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82 出発

 


「--ッッッ!!」


 最悪の目覚めだった。


 ……嫌な夢を見た。身体が小刻みに震えている。


 無意識に、額に浮かんだ汗を拭い、そこで全身にひどい汗をかいていることに気づいた。


「……クソがっ」


 ひどくリアルな夢だった。実際に体験したわけじゃないのに、俺自身が実際に体験したかのような……そんな感覚を覚えてしまうほどリアリティのある夢。


 間違いなく夢だ。何故なら、俺の中にあんな記憶は、そしてそれを連想させるような記憶も存在しないのだから。

 だというのに、その夢は記憶にこびりついている。曖昧な部分や欠如した部分が存在しない。


 眠りが凄く浅い状態だと、夢をはっきりと覚えていることが多々あると聞いたことがある。

 昨夜は「初めて人を殺した」ことでろくに眠れなかった。


 もしかしたら、というか十中八九それが原因だろう。


「……」


 右手を見つめる。


 この手で、握り込んだ剣で俺は……人を、ブラフを殺めた。そして、間接的にルナを殺めた。


 後悔はしていない。だけど、未だ心臓を刺した瞬間の感覚がこの手に残り続けていた。


『大丈夫ですか? ひどく魘されていましたが』


「……ん、ああ、大丈夫。二日酔いかな」


 レアに声をかけられて、跳ねそうになった身体を無理矢理鎮め、平静を装った。


「てか、ここミーラんちか」


 辺りを見渡せば、ここ最近で見慣れたミーラの家だった。


『覚えていないのですか? 私が戻ってきた頃にはもう寝ていたのですが』


「……あー、俺酒くそ弱いのかも知れないわ。父ちゃんも母ちゃんも酒飲まないし」


 昨日はあの後、ブラフとルナの死体を燃やして……そこからあんまり記憶がない。多分、身体が自然と此方に向かって行ったのだろう。慣れとは有難いものだ。


『顔色も悪いですし、そうかも知れませんね。全く飲みすぎないようあれだけ言ったのに……。喋っている感じ、大丈夫そうではありますが、吐き気などは?』


「ん、大丈夫だよ」


 多少の罪悪感を感じながら答える。


「もうみんな起きてるのか?」


『いえ。アイヴィスもぐっすりですよ』


 いつもなら、朝練朝練起こしにくる側だからな。本当は朝弱いくせに。……頑張り屋にも程がある。

 今日ぐらいゆっくりしたってバチは当たるまい。


『……もう去りますか?』


「だな。みんなが起きたら出発しようか」




 *




「というわけで、クソお世話になりました!!」


「ふぃ!」


「チュン!」


「ーー!!」


 俺が頭を下げるのを真似て召喚獣達もペコリと頭を下げる。


「……忙しないの。ゆっくりして行っても構わないんじゃが」


「ま、元々の目的は果たしたし、一生会えないわけでもない。さっぱり別れた方が互いのためだろ」


 寂しくないと言ったら嘘になる。

 だがずっとこの場所に留まるわけにもいかない。また、迷惑をかけるのも嫌だしな。


[改めて御礼を、クロリアンテ。私達がこうしていられるのも貴方がたのおかげです]


 レアがずいと俺の前に出て、礼を伝える。


「よいよい。ワシャは何もしとらんからの。礼なら他の者にいうべきじゃ」


[他の方には昨日伝えたのですが、クロリアンテはどうにも見当たらなかったもので]


「年寄りに夜更かしは厳しいんじゃよ」


 様子を変えずにそう答える長老。態度は非常に落ち着いていてそこには微塵も動揺がない。


 凄いな。歳を重ねるとここまで落ち着きが出るものか。


「で、賭けの件じゃが」


 ? 賭け?


[ふふっ、ちゃんと覚えていましたか。たしかに、私の勝ちでしたね]


「ワシャ、そこまで恥知らずではないわ。ミーラや」


「がう!」


 呼びかけに、ミーラがすぐにやって来た。その手にそれなりの荷物を抱えて。


「全く付いていけてないんだが、何の話?」


 二人に問いかける。賭けをしていて、レアが勝ったってのは理解出来たが、何の賭けをしていたんだろうか。


[実はですね、決闘でのクオンが勝つか負けるかで賭けをしていまして、賭けに勝ったのですよ]


「へぇー」


 つまりレアは俺の勝利に賭けてくれていたわけだ。表には出さないが、それが嬉しくてたまらない。


[見てくださいっ!! この魔石ッ!!]


