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67 副将戦 アイヴィスVSレヴィン

 


「大丈夫か? ヒトヨ」


 宙空でふらふらと揺れ、今にも落ちそうなヒトヨを手のひらに乗せて、話しかける。


[怪我はありませんか!? 痛かったり辛かったりしたら言ってくださいッ!」


「ふぃふぃ!」


「ーーッッッ!」


 レアを筆頭に皆が心配している。ミーラの時もそうだったが、村のみんなも敗北を悲しむよりも、決闘を行なっていた者の安否を心配してくれるところに、村の住民の人柄の良さが滲み出ている。



「……チュン」



 ひたすらに申し訳なさそうに、頭を下げるヒトヨ。負けたことで、俺が決闘に参加することが半確定した。やはりそれを申し訳なく思っているのだろう。


「ワシャ、良くやったと思うぞ。相手がそれ以上に強者であっただけじゃ」


「ふぃーふぃー!」


「ーーッ!」


『私もそう思います』


 長老の言葉にレアとフィアとアイヴィスがうんうんと同意するように深く何度も頷く。


 全く持って、その通りだと思う。

 バンテイ村の中で最も強いのはマリフィスだと俺達は想定していた。だが、ウルカは予想以上に強者だった。マリフィスと同等、下手をすればそれ以上の猛者。


 俺たちの認識というか、想定が甘かった。それだけのこと。


 だけど、ヒトヨが望んでいるのはきっと慰めではない。


 多分、叱咤だ。


 自分が間違っていると、解を誤ったのだと叱ってほしいのだ。



 罪に対し罰を与える。それを終えれば、罪は洗われたこととする。


 消えるのは抱いてしまった罪悪感。軽減されるは自己嫌悪。膨らむは自己研鑽への足掛かり。



 ヒトヨがそれを望んでいるのならば、そうしてあげればいい。厳しく叱って、これから頑張ろうと、告げればいい。



「ヒトヨ」



 ヒトヨがようやく顔を上げた。その目は何処か期待に塗れている。慰めでも、称賛でもなく、ようやく叱咤してもらえるのだと、その瞳は落ち込みながらも、期待を孕んでいる。




 けど、悪いな。俺に、弱き俺に、その資格は無い。




 だから、せめて慰めでもなく、称賛でもない言葉をーーきっと今最も相応しい言葉を贈ろう。




「さっきも言ったろ、後は俺に任せとけよ」




 ヒトヨがーー目を見開いた。その瞳に宿ったのは、驚愕と後一つ違う何か。


「チュンッ!」


 いつもよりも元気良く、大きな声で鳴いたヒトヨ。



 彼女が抱いた感情が、『期待』であることをただ願おう。




 *




「良かったの、ヒトヨや。クオンが必ず、必ず勝ってくれるそうじゃ。別に気負わんでよい」


「ねぇ? どうしてそう俺をいじめるの? 俺のこと嫌い?」


「強いて言えばそうじゃな」


「マジで? 俺嫌われてたの?」


「嘘じゃよ。ほらあれじゃ。好きな子を虐めちゃうのと一緒じゃよ。ワシャ御主が好きじゃから虐める」


「それなら精神的なイジメはやめよ?」


 小学生は好きな子にそんな陰湿なイジメはしない。照れ隠しにブスって言ったり、筆箱隠したりするんだぞ。


「……じゃが、少しは主人らしい道を歩み始めたんじゃないかの?」


 俺の方を見て、目元で深く優しい、それでいて揶揄うような笑みを浮かべる長老。ベールで隠された口元も同じような笑みを浮かべているのだろう。


「……そうだといいな」


 俺も目を合わせて、笑う。


『しかしこれで負けたら、ヒトヨの心も傷ついてしまいますね……』


 ……本当にやめてくれ。折角のいいところでどうしてお前らは俺にプレッシャーばかり掛けるんだ。やっぱり俺のこと嫌いだろ。


(つ、次はアイヴィスの試合だろ。応援しようぜ)


『はっ!? そうでした! クオンなんかに構ってる暇ありませんでした!』


 なんかとか言うな、なんかとか。


「ふぃふぃ!」


「チュン」


 頑張れよと若干上から目線でアイヴィスの肩をぽんぽんと叩くフィア。ヒトヨはまだちょっと落ち込みが抜けきっていないようで、控えめにアイヴィスを応援している。


[アイヴィス、ガンバガンバですよ!]


 レアが凄い応援している。鼻があったらふんふんと鼻息を荒くしていたことだろう。


 ていうか、アイヴィスが負けたらここでゲームセットなのか。ヒトヨと同じくらいには緊張していてもおかしくないな。


「アイヴィーー」


「ーー」


 信頼は重いもの、考えは未だ変わらない。


 でも、アイヴィスのその佇まいを見れば、そんな考えは不要なのだと理解した。


 俺の方を向き、ただ佇まいだけで、任せろと彼女は言外に言っている。


「任せた、アイヴィス」


「ーー」


 ペコリと上半身で軽く頷いてから、舞台上へと向かっていくアイヴィス。


「ふぃふぃふぃっ!」


「チュンッ!?」


 アイヴィスの背中を見送っていたら、肩に乗ってきたフィアとヒトヨが何故か怒っている。


『自分達にはそんな台詞言ってくれなかったと怒っているようですね。可愛い』


(そ、そうは言ってもなぁって痛い! 耳を引っ張っ、頬を突くな、いっ! マジで痛いッ! 助けてレアッ!)


『可愛い……』


 このポンコツ魔導書め! 


