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70 奇妙な男

 


「甘すぎだぜ」


「チッ!」


 フエゴの右拳の一撃がクオンの左胸に当たり、クオンの身体が石舞台を擦り後退する。


 それでも尚、すぐ距離を詰めてくるクオンにフエゴは眉をひそめた。



 フエゴ・ロンギングは自他共に認める一流だ。才能もあり、カリスマ性もある。Aランク冒険者として大成もしている。


 そんな彼は当然、それなりの場数を潜り抜けてきた。そして様々な人物と知り合ってきた。国を治める王やSランク冒険者、スラム街の孤児、森に隠れ住む獣人だって居た。それほど、多種多様な人物に会ってきた。


 だが、目の前の人物はその誰とも違う奇妙さを持っていた。


 〈風来〉フエゴ・ロンギングがクオンを初めて見た感想は何を置いても、



 ーーとてつもない魔力量を誇る青年。



 だった。




 フエゴ・ロンギングは魔眼ではない。


 だが、フエゴ・ロンギング程の魔術師になれば、相対した相手の魔力量を大まかに探ることができる。その正確さは愛弟子であるミシェルの持つ魔眼に比べれば、塵のようなものだが、それでも大凡の魔力量を知ることができる。


 フエゴはAランク冒険者クラスの魔法使い達に比べれば、魔力量が少ない方だ。それでも、当然のように並以上。戦術級魔法と呼ばれるそれだけで戦闘を左右する強大な魔法を一度は放てる程度には魔力を保持している。


