61 ヒトヨの進化
二人目
『お、起きてください!! クオン!! クオンってば!!!』
「う、うるさい……。もう少ししたら地獄の素振りが待ってるんだ……ギリギリまで寝かせてくれ……」
ぁあ、嫌だ……強化週間のアイヴィスの日以降、朝だけにおさまらず、夜まで素振りをさせられているんだぞ俺は。
夕食後はフィアに魔力のコントロール方法を教わってるからただでさえクタクタなのに。
で、夜の素振りが終われば魔力容量を増やすために魔力を枯渇させ、死んだように眠る地獄の日々を送ってるんだぞ。
せ、せめてギリギリまで俺に安らぎを……。
『クオン! クオン! クオン! クオンクオンクオンクオンクオンクオン!!!』
「このッ、温厚な俺でも手が出るぞッ!」
『静かにしてください、フィア達はまだ寝てるんですよ』
「あっ、ごめんなさい」
……えっ? なんで俺が謝ってんの?
「いや俺が謝んのはおかしいだろ」
『そんなことより聞いてください』
そんなことより!? ……なんか最近俺の扱いがぞんざいになってないか。鞭ばっかだとその内俺グレちゃうからな。飴をくれ、とびっきり甘いやつを。
『ヒトヨの進化が可能になりました』
あぁ、それは確かにそんなことよりだわ。
*
地獄の時間を乗り越えて、アイヴィスに支えてもらっている左手の上にレアを乗せ、右手を伸ばす。
隣ではフィアが、後ろではミーラと長老が見物している。
「いくぜヒトヨ、覚悟はいいか?」
「チュン!!」
自信満々というか元気発剌に大きく頷いたヒトヨを見て俺も小さく頷き返す。
一体なぜこのタイミングで進化できるようになったのか、それは正直不明だ。ヒトヨが最近一人で頑張っていたことと何か関係あるんだろうが、詳しくは分からない。
だが、俺とレアの信頼関係だけがトリガーでないことを知ることが出来た。色々と条件を絞ることができそうだ。
それにこのタイミングでの進化はありがたい。
進化は純粋な強化だ。決闘を明日に控えたこのタイミング、最高に決まっている。
ただ一つ心配ごとがあるとすれば、フィアの時みたいに反抗期を迎えるのではないかということだ。
ドキドキと高鳴る胸をどうにか落ち着かせ、叫ぶ。
「エヴォル!!」
フィアの時と同じく、レアが淡く光ると少し後にヒトヨの身体が淡い光に包まれる。
「魔物の進化なんぞ、長いこと生きておるが目にするのは初めてじゃのう。知識欲を満たすのには最適。長生きはするもんじゃ」
「ピカピカ、ガウ」
「オフレコで頼むぜ」
わざとらしく人差し指を口に当てる。普通の従魔は進化というものをしないそうだからな。
「分かっておる」
「ガウ」
「ミーラはホントに分かってる?」
「安心せい、ミーラは明日には忘れておる」
ああそれならよかった。ってなるわけないよね。それはそれで安心できないよね。
[クオン、もうそろそろ収まりそうですよ!]
ワクワクを抑えきれていない声色でそう告げるレア。相変わらず召喚獣大好きなこって。
皆の視線がヒトヨに向かう。
淡い光が収まり、中から現れたのは--。
「チュン!」
雀でした。
パタパタと俺の下に飛んできたヒトヨは何処からどう見てもヒトヨで変わった様子は見えない。
「よしよし、お疲れ様」
「チュン」
人差し指で頭を撫でても、避けようとする気配はなく反抗期を迎えたわけでもなさそうだ。
[ふむ、進化は正常に行われています。種族名をガルディウス。空を縦横無尽に駆け回るBランクの中でも恐れられている存在ですね]
「本にガルディウス……なのかの? ガルディウスはそりゃあ恐ろしい魔獣じゃが……。正直ワシャには前と区別がつかんわ」
フィアとアイヴィスが密かにうんうん頷いている。フィア達もそう思っていたらしい。
「チュン!」
するとそれを聞いたヒトヨが待ってましたと言わんばかりに一声鳴いた。表情も何処か得意げだ。
俺達から再度十分に距離を取り、パタパタと地面から浮かび上がるとヒトヨは雀モードから鷲モードへと姿を変えた。
「わおっ」
「ふぃ!?」
「--ッ!!??」
「これは何と……」
[ふむ、知識以上ですね]
「……デッカい、ガウ」
鷲モードへと変化したヒトヨはただひたすらに大きく雄大であった。
進化前のチヨイーグルは鷲モード状態で五メートル弱だったのに対し、ガルディウスへと進化したヒトヨは更に二回りほど大きな体躯をしていた。
そして何処となく顔が凛々しく見える。鷲だから元々シュッとしていたのだが、更にそれが際立って見える。
「チュン!」
どうっすか、凄いでしょと俺の身体に頭を擦り付けるヒトヨ。
とってもカワよ。ヒトヨだけに。
[圧巻というほかないですね。……私にもそれ、やっても良いのですよ?」
ヒトヨに頭を擦り付けられ、情けない声をあげるレアを尻目に俺はフィアとアイヴィス、長老に話しかける。
「これで決闘は貰ったようなもんじゃねぇの? あの状態のヒトヨに勝てる奴はそうそういないだろ」
竜、いわゆるドラゴンが普通に存在し、それを討伐せしめる英雄がさらりと存在するこの世界で絶対などとは言えないが、それでもあの巨躯を見るとそうそう勝てる存在がいるようには思えない。
しかし、それを聞いた長老は少し苦々しさを噛み殺すような表情を浮かべた。
「なんか心配ごとか? 相手チームが今回やばい! みたいな噂でも?」
もしかしたら、この世界でもトップクラスに位置する正真正銘の化け物であるSランク冒険者が参加するなんて噂があるのかもしれない。
なんて俺の考えは的外れにも程があった。
「いや、あの巨躯では決闘場で満足に動けないのではないかの……」
「あっ……」
「ある程度の高さはあると言えど、決闘を行う場はここと等しく木々に囲まれておる。決闘の舞台も狭くはないが、広いとも言えぬ。それに……」
「それに?」
「場外ルールありじゃからなぁ……」
長老は、こりゃ参ったの、と笑いながら頭をぺしりと叩く。
「えぇ……むしろそれでかい方が不利なやつじゃん……」
「失敬失敬、伝えてなかったかの! くははは!」
「チュン……」
「ほらヒトヨ凹んじゃってるじゃん」
首をがくりと落とすヒトヨ。
せっかく進化したのに、それが逆にネックになってちゃそりゃ凹むわ。
[気にしないで良いのですよ、クオンが最終的にはカッコいいところを見せてくれますから。ヒトヨはただ全力で頑張れば]
「やめて? ヒトヨを励ますのはいいけど俺にプレッシャー与えるのやめて?」
俺はプレッシャーに弱いんだよ。子供の頃からイベントごとになると腹壊しそうになってたし。
「まぁでも、少しぐらいはいいところ見せれるよう頑張るよ。俺に回ってくるかはわからないけど」
「ふっ、男じゃの」
「おうよ!」
さて、気合も入れたところで、ヒトヨの能力確認を行うとしますかね。
「明日の勝利を願い、乾杯じゃ」
決闘は明日。やるからには全力で。




