7 クエストと魔石
「フィアー! た、助けてくれぇ!!」
「ふぃー!!」
ただ一匹のゴブリンに押され気味でひいこら情けない悲鳴をあげる俺。
三匹のゴブリンを仕留め終えたフィアが俺を襲うゴブリンに炎魔法を唱えて燃やす。
あっさりとゴブリンは死に絶え、安心感と疲れから俺は肩で息をした。
『昨日はカッコよかったのですがね』
そんなレアの呟きは至極真っ当なものであると言わざるを得ないだろう。
必要経費と思って少ない金で服や靴、袋を購入したら当然の如くお金が尽きた。
金が尽きても尽きなくても受けるつもりではあったのだが、金を稼ぐために冒険者ギルドで依頼を受けた。それが今行っているゴブリン退治だ。
十匹のゴブリン討伐。今討伐したのが(フィアが)四匹だから、残りは六匹。
ゴブリンは最下級であるEランクの魔物。
最上級がSランクでその下にAランクBランクと続き、一番下がEランク。
最下級のEランクは一番強い魔物でも大人が数人集まれば余裕を持って勝てるレベルらしい。魔物ではないが俺の宿敵であるあの熊、ウィークベアーも強さ的に言えば、このEランクに属する獣だ。Eランクの中では強い方なのだが、それでも最下級だというのだから驚きだ。
ちなみにただでさえ化け物の最上級のSランク、その中でもとんでもない強さを誇る化け物がこの世界にはいるらしく、そいつらは刺激することすら禁止されている程らしい。
なんでも、討伐に掛かる推定被害よりも、自然的に出る被害の方が少ないため放置され管理されているそうな。俺には途方もなさすぎて想像もつかないが。
「つーか、ゴブリン強ぇ!」
お金がないので練習用の木の剣をギルドで借りたのだが、どうもうまく使いこなせない。
パワーは俺の方が上、スピードも俺の方が上。だが技術が負けていた。
相手は鈍とはいえ本物の剣だし、多分一対一だったらギリギリ負ける。俺も本物の剣だったら勝てるだろうけど、それでもゴブリンが二体いたら負けるだろう。
これは俺が弱いんじゃなくて魔物が強い。後それを普通に討伐できるこの世界の人が強い。そしてフィアはもっと強い。
「ふぃー!」
殺したゴブリンから魔石を持ってきてくれたフィアが、撫でてもいいんだよ! と言った風に頭をこちらに向けてくる。
魔石は基本的にフィアの片手程度、つまり三、四センチに収まる大きさで純度によって、魔石の良否が分かる。例えば、Eランクであれば紫色が澱んでいるような色をしているし、Sランクにもなれば綺麗なクリスタルのように透き通った色をしているという。
フィアから受け取った魔石は紫がかなり淀んでおり形容し難い色をしている。それを袋に入れ、お礼を言って頭を人差し指で撫でる。嬉しそうに身を捩るフィアがクソ可愛い。
『本当にフィアは優秀ですね。炎魔法まで使えるとは……』
「そんな凄いのか?」
フィアが今までに使った魔法の種類は炎魔法、風魔法、水魔法、樹木魔法の四種類なのだが、魔法だなんだが分からない俺にはその凄さがさっぱり分からない。ファッション雑誌に載ってるオシャレコーデぐらい分からない。つまり何一つわからない。そのダボダボのパンツはオシャレなんどすか? みたいな感じだ。
『はい、扱える種類だけで言いますと人間であれば上級魔導士レベル。魔法が得意なエルフや魔族でも一目置かれる程には。進化したらかなりの強さになるかと』
進化。
なんでも召喚獣は、何らかの条件を満たすと種族が進化するらしい。その条件は残念ながらレアも知らない。
俺が考えるに、召喚獣の進化は召喚士としての成長の一つの指針でもあると思う。つまりフィアの成長は俺の成長でもあり、レアの成長でもあるわけだ。
「上級魔導士ってのがまず分かんないけど、優秀なんだなぁ。凄いなぁ、フィアは」
「ふぃふぃ!!」
そうかな? って感じに頰を掻いて照れ臭そうにするフィア。優秀で可愛いとか、怖いもの無しじゃん。
「そういえばフィアの種族、ディロフェアリーって言ったけ? それも確か元は魔物なんだろ。ランクは幾つなんだ?」
『Bランクです』
「Bィ!?」
高っ! Bって小さな村や街なら滅ぼせるレベルって聞いたんだけど!? この子、街滅ぼせる強さなの!?
