77 宴
「宴じゃあぁぁああ!!!」
トメルが大声で叫び、握った酒を豪快に飲み干した。
「……死闘があったとは思えないな」
誰にともなく、そう呟く。
木にもたれかかった体を起こそうとすると、鈍い痛みが背中に木霊した。ポーションをぶっかけたというのに、未だ背中と額、身体の節々に鋭いような鈍いような様々な痛みが響いていた。
無事、二人を戦闘不能にすることに成功した俺たちは、ミーラと長老に後の処罰を任せ、怪我人の手当てを……といっても非戦闘員に怪我人は無く、俺やヒュー、ミーラ以外は基本的に軽傷だったためすぐに終わり、本来俺とフエゴさんの戦いの後に行われるはずだった宴を開くことにしたのだった。
「……」
皆が酒を呑み、肉を喰らう中、ただそれを見つめる。
助けてくれたみんなのおかげで、俺達は助かって、勝負はついた。
でも、俺の決着はまだついていない。
「ほーら、何してんのぉ!」
いきなりの大声にビックリして身体がビクリと震えた。ビックリだけに……というのは置いといて。
声がした方向に視線をやれば、そこにいたのは顔を赤くした完全に酔っているであろうウルカであった。
「こっち来なよ、クぅオンぅ! 私と一緒に飲もぉ!」
若干千鳥足のウルカが俺の手を引いて、酒の席へと案内した。
「完全に酔っ払ってんな、おい」
声が若干蕩けているし、口調も違う。そんなウルカが俺に枝垂れかかってくる。
「えへへ、ねね、ところでさぁ、くぅぉんの正義ってなぁに〜? 正義はねぇ……この世界で唯一の平等なんだよぉ? その身体に正義の三か条教えてあげよっかなぁ、無理矢理教え込ませちゃおっかなぁ……なぁんて!」
え、いきなり何々? 怖いんだけど。
訳の分からないことを言いながら垂れかかってくるウルカ。顔はほんのりと赤みを帯びていて若干セクシーだが、なんか変な宗教に勧誘されそうな雰囲気で怖い。あっ、でも腕におっぱいが当たってる! ラッキー!
俺が恐怖と若干の喜びに震えていると、近くでちびちびと酒を飲んでいたヒューが俺に忠告した。
「……気をつけろ、其奴は酔うと正義を語り始める正義上戸だ」
「初めて聞くタイプのやつだ」
どんなタイプの上戸よりも、一緒に呑んでくれる人が少なさそうな上戸だ。少なくとも俺は一緒に飲みたくない。
「ねぇ、くぅぅぉぉんん! 私の正義も良い正義なんだけど、姉さんの正義はもっと凄くてねぇ」
「はいはい、凄いねー。で、あそこで地面にのの字を書いてるマリフィスさんはどしたの?」
滅茶苦茶ダルいウルカを適当に流しつつ、視界に映る気になるものについて問いかける。
「……俺たちが戦っている中、ずっと気絶していたからな。レヴィン共々凹み中だ」
ヒューの視線を追えば、影で蹲ってボソボソと何か独り言を言っているレヴィンの姿が。
「大丈夫かな?」
「……マリフィスの方は少なくとも大丈夫だろう。レヴィンは最悪ウルカが殴れば、元に戻るだろう」
「原始的な方法過ぎる」
昭和かな? 調子悪い時のテレビじゃないんだから。
「ところで、レア……あー、俺の魔導書が何処か分かる?」
「……先程、舞台の近くで見た気がするな」
俺は少し一人で考え事がしたかったから、レア達には好きに宴を回っていてもらっていた。
レアはこう言った催しが初めてのようで、なんだか緊張した面持ちだった。
ヒトヨやアイヴィスは俺のそばから離れることを嫌がってはいたが、それぞれのプライベートタイムも大事だ。俺然り、召喚獣然りな。
「えぇ〜! クぅオン行かないでぇ! もっと正義について語り明かそうよぉ! 正義正義正義正義正義ぃ!」
語り明かそうって言いますけど、貴女が一方的に語っていただけなんですがそれは。
