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74 夜闇

 


 戦いが始まって、三分程。どちらの戦いも未だ決着は着かずにいた。


 アイヴィス、ヒトヨ、ヒュー対ブラフでは、ブラフが終始優位に戦いを進めていたが、決定打が欠けていた。


 戦力面で見れば、アイヴィス側が遥かに優位な状況。強さという面で見れば、恐らくアイヴィスとブラフは互角程度。技術で言って仕舞えば、アイヴィスの方が上まである。


 だが、圧倒的にブラフの戦い方が上手かった。ヒューがヒトヨの上に乗り、指示を出してはいたが、それをゆうに超えていく。いつ、どの場面をとっても、優位な位置をキープし続け、反撃を喰らわないように少しずつ削られる。


 他にも戦いを上手く進められている理由が幾つかあったが、その内の一つがアイヴィスとヒトヨが怒りで冷静さを失っていたこと。


 主人である冒険者クオンを潰したことが、良い方向へと転がっている。



 アイヴィス側からしてみれば、ジリ貧という言葉が相応しい状況。だが、これはフエゴ・ロンギングが目を覚ますまでの時間稼ぎ。この状況が続けば、優位になるのはアイヴィス側だった。


 当然、ブラフはそれを理解していた。


 故に思考する。

 どうすれば良いか。


 答えは、簡単に出た。


「……これ、結構高かったんですがねぇ」


 次の瞬間、ブラフの手には、一本の木の枝のような細い棒が握られていた。




 *




「ミーラさんは横から、フィアちゃんは次は連射系炎魔法で!」


「……」


 アイヴィス達と異なり、こちらは優勢に戦いを進めていた。


 理由は単純明快。戦闘経験豊富な人物が二人いるから。


 ミーラはAランク冒険者としての実績がある程。災厄指定の影響で能力が落ちてはいるが、経験や技術を失うことはない。

 そして何より、ウルカ。



 ウルカ・ハイドール。



 ハイドール家といえば、この世界で知らない者の方が少ないだろう。


 では、ハイドール家とは一体何か。道を歩く者に問えば、こう返ってくることだろう。



 --正義である、と。



 数々の強者を育成してきた名門中の名門、超名門。


 ハイドール家は帝国ではなく、はたまた七大国のどこでもなく、小さな中立国アルトマイツェ国に居を構えている。


 ウルカはそんな家に生まれ、育ってきた。訳あって、今は遠く離れたこの地にいるが、腐ってもハイドール家。戦闘経験はそこいらの冒険者など目ではない。


 そんなミーラとウルカ、加えて機動力に優れ、魔法に強いフィアがいる。

 加えてフードを被った人物、ルナはブラフに比べて、頭を使って戦うタイプではない。


 押しているのはある種当然のことなのかも知れない。


 しかし、ウルカの表情は芳しくない。


(おかしいな……強いけど、この程度?)


 ウルカの見通しでは、戦況はかなり苦しくなるはずだった。

 だが蓋を開けてみれば、此方が優位に立てている。


 相手の強さを見誤った? それとも慎重になり過ぎた? 

 指示を飛ばし、自らも動きながら、思案する。


 味方の力を甘く見ていたのだろうか。ウルカの思った以上に一人一人が、強くて、上手くいっている。

 そうなのだろうか。


 そう信じたいが、身体がそれを拒んでいる。

 さっきから身体が、小刻みに震えている。恐怖とも違う、何か不気味な寒気のような何かを目の前の人物から感じ取っていた。


(……わざと本気を出していない? だから優位に立ててる? でも理由は?)


 と、視界が暗くなった。


 ここは元々、森の中。この場は多少開けているが、それでも少し薄暗かった。それに雲でもかかれば、暗くもなるだろう。


(力を温存してる?)


「ふぃふぃ!!」


 思考する中、フィアが声を上げていた。彼女をみれば、小さな手で上を指している。


(上? ッ!?)


 雲に覆われたのだと思っていた。だが、上空に広がるは明らかに人為的な黒。何かは分からないが、まるで帳が落ちたように、されど人工的に均一の暗さ。

 魔法、もしくは魔導具によってもたらされたことは考えるまでもなく、理解出来た。


 木々に遮られ、遠方の地は見えないが、恐らくここら一帯が薄暗闇に包まれている。


 ルナに魔導具や魔法を使う素振りは見られなかった。となれば--。


 刹那、悍ましいほどの寒気がウルカを襲った。


「「ッッ!」」


 ウルカとミーラ、二人がルナから距離を取ったのはほぼ同時だった。

 しかし、ブラフに思考を割かれていたウルカが一瞬出遅れた。


「っ痛ぅ……! 全くやってくれるね」


 代償は左前腕に三本の鋭い裂傷。決して浅い傷ではない。

 他者よりも速い再生力を誇るウルカでも治るのには、多少時間がかかるだろう。


「……いきなり、強くなった、ガウ」


「……最悪です。あの子に限っては、時間稼ぎじゃなくて、速攻で終わらせるべきでした」


 ウルカは判断を間違えた。詰める余裕はあった。だが、慎重になり過ぎた。


 ウルカが自らの親指を噛む。草食系たるウルカの歯は犬歯がそれほど発達していない。

 それでも、親指から血が流れるほどに強く噛み潰す。


「多分、無理だった、ガウ」


 速攻が理想ではあったが、ミーラの言う通り多分それは不可能だった。

 でも、実行するべきだった。


 視線の先では、フードの人物が背中を見せている。だというのに、隙がない。


(小さな頃見た姉さんもこんな風だったなぁ)


