8 魔力増強
ホーンディア討伐で得た金で露店で飯を購入して、宿に帰り、ベッドに腰掛けた。
「美味いなぁ」
「ふぃふぃー!」
何か知らねぇ鶏みてぇな味の肉をフィアと食いながら考える。何の肉かを考えるわけではなく、この後のことをだ。
宿に帰ってやることがないんじゃ、俺自身の成長スピードは大したことがないだろう。どうにかして、部屋の中でも出来ることを探さねば。筋トレとストレッチは当然やるとして……。
『悩み事ですか?』
肉を食べ終わっても、串を握ったまま動かない俺にレアがそう語りかけてくる。
「あのさ、この世界の人間は個人差はあれど魔法を使えるんだろ?」
『はい、その認識で間違いはありません』
「俺は使えないのか?」
『ふむ。つまり魔法を使えるようになりたいと』
「俺はまだ自分に何が向いているかも分からない状態だからな。やれることはやっておきたいんだよ」
魔法が使えるので有れば、召喚獣を後ろから援護することもできるようになる。今は俺が守ってもらう側で、並び立つ実力はないが将来の試金石になることは間違いない。
『単刀直入にいいますと難しいですね』
「なんとなくそんな気はしてたが……やっぱり俺が別の世界から来た人間だからか?」
俺の世界に魔力などなかった。魔法は魔力を行使して使うのだから、魔力がない俺はお察しということだ。
『いえ、それは全く関係ありません。どちらかというと召喚士が問題ですね』
「召喚士が問題? 召喚以外の魔法が使えないのか? もしくは召喚士には魔力がないとか?」
『いえ、クオンの魔力は常人とは比べられないほど多いですよ。……ですが、召喚の魔力リソースが問題なのです』
異世界から来た俺にも魔力は存在してるのか。俺の魔力が多いというのも気にはなるが……。
「魔力リソース?」
『魔法は単純に魔力をその都度消費して発動しますが、召喚はそうではありません。私も初めて知ったのですが、召喚は常に一定の魔力を消費しています。クオンは魔力量が多い分、魔力の自然回復が早いので何とか補えていますが……それでも消費魔力と自然回復する魔力はギリギリ上回っているかトントンといったところでしょう。つまり、他の魔法に割く魔力がありません。いえ、あるにはありますが実用できるレベルの魔法は使えないでしょう』
今の俺はフィアに常時魔力を譲渡している状態らしい。
魔力は人により差はあれど、時間によって自然回復するもの。俺はその自然回復が早いというべきか多いというべきか、とにかく人よりも魔力が溜まりやすいため常に魔力を消費していても補えている。しかし均衡が保たれているのはギリギリのところ。俺が仮に魔法を使う事になれば、その均衡が崩れ一気にマイナスに傾く事になる。
……もしもこれから召喚獣が増えたらどうなるのだろうか?
魔力供給が追いつかなくなる? そうすると必然的に召喚が継続できなくなる、のか? 召喚が継続できなくなれば召喚獣はどうなる? 消えるのか?
……いや、これが召喚士としての成長なのではないか?
召喚獣を現界させておけるだけの魔力。
これだけが条件とは限らないがその一片である可能性は高いのではないだろうか。
「レア、その魔力の上昇が召喚士としての成長の一端ってことはないか?」
『魔力量の上昇? ……なるほどっ、その可能性はありますね』
俺の言いたいことはどうやら伝わったようだ。となるとその魔力を上昇させる方法だが……。
『となると魔力量上昇方法ですが……すみません。私の知識には竜の瞳を食すぐらいしかありません。後は魔力を極度に使用すると増えると聞いたことがありますが』
「偏りがすごい知識だな、おい。じゃあ確かめにちょっくら冒険者ギルドで聞いてみるか。フィア、悪いが来てくれ」
今の俺はこの世界では最弱の部類に入るだろう。故に護衛としてフィアさんが必要なわけだ。
あとレアも当然持っていくよ? 部屋に一冊きりにしておいたら可哀そうだし。
「ふぃー?」
「また帰りに肉買ってやるからな」
「ふぃふぃー!!」
うんうんと頷いて俺の服の中に潜り込んでいくフィア。うーん、やっぱりくすぐったい。買い替えたばかりであれだが、深めのポケットがある服か、ズボンでも買うべきなんだろうか。
そんなこんなでギルドに来たはいいが、誰に聞けばいいのだろうか。
受付嬢に訊こうと思ったが、夜はどうやらギルドも混むようで、受付にはそれなりの列ができている。
どうしようか悩んでいると、突如誰かに肩を組まれた。
「よっ、大丈夫だったか」
「あっ! あん時はありがとうございました」
肩を組んできたのは、検問の列に並んでいた俺に順番を初めに譲ってくれたイカツイ男だった。
そう思えば、その場で礼ぐらいしかいってなかったな。