 ミーラが持ってきた荷物ーー正確には袋を開けると中から、大量の魔石が。


 ざっと見てみるが、低ランクのものだけじゃなく、中々のランクの魔石も混じっている。これだけの魔石があれば、多少お金に還元したとしてもレアの魔力が相当潤うぞ。


「マジかよ!!! レアッお前マジ最高ッ!!」


[でしょう! もっと褒めてもいいのですよ!]


「レア最高! 美少女ならぬ美本! 最アンド高過ぎるぜ!!」


「ちなみにワシャが勝っておったら御主らの全財産がワシャのものじゃった」


 パチンッッッッ!!!!


[なっ! 何故叩くのですかっ!!]


「お前が馬鹿だからだ」


[さ、先程は最高だと言っていたじゃないですかっ!]


「それとこれとは別問題だ」


 全ブッパとか命知らずにも程があるだろ。死にたいか? それとも地下の労働施設で働きたいのか?


「ワシャも正直、賭けを持ちかけられた時は、此奴頭大丈夫かと思った」


[ひ、ひどいです!]


 正論だろ。


「正論だろ」


「正論じゃろ」


[ぐぬぬぬ……実際には勝っているのですから! 問題はありませんッ!]


 バチンッッッ!!!!


[なっ!? また叩きましたね!?]


「次からは俺に許可取ること。俺がいない時は召喚獣にやってもいいか聞きなさい」


[……分かりましたよ]


「だけど、勝ったのも事実。良くやったな、レア」


 レアを褒めそやし、表紙を柔らかに撫でる。


「く、クオン……! わ、分かればいいのですよ、分かれば!]


 レアが若干蕩けたように身を捩る。


「……酷い飴と鞭を見せられておるのぉ……DVみたいじゃ」


「ふっ、かつて俺は東高の調教師と呼ばれた男だぜ」


「絶妙にダサいのぉ」


「ちなみにだが、東高の獣とも呼ばれてた」


「自分自身の調教お疲れ様じゃな」


 馬鹿野郎、俺の母校を馬鹿にすんじゃねぇ。って馬鹿にされたのは俺の渾名か。じゃあしょうがない。いやしょうがなくねぇよ。


「とんだ手土産も貰えたことだし、そろそろお暇しますかね」


「……他の者への挨拶は良いのか?」


「昨日言えるだけ礼は言ったしな。別れはやっぱりあっさり  の方がいい」


「しかしのぉ……」


 俺の顔をチラチラと見ながら渋る長老。


「なになに、なんだよ。なんか俺に用あんの?」


 そう言うと長老は呆れたようにため息を吐いた。その瞳は言外に、ここまで言っても気づかんかと言っているように見えた。


「……はぁ、用があるのは御主ではないかの?」


「え、俺? …………助けてくれてありがとう?」


「どんだけワシャ厚かましいんじゃ」


 違うか。…………心当たりが全くといっていいほどない。考え込んだはいいもののそのせいでポカンと間抜け面を浮かべてしまった。


「……はぁ、右腕じゃよ」


「右腕? 右腕は普通に動くし、あ? なんかカッコいい模様が……ああ!」


「思い出したかの」


 完全に忘れていた。そうだ。俺は長老に契約魔法をかけられていたのだった。元々、それが理由で決闘に出ることになったというのに完全にカッコいいタトゥーみたいな認識だったよ。


「ま、忘れてたならそれはそれで構わなくはあったがの」


 ポンと長老が手を叩けば、そこにあった刻印はあまりにもあっさりと消えて、


「狐に化かされたのぅ」


 長老はにんまりとベール越しでも分かるほどに笑みを浮かべる。


 ……完全に一歩上を行かれていたわけだ。


「またの、クオン。レア殿。それに従魔殿達。いずれ会う時が来るじゃろうて」


「バイバイ! ガウ!」


「またな」


[お世話になりました。また会いましょう]