「……やれやれ、見ろ正義女、彼処に正義について知りたそうな顔をしているトメルがいるぞ」
「えぇ〜……トメルかぁ〜」
「……ふむ、よく見れば何時間でも語り明かしたそうな顔をしているな」
「ヨシ! 私行ってくるぅ!」
本当に酔っているのか疑問に思うほど、俊敏にトメルさんの元へと行き、だる絡みし始めるウルカ。トメルはマジで嫌そうな顔をしている。
さらばトメル。貴方の犠牲は無駄にしない。
「サンキュー、ヒュー」
「……ふっ、早く行け」
ヒューに軽く礼を言ってから、レアを探し始める。向かう途中、色々な人に声を掛けられ、挨拶を交わしつつ、目的の場所へと向かっていく。
えっとヒューが言うにはこの辺りのはずなんだけど。
「おっ、いたいた」
『考え事はもう済んだのですか?』
「おうよ。そっちは? 楽しんでるか?」
『皆さん、興味本位で話しかけてくれますので、意外と楽しいですよ。私は、こんなですので殆ど人との関わりが無かったですから。唯一惜しむべくは、食事ができないことですね』
「くく、楽しんでいるようなら良かった」
『ええ、それにフィア達が一緒にいてくれますので』
「アイツらも楽しんでるか?」
『フィアとヒトヨは人気者で、色々と食べ物を餌付けされていますし、アイヴィスはお酒を身体の中に入れてましたよ』
フィアとヒトヨは楽しんでそうだけど、アイヴィスは楽しんでるのか? リビングアーマーってそうやって酒飲むん?
「ま、まぁ、みんな楽しんでるようならよかった」
『催し物も存外に凄くてですね……ほら、あそこ見てください』
「ん?」
見れば、そこではフエゴさんが剣を持って何かをしている。
『あの「風来」というAランク冒険者が、芸を披露しています。先ほど見せた風魔法と水魔法、加えて氷魔法を使った演武は非常に美しく、圧巻でしたね』
「あの人、滅茶苦茶楽しんでんな」
Aランク冒険者にもなると場を盛り上げることも容易いのか。宴とか催し事に招待されたりすることも多そうだし、なんとなく分からなくもないが。
「あっ、そうだ。精神安定って一回解除出来たりするか? 俺酒飲んだことないから、酔っ払ってみたいんだが」
『唐突ですね』
「この世界に来てから四ヶ月ぐらい経ったろ? そのおかげで、俺もようやく酒を飲める歳になったのをさっき思い出したんだよ」
『なるほど。納得です』
この世界だと、色々な人種が存在しているせいか、酒なんてよっぽどのことがない限り基本的に自己責任で、厳格に年齢制限を設けている国の方が少ない。
なので、今まで酒を我慢する理由も無かったのだが、なんとなく良心に従って飲むことはなかった。……いやまぁ、元の世界では多少飲んだりしてたんだけどね。
『ふむ……可能そうですね。はい。解除出来ましたよ』
「おっ、サンキュー」
明確に何か変わったわけではないが、少しだけ心が重くなった気がする。
『さて、では私はそろそろあの子達の元へ戻りますかね。クオンはどうしますか?』
「適当に酒飲んでくるわ。また適当に合流しようぜ」
『了解です。あまり飲み過ぎないよう気をつけてくださいね。人間はお酒に溺れる生き物だと聞きますので』
「分かってるって。俺も急性アルコール中毒で死にたくないし」
『急せ? 毒? ……まぁ分かったなら良いのです』
急性アルコール中毒の意味が分からなかったらしいレアが、ぷかぷかとその場を去っていく。俺は静かにそれを見送った。
「クオン、ガウ」
いつのまにか背後に立っていたミーラが、ボソリと俺にだけ届く声で名を呼んだ。
その声に身体が強張るのを感じながら、
「……今行くよ」
そう、返した。




