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6 召喚士

 


 受付嬢さんにおすすめの宿を聞き、そこで二日分部屋をとった。


 風呂がこの世界では一般的で無いようで裏手にある井戸で水浴びをしようと、服を脱いで気付いた。


 なんかこの世界の人、妙に優しいなって思ってたけど、どうもそれは俺の格好が影響してたみたいだ。


 俺はこの世界にTシャツと短パン姿で転移させられたわけだが、熊との交戦中、枝に引っ掛けたり、転がったり、木にぶつかったりしたせいで身体も服もボロボロだった。

 それに加えてフィアが熊さんを分解した時に浴びまくった返り血のせいで、盗賊か何かに襲われ必死に逃げてきたと思われていたらしい。


 露店の人からも、「これ持ってきな」って肉を貰ったりするからおかしいなとは思ってたんだよ。もしかしたら優しい世界に来てしまったのかと思っていたのだが……。


 なるほどなぁ、と街の人が優しかった理由に納得し安心した。俺の心はお世辞にも綺麗と言えないから、ただ優しいだけより理由があった方が安心できる。ほら、ただ優しいだけだと後でお金請求されるんじゃないかって心配になっちゃうから。美人局みたいな感じで。



 今度世話になった人にはお礼をするとして、今はーー。



「寝るぞぉおお!!!」


「ふぃー!」


 水浴びも終わり身体も綺麗にした。服は洗って乾かしてるから上裸だが関係ない。


 フィアも手を突き上げ同意してくれているわけだし、よし寝ーー。


『その前に話をしましょう』


「ですよねー」


「ふぃふぃー」


 俺を真似するフィアが可愛い。フィアの頭を破茶滅茶に撫でる。フィアの髪が僅かに崩れるが、フィアは気にした様子もない。


「話し合うのはいいけど、フィアが置いてけぼりになっちゃわないか?」


 フィアにはレアの声が届いていない。そんな状況下で話し合いをしていいものだろうか。


『……では、この会話だけフィアにも声が聞こえるようにしましょう。早めにクオンが私の空間を出たおかげで魔力が僅かに残っていますから』


 レアが必要な出費ですね、と若干残念そうに俺の心で呟く。


「どうやるんだ?」


[……はい、これでフィアにも聞こえるはずです]


「ふぃ!?」


 俺も驚いたが、驚くフィアに事情を説明し落ち着かせる。


[フィア、私は召喚型魔導書コントレアサモンス。レアと呼んでください。これから宜しくお願いしますね]


「ふぃふぃー!」


 これでようやく話し合えるってわけだ。


[今回、同認識にしておかねばならないのは大きく二つです]


 まず一に、俺が帰る方法。

 二に、これからすべきこと。

 

[クオンが元の世界に戻るには私の魔力を最高まで溜める必要があります]


「ふぃー!?」


 フィアが帰っちゃうの!? みたいな目で俺を見つめ、しがみついてくる。


「まだ随分先の話になるだろうから大丈夫だよ」


 フィアの頬を人差し指で突く。


「で、さっきも魔力が溜まったみたいなこと言ってたけど、どうやったら溜まるんだ?」


[それはですね、二つ目の話と被ってきます。本来魔力は自己回復が可能ですが、魔導書の私は魔石の吸収によってしか回復方法がありません]


「魔石?」


[先程、魔物は魔力のある存在と言いましたが正確には違います。魔物とは体の何処かに核となる魔石のある存在のことです。召喚獣であるフィアにも魔石は存在します]


「ふぃ!」


[魔石は魔力気管……つまり魔物の魔力の根源です]


 フィアが胸の辺りを指差す。恐らくその辺りにあるよと教えてくれているのだろう。外部からは見えないことから察するに魔石は体の中にあるものなのだろう。


[よって暫くの目的は、魔石の回収となります]


 魔石を集めれば元の世界に戻れる。それが分かっただけで僥倖。

 どの程度の量が必要になるのか分からないが、明確な目標があるだけで意識が随分と変わってくる。


 ……しかし魔物かぁ。俺を散々痛ぶったウィークベアーは魔物ですらない存在。アイツですら勝てる気しないのに魔物なんて狩れるだろうか。あの熊殺せるって半分人間辞めてる気がするんだけど。


[また、クオンが召喚士として成長することで私やフィアにもさまざまな成長が為されます。それも効率的な魔力集めに必要になるでしょう]


 俺の成長によってレアやフィアが進化して、強くなるわけか。一心同体という言葉がよく似合う関係だ。


「魔石の回収は理解した。でも俺の成長ってのはどうすればいいんだ? っていうかどういうことなんだ?」


[単純に強くなるという話です。それは身体的な意味でも、人間的な意味でも、はたまた召喚士としての意味でもあります]


「召喚士としての成長……」


 身体的は純粋に強くなれということだろう。人間的は精神の意味合いが強いだろう。

 ここまでは何となく理解できる。が、召喚士の成長は見当がつかない。それはあまりにも今までの俺の人生に関わりがなさすぎるからだ。


[召喚士が召喚できる召喚獣は一体ではありません。召喚を理解し、召喚を磨けば、いずれ召喚獣で軍団を作れる程になるでしょう。それが召喚士としての成長です]


 ふむ、召喚できる召喚獣は一人だけじゃないのか。確かに初回召喚とかなんとか言ってたもんな。これからどんどん増えていけば戦力も増える。

 ふむ、ふむ……んぅ?