「いいってこった、そのかわり今度飯でも奢れよ?」
「今は生活するのが精一杯なんで厳しいっすけど、いずれ奢らせてもらいます。あんまり高いのは期待しないでくださいよ?」
「ならいいぜ。で、えーと」
「クオンって言います」
「クオン。俺の名前はヴァイガスだ、よろしくな」
さんも敬語もいらねぇぜ、といってガハガハ笑うヴァイガス。いい奴なのはなんとなく分かるけど、背中を叩くのは痛いからやめて欲しい。破茶滅茶に力が強いから背骨が曲がる。
話を聞いたところ、ヴァイガスはこの町ではそれなりに有名な冒険者らしく、なんとCランクの魔物ならパーティーで狩ることも出来るそうだ。つまりこの男、ヴァイガスはフィアよりも強いということだ。……まぁ、フィアの方が圧倒的に可愛いから、負けてないけど。
……なんとなく悔しかったから対抗心を燃やしてみた。
「で、何してたんだ、キョロキョロしてよ」
「ヴァイガスは魔力の増やし方って知ってるか?」
「ああ? 魔力ぅ? それはこう、歳を重ねたり、めっちゃ厳しい戦いの後なんかに自ずと上がってるもんじゃねぇの?」
「うーん、こう自分の手で上げられないのか?」
「だから、魔物を命がけで倒してる内に勝手に上がるんじゃねぇか?」
「そうなん?」
魔物を倒すことで魔力の最大値が上がるとは……魔石も必要な俺にとって、それはありがたい。
「知らねぇけどよ」
「おい」
「悪ぃ悪ぃ! 俺のパーティのミシェルって奴に聞いてくれや。魔法使いだからよ。ほらこっちだ!」
ヴァイガスに服の襟を持たれ、引っ張られる。
「ぐえっ」
「ふぃー……」
服が引っ張られたことでフィアが小さく苦しそうに声を上げた。ごめんね、でも俺も苦しいから許して。
『情けないですね』
俺の手に持たれていたために唯一被害を受けなかったレアが言う。
なんか腹が立ったから、胸に抱えギュッと抱きしめた。俺達は一蓮托生だぜ。
『ッッッ!?!?』
「ふぃっ!?」
あ、潰しちゃった、ごめんフィア。
「つーかその黒い本はなんだよ?」
「……聞かないでくれると助かるんだが」
「……そうか、悪かったな」
ヴァイガスが気まずそうにそう言って黙り込んだ。
誤魔化す言い訳が思い浮かばなかったから言っただけなんだが……なんか効果的面だったな。
『家族の形見か何かと勘違いされているのでは?』
ああ、そういう……。
最初に街に来た時の格好のせいでこの街に来るまでに悲惨な目に合ったと思われてんだよな。
騙しているようで若干罪悪感はあるが都合がいいのでわざわざ誤解を解くのはやめておこう。
「ほら着いたぞ」
「遅いわよ、ヴァイガス……ってその子は確か」
ヴァイガスの拘束が解け、若干の熱を発する首を抑えつつ声がした方へ顔を向ければ、そこにはヴァイガスのパーティー、あの時場所を譲ってくれた人達がいた。なので今一度お礼を言っておく。
「クオンって言います。あん時は譲っていただいてありがとうございました!」
「あー、いいのいいの。そういうこともあるわよね。これから頑張りなさい」
少し言葉遣いは荒いが、心配して応援してくれたのは、肩程度まで赤い髪を伸ばした姉御肌? そうでもない? の女性。
「そうさ、人生色々。今の君を見るに問題なさそうだけどね」
そういうは、いかにも優男で真面目なイケメン。本当に人かと一瞬疑うほどの美形。しかし耳を見て納得。先の尖った長い耳が横に伸びているから人族でなく、他種族。エルフ族の人だろう。
エルフ族や魔族なんかは人族や獣人族に比べて数が少ないから、街を歩いていても見かけることが少ない。こうも近くで見るのは初めてだ。
「……中々の魔力。やりおるぜ」
そう俺を見て、目を見開く見た目魔女な水色の髪をした女性。多分この人がミシェルって人だろう。でも喋り方は全く魔女っぽくない。なんだ「ぜ」って。
「うんうん、礼儀正しいし、ポジティブだ。頑張れ、若人よ」
おじさんはもう剣を振るのも億劫でねぇ。臨時パーティーなのに酷使されてるんだ。と愚痴るおじさん。
どちらかというとエルフの人にこのセリフを言って欲しかった感はある。おじさんが言うと人生に疲れ切った感じが出ちゃうから。
ヴァイガスはこの四人とパーティーを組んでいるようだ。
「で、このクオンがだな。魔力を増やしたいっていうんだが……ミシェル、教えてやってくれないか?」
「面倒だぜ……それに元々その子は魔力がかなりある。教える必要がないと思うぜ」
「そういうなって、クオンが今度食い放題飲み放題で奢ってくれるっていうからよ」
あの、言ってないんですけど。すみませーん、言ってないんですけど。捏造やめてください。
日々を暮らすのに精一杯の俺にそれは酷じゃないですかね?
