んな若者ならそのぐらいから冒険者として活動していても不思議じゃ無い。


「あー、まぁそれは、色々あって……」


「そういうこともあるぜ」


「ですねぇ」


 まだこの世界に来たばっか何で、とは説明しづらいところだが、フエゴさんは大人で此方が話しづらいところには踏み込んでこない。


「……魔術師の間では、魔力は魂、身体は器として物事を例えることが多々あるぜ」


「へぇ」


「器は魂が満ちてようやく完成し、魂は器に満ちてようやく完成する、なんてのは魔法研究者の間では常套句のように使われているぜ」


 ああ、何となく言いたいことが分かってしまった。この人は、本当に優しい人だ。


「……余計な忠告かもしれないが、あまり無茶はしない方がいいぜ? クオンは魂は優れているが……」


 分かっている。俺の魂は強大かもしれないが、既にそれを支える器が欠けてしまっている。だからきっと、十全な状態にはなれないのだろう。それは俺が一番理解出来ている。


「大丈夫っすよ」


「なら、いいんだぜ」


 自分で返事をしておきながら、覚悟をしているから大丈夫なのか、それとも無茶しないから大丈夫なのか、分からなかった。





アルカ・ハイドールが出てくるのは少し先の話です。

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