「ふぃふぃ!」


「チュンッ!」


「--!」



 別れは淡白に、俺は背を向けて歩き出す。振り返りはしない。名残惜しくなってしまうから。





 *





「ヤッホー」


「ん、なんだ。ウルカか」


「なんだとはなにさ、失礼だなぁ全く」


 木の上にでもスタンバって居たのだろう。ぴょんと上からウルカが降りてきて、すちゃっと鮮やかにポーズを決めて見せる。


「もう行くんでしょ。戦友として別れをと思ってね!」


「それはありがたいが……良く起きれたな」


「別に私は朝弱くないからね」


「いやそういうことじゃなく、浴びるほど酒飲んでた気がするんだが……」


 よく起きれたものだ。太陽は出ているが、まだ明けてそれほど経っていない。


「あぁ、そゆこと。ま、仮にもハイドール家だからね。耐性なんかはそんじょそこらの人とは比べものにならないよ。ドワーフと飲み勝負しても負けない自信があるよ。多少の毒も抗体があるしね」


「なるほど」


 とは言ってみたものの、ハイドール家という存在について俺はあまりに無知だ。なんかハイドール家ってのが凄いってのは、ブラフとの会話とかから何となく分かってはいたが、如何せん具体的に何が凄いのかが分からん。


 レアは知っているのだろうか。


『ハイドール家……今まで、何度かその名を聞いたことがありますね』


(知ってんの?)


『詳しくは知りませんが、正義の一族と呼ばれている一家……だったはずです。母はあまり好ましく思っていなかったようですが』


 正義の一族、ね。確かにウルカも正義正義うるさいからな。そう言われればしっくりこないこともない。


『もう一つ……ただ、逃げていたあの頃……時折その名を聞きました』


「……」


『最強、全知全能、天下無双、正義の使者、神の使い、救世主、破壊者、怪物……様々な通り名がありましたが、どれも指していた人物は同じで。



 アルカ・ハイドール。



 それが私が聞いた名です」


 アルカ・ハイドール……。


 ウルカと名前がよく似ている。もしかしてその人物がウルカの語る『姉』なのだろうか。


「近々、私も村を出るから、また会うこともあると思うんだ。それでまた会ったら宜しくって、それだけ言っておこうと思ってね!」


「それは勿論だけど、村出るのか」


「そろそろ、動きたくなっちゃって」


 彼女の言葉はきっと額面そのままの意味じゃない。誰かに詫びるような、誤魔化すような、なんていうかそんな雰囲気。

 そう語る彼女は俺に話しかけているようで、俺に語りかけていないのだから。


「じゃあそゆことだから! クオンにレアちゃん。妖精ちゃんに雀ちゃん、鎧ちゃんもまたねー!」


 手を振りながら、後ろ向きで木をぴょんぴょん飛び跳ね去っていくウルカ。すげーな。




 *



 ウルカと別れて少し経ち、木と木の間が大きくなり、視界がだんだんと晴れてきた時、木の影からフエゴさんがにゅるりと姿を現した。


「もし良ければ、途中まで一緒なんて、どうだぜ?」


「フエゴさん」


 なんか次々にターン制見たく出てくるから、ランダムエンカウントのロールプレイングゲームみたいだ。ゲーム感覚でちょっとだけ楽しい。


「フエゴさんも、もう出るんですか?」


フエゴさんは昨日来たばかり。まだ一日も経っていない。なのにいいんだろうか。


「長居は無用ってもんだぜ。これで最後ってわけでもないんだから」


「俺達北の方に行ってみようかなぁ……ってぼんやり考えてるんですけど、方向一緒っすか?」


「俺は当てのない旅をしてるんだぜ。気の向くまま、好きな方角に、身を流すのが俺の生き方だぜ」


 風来という名に偽りなしってか。いいなぁ。俺もいずれはそんな感じで生活したいなぁ。


「じゃあせっかくですし、迷惑じゃないなら一緒に」


『いいのですか、クオン』


(ずっと一緒ってわけでもないんだし、いいんじゃないか? 迷惑掛けそうになったら、すぐに距離を取れば)


『……クオンがそういうのなら』


 それにAランク冒険者から直接情報を得られる機会なんてそうない。得られる情報は有益だ。もしかしたら、俺達が追われている手掛かりを掴むことができるかもしれない。


「それはこっちの台詞だぜ」


 決闘の時のように握手を交わす。


 そうして俺と、否、俺達とフエゴさんの新たな短い旅路が始まった。




3、4話で同行は終わる(予言)

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