「あのちょ」
「でも流石にそれは初心者冒険者にはちょいと厳しいぜ」
「だよな! じゃあ俺たちも滅多に行けない高級宿、宿り木の桜亭のディナー一回分でどうだ!」
「おい、だからちょっ」
「乗ったぜ!」
「よし来た! 決まりだ! どうよクオン! 俺の交渉術は!」
テメェらグルだろ!
ふざけんなよ、こいつら。初々しい冒険者にベテランがタカってんじゃねーよ。
思わず絶句するが、なんとか言葉を捻り出す。
「……とりあえず情報次第で」
「ははっ、若人よ失敗も経験さ」
うるせぇよ。黙ってろおっさんは。失敗じゃなくて、ただのマッチポンプじゃねぇか。
エルフの男性は申し訳なさそうに笑い、手で謝罪の意を示しているが、姉御肌の女性は面白がってケタケタ笑っている。
「はぁ……まあいっか」
が、変に優しいだけよりずっと分かりやすい。
これから確実に必要になるだろう情報が高級ディナー一回分で買えるのだ。むしろ得をしていると言っても過言ではないだろうよ。……と自分を励ましてみた。
で、食べ放題食い放題を対価に、ミシェルから教えてもらった情報によると筋肉が筋肉痛の後に超回復により成長するように、魔力も限界かその一歩手前まで使うと少しずつ限界容量が大きくなるらしい。
『私の情報も間違ったものではありませんでしたか』
(だな)
魔力を酷使する方法は簡単で魔法を使えば良いだけ。
「意外と簡単なんだな」
「ふっ」
俺がそう率直な感想を言うとミシェルに鼻で笑われた。いや俺の発言が浅慮だったのかもしれないが……うん、こいつ俺の苦手なタイプかもしれない。なんか、うん、そんな気がする。
「これだからトウシロは……。君は腕が動かなくなるまで剣を振るったことはないだろうぜ?」
……確かに。
俺が静かに頷くと、我が意を得たり! とばかりに笑みを深め、声の調子を上げるミシェル。
「だろう? だから君はそのキツさが分からないのだぜ! だがその辛さを想像することぐらいは出来るだろう! 魔力だって同じ、いやそれ以上にキツイんだぜ! 魔力は酷使すれば、過度な貧血症状が出るし、限界まで使えば、意識を失いもするッ! 反省するべきだぜ! 己の浅慮さをっ!」
ふむ、なるほど。魔力が枯渇状態に近づくとそんな症状が出るのか。
実践する前に分かったのは幸いだ。ベッドで行うとしよう。
「魔法使いの間じゃメジャーな方法だが、知識として知っているだけで実践する人はあまりいないんだぜ。つまりはそれほどってことだぜ」
「辛い割には増える量も大したことがないからね。あれを毎日こなすのはかなりの苦行だよ。あれをやるくらいだったら、歳を重ねるにつれ成長するのを待った方がよっぽど合理的。そう思わせるほどだよ」
エルフの男性もやったことがあるのだろう。苦々しい顔で言う。
「……なるほど。で、どのくらい増えるんだ?」
「……ここまで言ったのにまだやるつもりなんだぜ?」
正気か? と疑るような視線を向けてくるミシェルに俺は軽く肩を竦めた。
「まずはやってみないと、なんも分かんないからさ」
「……まぁ、せいぜい頑張ればいいのだよ」
俺の返事を聞いたミシェルは微かに目を見開き、そう言って、俺に向かってなにかを投げる。
「おおっと」
それを掴み、見てみるとそれは五センチ大の魔石のようなものだった。
「これは……?」
「魔晶石。普通にやれば時間がかかるが、それを使えば短縮にはなるんだぜ」
「……いいのか?」
「宿り木の桜亭のディナーを奢るまで貸しといてやるのだよ。せいぜい己の無力さを実感し、絶望するがいいぜ!」
照れ隠しだろうか。逸らす顔を瞳だけで窺えば、頬が主に染まっている。
「サンキュな。なるべく早く返せるよう精進するぜ」
苦手なタイプだの、なんだの好き勝手言っておいてなんだが、どうやら完全に苦手になれる相手ではないらしい。
パーティーメンバーも苦笑していることから素直になれないただのお人好しということを察することができた。
「ふんっ、初心者がイキがって……さっさと返して欲しいものだぜ。予備はあるが、魔石晶はそれは頂きものなのだから」
「不器用な応援か?」
「ち、違うに決まってるぜッ! 驕るなだぜッ!」
そんな風に語るミシェル達と俺はその日、僅かに交友を深めた。
思えば、この世界で初めてレアとフィア以外とこんなに喋った気がするな。
「明日は魔法の適性ってやつを調べに行くか」
魔晶石を使って今日から魔力を増やそうと思ったが、魔法が使えないから魔晶石も意味をなさない。
魔法の適性がもし無かったら魔力も増やせないのだが……そうなったらどうしようか。
……まあ、そんときゃそんとき考えよ。
若干長かったかも