「わ、悪かったよッ! 痛いっ! だから一旦やめ痛い!」


「……前言撤回じゃ。御主は主人には程遠く向いとらんわ」




 *




「では副将戦、始めい!」


 副将戦が始まった。


 アイヴィスの相手はレヴィン。犬の獣人で、少しおどおどしていた人物だ。

 その手には、先端に赤い宝石のような玉が嵌め込まれた一本の杖が握られている。


 決闘が開始した瞬間、大きく退いたレヴィンが後退しながらも魔法名のみの短縮詠唱による魔法を行使した。


「バインド!」


 光属性の攻撃魔法に分類される魔法、バインド。光で出来た輪で対象の動きを阻害する魔法だ。


 バインドはアイヴィスの身体に巻き付き、動きを妨害する。


 そうして、アイヴィスがバインドの解除に躍起になっている間に、火力の高い魔法をぶつけていくーー予定だったのだろう。


 しかし、現実は違う。アイヴィスに巻き付いたバインドは、


「ーー」


 足止めの体を成すことなく、消失した。


「え、え?」


 レヴィンがあまりの驚きで、杖を前方に構えたまま固まった。


 アイヴィスがした行為は非常に単純で明快だ。


 巻き付いてきたバインドを力尽くで引きちぎったのだ。


 術師によってバインドの拘束力は変わってくるため一概には言えないが、バインドは同程度の実力の持ち主であれば、数秒は時間を稼ぐことが出来る。もちろん、魔力消費はかなりのものだからぽんぽんと使えはしない。


 それを一瞬で引きちぎった。それ即ち、それほどまでに実力差があるということ。


「ーー」


 剣を構え、悠然と歩くアイヴィス。それはジワジワと獲物を追い詰める肉食獣のようで。


「ふぁ、ファイアーバレット!」


 若干の怯えを顔に潜ませながら、レヴィンが弾足の速い魔法を発動させた。


 火で出来た銃弾のような魔法。実際の弾丸ほどの速さは無いが、かなりの速さを誇る魔法。


「ーー」


 それをアイヴィスは歩みを止めることなく、剣で最も容易く、ぶった斬った。


 余りの剣速に、剣がブレたようにしか見えなかった。最初に魔物を斬った時よりも明らかに速い。あの時は本気を出していなかったのか、それともこの一週間のうちにこれほど成長したのだろうか。


「う、嘘……!」


 レヴィンが慄きながらも、魔法を再度発動させる。先程と同じ、ファイアーバレット。加えて、ファイアーバレットの属性違いであるウォーターバレットとウインドバレット。


 三種の属性魔法の同時発動。


 それは容易に出来ることでは無い。それだけでレヴィンの魔法技術が相当なものだと判断できる。


 だからこそ、余計にアイヴィスの剣技の卓越さが際立つ。


「ーー」


「くっ!」


 至って平常に、焦燥など一片も見せず、先程と同じように今度は三つの魔法を斬ってみせた。


 だが、レヴィンもそれを想定していたのか悔しそうな表情を浮かべはしたが、すぐに次の行動に移った。


 杖を前方に立て、空いた両の手の手首を上に曲げた。すると、石で出来た高さ二メートルほどの壁が、レヴィンを囲った。


 動作による魔法行使。


 魔法と特定の動作を関連付けることで、詠唱を無くす技術。

 この魔法の優れた点は主に二つ。詠唱がないので、魔法の予測がされにくいこと。そして、詠唱による魔法行使と並行して出来ること。


「ーーッ」


 アイヴィスが歩みを進め、壁の前で立ち止まり、剣を斜めに薙いだ。


 それだけで、石の壁があっけなく崩れ落ちる。それほどにアイヴィスの一撃の威力が高かったかといえば、そうではない。

 崩れ落ちた石の壁は、おおよそ二センチ程度。非常に薄かった。


 僅かに時間を稼ぐことと、相手から自分を認識させないこと、その二つを素早く実行するためにだけ作られた、防御としての機能など無い薄い壁。


 そんな壁が壊れ、現れたのは、両手を重ね前方に構えたレヴィンだった。


「え、エリントラシュナウザーッ!」


 両の手から放出されたのは、犬の形を模した氷像。

 いや「像」というのは正しくないかも知れない。普通の像は動かないが、レヴィンの魔法で出来た氷像は自ら大きく口を開き、アイヴィスに迫っているのだから。


 剣を右斜め上から左下に薙いだアイヴィスの身体はガラ空き。剣を振り返したところで間に合いやしないだろう。


 レヴィンも確実に決まったと思ったことだろう。その証拠に口元が僅かではあるものの上部へ上がっている。


「ーーッ!」


 エリントラシュナウザーがアイヴィスの胸部に喰らい付く刹那、氷で出来た犬は回転しながら彼方へとぶっ飛び、粉塵のように消失した。


「う、嘘だッ!?」


「ーー」


 原因は当然、アイヴィス。

 何をしたかと言われれば、非常に単純、ただ剣を握っていた両手の内、右手を離し裏拳で犬の頬目掛け振り抜いただけ。


「クッ!」


 もう一度距離を取り、体勢を立て直そうとするレヴィンだが流石にそれを許すアイヴィスではない。


 剣を両手で握りなおし、一直線にレヴィン目掛け突き進んだ。そのスピードは当然歩いていた時の比ではなく、レヴィンの後退するスピードよりも速い。


「う、うわぁぁ!!」


 そして、そのまま剣の側面、平な部分でレヴィンの横っ腹を叩いた。


「うぐぇっ!」


 悲鳴を上げ、鈍い音を奏で、矢の如く場外へと弾き飛ぶレヴィン。

 そのまま背中を木にぶつけ、木にもたれかかるように意識を失った。



「勝者、アイヴィス!」



 トメルが勝利を宣言すれば、何を言うでもなく、軽く腕を上げたアイヴィスがこちらに向けて歩みを進めた。


 か、カッケェ……。





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