 だというのに、目の前にいた青年、クオンは少なくともフエゴの倍、もしかすれば四倍にもなる魔力量を誇っていた。


 物凄い才だと、驚愕した。だが、その驚愕は憐れみへと変貌した。


 彼には魔法の才がない。魔力の才能は人外な程、だが魔法の才能があまりにもない。


 試合中、無詠唱で発動させようとしていた最下級魔法、それですら七秒以上もの時間がかかっていた。無詠唱ということを考慮したとしても尚遅すぎる発動速度。


 魔法を習いたての子供でも最下級魔法であれば、もっと早く発動させるだろう。


 チグハグだ。とてつもないほどの魔力の才と逆に非凡な魔法の才。明らかに釣り合っていない。

 もしも、神がそんな両極端な才を与えたとしたのならば、余りにも惨すぎた。


 逆は多くいる。

 魔法の才はあるが、魔力量が足りていない。そんな者は多くいる。フエゴだってその一人だ。


 だがフエゴを例に挙げれば分かりやすいと思うが、魔力量に関してはどうにでもなるのだ。

 もし仮に一度も魔力を行使できないほどに魔力量が無くとも、魔力の篭った媒体を用いれば、魔法の行使を可能にすることは出来る。


 しかし逆は不可能だ。魔法の才が無ければ絶対に魔法は満足に発動出来ない。魔導具を行使したとて、元の才が無ければ焼け石に水だった。



「こっちだぜ」


「ぬおッ!?」


 空中前方回転から放たれる踵落としを危機一髪、頬に傷を作りながらも避けるクオン。



 勘がいいぜ。



 今回もそうだが、こちらの攻撃に気付く前に身体が動き始めている時がある。それは悪癖にもなり得るが、今この場では良い方向へと転がっている。


 武器の使用有無を聞いた時もそうだ。あれは勘とは少し違う気もするが。


 フエゴは元々、拳での、つまりステゴロでの戦いを得意としていない。むしろ苦手といっても過言ではない。

 魔法使いで有るから当然と言えばそうであるが、別にフエゴは近接戦自体を苦手としているわけではないのだ。

 仮に武器使用有りとしたのなら、今なお圧倒しているフエゴが更に圧倒、もしくは即座に卒倒で決闘は終わっていたことだろう。


 フエゴと知己の者であれば、知っていることであるが、フエゴはサモリタ王国で有名な剣の流派、志断一心流の段位所持者である。


 フエゴは、魔法使いとして、そして剣士としても高みに存在しているのだ。



「シッ!!」


 右の大振りの裏拳、勢いを利用した左回し蹴り、流れるように右フック。


 戦えば戦うほど、本当にチグハグで奇妙極まりなかった。


 魔力量は化け物地味ていたが、身体強化の程度からクオンが弱いことは分かっていた。故におおよそ、才能溢れる成り立ての冒険者と言ったところだろうと予想を立てていた。


 しかし、成り立てにしては躊躇がない。


 通常、人を殴る、つまり人に暴力を振るう際、慣れるまでは躊躇が現れる。それが無い頭のネジが緩み切った狂人もいるが目の前の彼はどうもそういった人種には見えなかった。

 だが、目の前の彼には躊躇いがないのも事実。察するに戦いに慣れているというよりは喧嘩に慣れている。


 だからか、技術が無いわけでもない。全体的に中途半端、それだけなら戦いやすいのだが、それに勘の良さが合わさって、攻撃が読みづらい。


 武術を履修した者は決して行わないような攻撃を、逆に全くのど素人が行えないような攻撃も使ってくる。



 加えて、明らかに無茶をしたであろう左腕の故障。立居振る舞いと、左腕を気にかける様子から、左腕の故障はつい最近のものであることがわかる。


 成り立ての冒険者とは到底考えづらかった。では何故、桁外れの魔力量を誇っているのに身体強化があそこまで貧弱であるのか。


 考えても、答えは出なかった。



 桁外れの魔力、釣り合わない身体強化、魔法適性のなさ、左腕の負傷、躊躇いのなさ。



 全てが噛み合っていない。


 まるで、身体強化や魔力の無い世界から突如として連れて来られた。そんなイメージを抱いてしまう。



 それらがフエゴの抱いたクオンへの感想だった。



 そしてそれら全てを差し置いて何よりも、


「ーーゴッゥウア!?」


「ヒットだぜ」


 勘が良くともずっと攻撃を避け続けるなどできるわけもなく、掌底をモロに顔面で受けた。背中から倒れ、ゴロゴロと舞台を転がっていく。


 今の感触からして、ほぼ確実に鼻の骨が折れただろう。


「イッテェなあ!!!!」


 決闘が始まるまでは使っていた敬語と呼んでいいのか微妙な似非敬語も忘れて、叫び、立ち上がり向かってくるクオン。

 鼻からは血が垂れているのにお構いなしで、鼻を戻し、口からも血をぺっと吐き出した。



 タフすぎるぜ!?



 尋常じゃないほどの耐久力。


 既に何度も拳や蹴りが直撃しており、急所にも二発食らっているというのに、未だその戦意衰えぬ、それどころか鬼気迫る迫力を醸し出している。


 同程度の身体強化という条件下ではあるが、元の体躯はフエゴの方が良く、筋肉量も恐らくフエゴの方が上。必然、僅かではあろうが、フエゴの方が一撃の威力は高い。それにも関わらず、立っていられるその耐久力。


 仮に成り立ての冒険者だとするのなら、目の前の青年は異端だ。

 通常の新米冒険者が鼻の骨を折られて、イテェで済ませて戦意微塵も絶やさず向かってこれる筈がない。



 強さで言ってしまえば、決して強くはない。光るものは多々あるが、未だ発展途上。謂わば原石であり、ダイアモンドではない。


 しかしあまりのタフさに圧倒しているこちらの方が先にスタミナ切れを起こしそうで心配になるほど。


 場外に落とすか、急所に集中砲火もしくは昏倒させるか。急所に集中砲火は今のフエゴでは現実的ではない。恐らく連続で当てられて、二発。二発当たれば普通、それで終いになってもおかしくないが、目の前の彼であれば、起き上がってくるという謎めいた確信があった。


 同様に昏倒も難しい。自らの長所を理解しているのか、それとも勘がいいのか。クオンの防御は顎と首が重点的に守られており、脳を揺らし昏倒させることも、一瞬神経の伝達を止めることで昏倒させることも今の身体能力では困難。



 となると、だぜ。



 場外落としが最も効果的か。そう結論づけようとした時、


「ふっ!」


 鬼気迫る表情とは裏腹に、冷静な呼吸音を鳴らして、クオンが不用意に身体を大きく動かした。


 そして身体を捻り、跳躍と同時に大振りの拳でフエゴの顎を狙った。


 大きすぎる隙。クオンはフエゴに比べれば、技術などあってないようなもの。だが、今までこれほどの隙を見せてきたことはなかった。


(……誘っているんだぜ?)