『と言っても強さでいえばDランク上位かCランク下位程度ですよ』
「あ、そうなの? いやそれでも十分強いけどね」
『ディロフェアリーのランクが高いのはその希少性からですから』
「希少性……」
つまりレア度が高いわけだ。
レアっつっても、目の前にいるレアじゃない。レアリティの方のレアだ。
『ディロフェアリーは生息している場所が限られている上に本来、非常に臆病な性格ですから見つけること自体が困難なのです。そして見つかってもフィアも扱う樹木魔法で足止めを行い姿を消してしまいますので、それを考慮した結果ですね』
「……もしかしてディロフェアリーを俺が連れてることがバレたら相当まずい?」
フィアを欲した権力者が権力行使して俺からフィアを奪おうとしてくるとか。出来るだけ目立つような行動は避けたいもんだが。
『いえ、珍しがられはするでしょうが、そこまでではないでしょう。好事家な貴族や商人が押し寄せる程度で済むのでは?』
「アウトじゃねーか!」
「ふぃ!?」
俺が叫ぶとフィアがビクッと震えた。ごめんね。
『当然、冗談ですよ。ディロフェアリーは通常、赤い髪をしていますので、白い髪のフィアは通常のフェアリーにしか見えないでしょう。通常のフェアリーでしたら妖精使いがいるこの世界ではそれほど珍しくありませんから問題ないでしょうね』
「良かったぁ…………でもそれなら街に入る時も隠す必要はなかったんじゃ?」
『あのような格好のギルド登録もしていない男がフェアリーを連れていたら昨日の比ではないほど注目されるに決まっているでしょう』
あのような格好って……気づいてたなら言ってくれよ……。魔導書って契約者のサポートが役目でもあるんじゃないのかよ。そういうところ、所有者を持つのが初めてって感じが出てるぞ。
「間違いねぇや。っと、そろそろ次行くか」
さっさと終わらせて兎にも角にも装備を整えねば。今はフィアがいるからいいが、俺自身も強くならないといけない。フィアは俺から見れば圧倒的な強さだが、この世界では弱者に分類される。効率よく魔石を集めるならば、彼女だけでは勝てない魔物ともいずれ戦うことになるだろう。備えあれば憂いなし、それが元の世界に帰る近道だ。
「これでお終いだっ!」
木製の剣でゴブリンの握っていた剣を叩き落とし、その錆びた剣を拾い、腹にブッ刺す。
肉を断ち切る感触に不快感が俺を襲うが、精神安定により少しずつ落ち着いていく。
十匹目のゴブリン。俺は一対一ならばゴブリンを余裕を持って仕留められるレベルまで成長した。
フィアに協力してもらい、一対一の状況を作り戦うこと四回目。ついにゴブリン討伐を達成することができたのだ。
パワーで優っているプラス俺の方がリーチが長いのだから、相手の攻撃を避けることに集中すれば案外すんなりといった。
『頑張りましたね』
「ふぃー!」
レアとフィアの賞賛が心地よい。けれど浮かれる訳にはいかない。相手は最下級のEランクでも下から数えた方が早い下級魔物だ。
それを相手にこんなに苦戦していてはこの先やっていけないだろう。
……強くならねばならない理由がある。
それは、もしも俺の予想が正しいので有ればの話だが。
「経験を積むしかねーか。こればっかりは」
『そうですね。召喚士は特殊な存在ですので既存の戦い方とは合わない可能性が高いです。自分なりの戦闘方法を模索する方があっているかもしれません』
誰かに教わることも考えたのだが、教われる程親しい人物もいなければ、教えてくれそうな人を紹介してくれる知り合いすらいない。
それに加えて、召喚士という唯一無二の職業。型にハマった戦い方が染み付くと悪い影響が出る可能性もある。
「武器が使える召喚獣を召喚できれば、一石二鳥なんだけどなぁ」
『ふむ、確かではありますが進化先がデュラハンの召喚獣が次か、その次の召喚にいるはずですよ。その召喚獣ならば適任では?』