 なんて、現実逃避したくなるほどに相手は強大で。

 それでも、姉に比べれば五千倍マシだと気力を保つ。


「疲れるから、さっさと終わらせる」


 初めて、フードを被った人物が喋った。ルナという名前から想定はしていたが、明らかに女性の声。しかもまだ成熟しきっていないだろう若い声。


「言っておく。ここからは、私の独壇場だから」


 そう言ってルナがフードを取る。


 中から現れたのは、小さな女の子だった。

 だが、強さは本物だ。強者が放つ独特の不遜さとも言うべき、オーラを放っている。


「……ぶっちゃけ、全力出せる時のミーラさんとどっちが強いです?」


「……ミーラ、勝つ、ガウ!」


 Aランク冒険者で『麒麟児』とも呼ばれたミーラの全力ですら、タイマンでの勝ちを確信出来ない相手。

 ウルカ、ミーラ、フィア。三人で力を合わせたところで時間を稼げるかすら怪しい。どころか、当初の想定通りにことが運んだとて、勝率を下方修正しなければならない。



 つまりフエゴ・ロンギングが目覚めて、戦闘に加わったとてである。




 同程度の実力である近接戦闘職と遠距離の魔法職が戦えばどちらが勝つか。

 経験したことのある者に問えば、皆一様にこう答えるであろう。


 答えは、距離で変わる、と。


 近ければ近接戦闘職が勝ち、距離を取って魔法を撃てれば魔法職が勝つ。


 フエゴ・ロンギングは優秀な冒険者だ。だが、それ以上に、魔法使いだ。

 近接戦闘も出来る彼は正しく一流で、並の者であるのなら、近接戦闘でも負けはしない。


 だが、相手が等しく一流ならば、フエゴ・ロンギングは確実に勝てない。



「その前に、死にそうだけどッッ! ぅおッッ!!」


 悪寒がして後ろに跳んだ。刹那、先ほどまでウルカがいた位置に腕を振り切った状態のルナがいた。


「あはは……当たらなかったね……?」


 乾いた笑いで、挑発した。内心の驚愕と恐怖はひた隠して。


(殆ど見えなかった……)


 気を抜いてなどいなかった。だというのに、見えなかったのだ。

 動きが速い、それは勿論そうだろう、しかしそれだけではない。暗くなったせいで、視界が悪い。


 避けられたのは、悪寒がしたのとルナの瞳が淡く光っていたから。


 目が慣れるのには後数十秒かかるだろう。


 つまり何が言いたいかというと、状況は最悪。


「前、任せる、ガウ!」


 跳躍し、ウルカとルナの間に割って入るミーラ。


「いいんですか? ちょっと死ねますよ?」


「死なない、ガウ!」


 低い体勢で構えるルナの前に、ミーラが同じく低い体勢でルナを見据える。


「死ね」


 睨み合いは続かない。先程までのルナと違い、今のルナは好戦的。即座に距離を詰めてくる。


 ウルカは背後をとり、ルナが距離を詰めたタイミングと同時に攻める。

 先程までは一対一であろうとある程度は拳を交わせていた。

 だが、今は違う。一撃、もしくは二撃、そこをどうにか耐えても三撃目で確実に押し負ける。


 背後からの攻撃も、圧倒的なまでの瞬発力と動体視力で止められる。


 どちらかが崩壊する前に、一方がフォローする。ジリ貧どころではない。ただの綱渡り。




 今の状況、最悪は最悪だがギリギリどうにか回っている。


 その立役者は、フィアであった。


 フィアが得意とするのは妨害系統の魔法。つまり今の状況に最適だった。急所の狙いをほんのわずかずらし、着地点を僅かにずらし、跳躍を微かに妨げる。


 妨害出来る時間はほんの瞬き一回程度の時間。しかし、それが活きている。


 そんな、フィアが今どこにいるか。


 答えは、ウルカの肩。ウルカの肩から頭と手を出し、魔法でアシストしている。


「うざい」


 ミーラを蹴飛ばし、その勢いでウルカとの距離を詰めてくる。狙われたのは裂傷を受け、再生途中の左腕。


 痛みを覚悟して、左腕で攻撃を受け止め--次の瞬間、地面に背が付いていた。


「かはっ!」


 肺から息が漏れ、意識が一瞬空白に染まる。恐らく一秒にも満たない時間だろう。

 だがその一秒は余りに大きい。


 ウルカに追撃はしない。ルナの狙いは、フィア。


 ウルカの背が地面につく前に、妖精がその場を離脱していることをルナの瞳は捉えていた。


 厄介ではあったが、素の実力は高くない。邪魔さえなければ片手で時間を数えている間には殺せる相手。


 移動速度はそれなりだが、ルナにはおよそ届かない。


 投げ飛ばし終えた瞬間に、フィアが逃げた方へ腕を振るった。ルナに出せる最高速度、今までの動きを見るに確実に避けられない。


 はずだった。


「……?」


 腕が空を切った。何かに触れた感触はない。


 視線を向ける。


 今先程までいたフィアの姿はない。暗闇で光る瞳だけを動かせば、妖精は約二十メートルほど離れた木の近くにいた。


「……テレポート?」


「衝脚ッ!」


 狙いも、視線も、意識すらも此方にないことを悟ったウルカが腕で起き上がり、空いた脚で衝脚を放つ。

 それを見ずに躱し、腹に裏拳を叩きつけ、弾き飛ばした。


「ぐえッ……!」


「……」


 ミーラが隙を埋めるように攻撃に回るが、ルナの視線はミーラやウルカになく、ただフィアを見つめていた。



 戦況は未だ、ルナの独壇場。






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