 罠の可能性。それを考えたフエゴはあえて隙だらけの身体を狙わず、顔を僅か後ろに逸らすことで大振りの拳を紙一重で避けてみせた。


 大きく振った拳の勢いそのままに身体を回すクオン。


(無理矢理回し蹴りに繋げるための跳躍と捻り……?)


 蹴りに注意して、後ろに逸らした頭を元の位置に戻しながら、視線が微か下を向いた瞬間、フエゴの脳裏に電流のような何かが走った。



 ーーそれは経験から来る警告。途方もないほどの嫌な予感。


(一体そんなーー)


 それに従って戻しかけていた頭を再度逸らしーーーー眼球ギリギリを何かが擦り取るように通り過ぎていった。



「なッ!?」



 瞼の中を何かが触れ擦るという気持ち悪さ、そして違和感、滅多に経験しない痛みにフエゴの視界が一瞬潰れた。


 分からなかった。魔法を使う予兆はなかった。


 思わず背けてしまった顔を正面に戻して、見えないながらも右腕を大きく振るってから、距離を取ろうと跳ね後退しーー。



 横っ腹を衝撃が包んだ。



「うぐッーー!」


 爪先が深くまで食い込み、腹部を圧迫し、呼吸が漏れ出た。見えないまま、しかし長年の経験でどうにか体勢を整え、四つ脚で着地した。

 視界は未だ不自由、だが後少しで見えるようになる。それまでどうにか時間を稼ぐ。



 こんな時、魔法を使えたら……なんて、ひどいたらればだぜ。



 魔法を使えたらと過った考えを、即座に捨てた。これは自らが提示した条件下での戦いだ。そんな最中に、たらればを言うなんて、甘えも甘え。冒険者として二流にも程がある。


 それにしても、鋭い、よくもまぁあの傷だらけの身体でこれまでと変わらないこの鋭い蹴りが出せるものだと感心する暇すらなく、


「こっちじゃい!」


 上から聞こえたその声に反射的に、右腕が顔を守るように防御体制を取り、脚が再度後方へ退こうと動き始めた。


 しかし備えていた衝撃はなく、聞こえたのは着地音。その音の根源は目の前で。


「しまッーー」


 痛みを訴える瞳と、駄々を捏ねる瞼に無理言って、瞳をこじ開ける。


 視界では、すでに目の前でクオンが拳を引き終え、放ち始めていた。


 上げた腕を急いで戻すが、クオンの拳が届くのとどちらが先か。

 クオンの拳を視線だけで見やれば、その拳は若干捻りが加わっているように見えた。


 体勢的には鳩尾、しかし今まで急所を狙った場合、多くクオンは顎を狙ってきた。

 加えて捻り。顎を揺らし、脳を揺らす。


 そして何より鳩尾までは時間的に届かない。



 顎をーー。



「教えは忠実にぃ!」



 しかし、その拳は青年の目と同じで直線的、すなわち真っ直ぐでーー。



 身体が一瞬、凄まじい速度で動き、その拳を止めようと動いた。



 それはーールール違反だぜ。



 自制する。右手は途中で動きを止めた。そして待っているのはーー。



「どらぁあ!!!」


「ぅガーーッハッ!!」



 あまりにも基本に忠実で、綺麗なお手本のような正拳突き。

 ただ一つ、違う点は拳が縦になっていること。

 だから握った拳の出っ張りの骨の部分、中手指節関節の中指が深く鳩尾に突き刺さった。



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