「デュラハンってあの頭がこう、離れてる鎧の奴だっけ?」
『その認識で間違いないかと。デュラハンはAランクの魔物ですのでその進化前であろうとCかBランクはあるのではないでしょうか』
デュラハンつっよ。マジ、デュラハンつっよ。
「まだ先の話だろうから、とりあえずは保留で。今は自己研鑽あるのみだな」
フィアから魔石を受け取り、袋に入れて気付く。
「この魔石はレアに渡した方がいいのか?」
『そうしてくれると有り難いです。僅かの魔力であろうと今は回復しておきたいですから』
「……これどうすんだ?」
『それをですねーー』
レアに説明されるがまま、レアの裏表紙の見返しを開きそこに押し当てる。
すると魔石がレアの中に吸収された。
「うおっ」
『……ゴブリンでは本当に僅かにしか回復しませんね。ですがチリも積もれば山となる、こまめな努力が身を結びます』
へぇ、諺ってこの世界にもあるんだな。それとも俺に都合の良いように翻訳的なのがされているのか。
「聞きそびれてたんだが、レアの魔力が回復すると何ができるんだ?」
『そうですね、今まで話したようにクオンの世界への『送還』、私の中への『収納』、私が外部とのコミュニケーション、『伝達』とでも呼びましょうか。伝達が図れること。また、『転移』と『伝心』が出来るようになります』
転移は街から街、国から国などを行き来するその名の通りの転移が出来るらしいが現時点の魔力ではやはり使用はほぼ不可能と。
伝心は、召喚獣の心を召喚士に、召喚士の心を召喚獣に伝えるものらしい。これは非常に重宝しそうな能力だ。
「後で詳しく教えてくれ」
何が出来て何が出来ないかを知っておくのは、当たり前のことだが重要なことだろう。
『はい。っと魔石を吸収しておいて今更ですが、これから私に魔石を吸収させるのは集めた魔石の半分にしましょう』
「あ? なんでだ?」
『魔石は売ればお金になります。資金が足りない今、それも重要な資金源かと』
「んー……そうするかね」
俺はその話に軽く相槌を打ち、気持ちを切り替えるために背伸びした。
「っとゴブリンも倒し終わったし、ギルドに報告に行くかね」
「ふぃー!」
「フィアは俺の服の中ね」
「ふぃ!」
*
「オラッ!」
ホーンディア。
角がでかい鹿の横から土手っ腹をヤクザキックで蹴り、怯んだ所をレンタルした鉄の剣で貫いた。
「ふぅ、明日は筋肉痛確定だな」
ゴブリン討伐の報酬で新たにレンタルした鉄の剣は想像以上に重い。だから、俺は剣を振り下ろすのではなく真っ直ぐ自分の身体を前に出すことで補える刺突のような殺し方をしていた。
ただやはり木の剣で撲殺するよりもずっと楽だ。体力的な面を考えるにこちらの方が効率はいい。
『魔導書には精神安定だけでなく、多少の癒し効果もあるそうですから問題ないと思いますよ? 昨日もあれほど動いたのに筋肉痛にはならなかったでしょう?』
確かに。
また伝聞の情報だけどそれが本当なら、魔導書滅茶苦茶優秀じゃん。そして選ばれた俺も凄いと思っていいのでは?
……なんて思えるほど、楽観的にはなれないよな。
ホーンディアもEランクの魔物だ。Eランクが一匹なら俺一人でも何とかなるが複数を相手取れば、結果は見えている。
しかも現時点の俺ではDランクの魔物には勝つことは不可能だろう。Dランクの上位はフィアレベルの強さらしいしな。
俺はフィアをチラリと見る。
俺が鹿を狩ってる内に、フィアはゴブリンやホーンディアを数匹狩り終えていた。
その証拠にフィアの周囲には七匹の魔物の死体が転がっている。デストロイって名前をつけた方が相応しかったかな?
DランクとEランクの差やばくない?
ランクが一つ上がるだけでこんなにも強さが違うとなるとAランクやSランクはどんな強さになるのだろうか。
それこそ、世界を変えるほどの力を持っていたり……は言い過ぎか。