「……召喚を磨くって具体的にどうすればいいんだ?」


[…………さあ?]


「……おい」


[私も何分、所有者を得るのは初めてですので。伝聞のみの知識では仕方ないことです]


 あー、ギルドで勝手がわからないって言ってたのはそういうことか。

 それにしても、これまで語ってたこと召喚の知識、全部伝聞かよ。一歩間違ってたら俺死んでたじゃねーか。よしやるぞ! あれ出来ない!? ぐわぁぁぁ、お終いって可能性もあったのかよ。


「何ちょっと開き直ってんだよ」


[適性者が見つからなかったのです。長いこと生きていますが、クオン、適性があったのは貴方が初めてですよ]


 適性ねー、いまだに実感が湧かないのだがそれは凄いことなのだろうか?


「それって凄いことなのか?」


[凄いというよりは珍しい、というのが正しいでしょうね]


 珍しい……良い意味にも悪い意味にも聞こえる不思議な言葉だ。俺はこの場合どちらに当たるのだろうか。……個人的には悪い方だと思う。適性がなかったらいきなり熊に襲われることもなかったわけだし。


 昔は変わってるとか言われると心の何処かで、俺って異端か? 的な異端な俺カッケーと思っていたもんだが生きていく上では普通がベター。

 変わり者で良いことなんざ別段ないってことを俺は知っている。机に魔法陣を描くことは可笑しいし、カッコいいルビ付けも常識人が見ればカッコよくない。知っているのだ。


「まぁ、どうすればいいかは明日から一緒に考えよう。もちろんフィアもな」


[はい]


「ふぃー!」


 これで今日の話し合いはとりあえず終了だ。細かいところは追々話し合えばいい。今は兎にも角にも眠い。瞼が下がってきてたまらん。


「よし、じゃあ寝るぞー!」


「ふぃー!」


「フィアも一緒に寝るか?」


「ふぃー!」


[フィアはさっきまでぐっすり寝てたでしょうに]


 元気よく返事をするフィアに対して、呆れたようなレアの呟きを耳に残しつつ、ベッドに向かった。












「……起きてっか?」


 フィアが眠ったのを確認して、ベッドから起き上がり椅子に腰掛ける。

 そして、机の上にいるレアに話しかけた。


『魔導書に眠りという概念はありませんよ』


「そっか」


『クオンの方こそ、眠かったのではないのですか?』


「眠いよ。マジで瞼が重くて普段の半分ぐらいの細さだよ、俺の目。てか、レアはここでいいのか? ベッドの方が柔らかいと思うが」


『構いませんよ。それで、そんな眠気の中でも起きているということは何か用事があるのでしょう?』


 冷静に、起きてくることが分かっていて、その用事すらも分かっているように彼女は言う。


「一個聞いとかなきゃいけないことを思い出してな」


『……思い出して、ですか』


「思い出して、だよ」


 レアは僅かの沈黙の後、貴方はやっぱり珍しい人ですね、と言って溜息を吐く。まぁ、魔導書に息を吐くという概念があるのかどうかは知らないが。


 俺は一呼吸置いて、問い掛ける。





「ーーレアの目的はなんだ?」



『……………………今はまだ、言えません』







 長い長い思考の末、レアが吐いた言葉。


「そっか」


 その言葉が返ってくることは予想していた。


 だからーー。


『……私を非難しないのですか? 貴方を勝手に契約者にして、この世界に呼び出して、危険に晒しているのは全て私が原因です』


「だろうなぁ。いきなり別世界にいて熊に襲われて死にかけたなんて世界広しと言えど俺ぐらいのもんだよ。それなのに謝罪の一つも無しだ。全く、困ったもんだよ」


『ちっ、ちがいますッ! そ、そういう問題ではっ! 私は貴方の平穏であったであろう日常を身勝手に壊し、ギルドすらない無垢な世界で生活していたクオンをーー』


「精神安定の力かな。怒りすら簡単に落ち着いて今は賢者みたいな気分だよ」


『違いますっ! 貴方は元々怒りなど感じてッ』


 ーーこの状況もなんとなく予想していた。


 たった一日、されど一日。俺はレアという人物? 本物? の性格というか本性を少しだけれど理解していた。


 彼女はきっと悪にはなれない。冷たくしようとしても、同情し、優しくしてしまう。恨まれることを分かっていても、自ら責を論じてしまう。


 根っこのところが優しい、優しすぎるほどに優しいのだ。最初は必死に取り繕っていた冷たい突き放すような口調も、今では感情乗りまくりなのが良い証拠だ。


「レア」


 故にだろうか、レアの名前を落ち着いて呼ぶことができたのは。


『……なんでしょう』


「俺とお前はまだ会って一日も経ってないんだぜ。信じられないのが当然だよ」



 正直、俺も信じられない。

 レアのことが、ではない。レアと会ってまだ一日も経っていないことがだ。

 一日どころか半日も経っていないのだ。

 全く持って信じられない。一日が濃厚過ぎたからだろうか?



『……でも貴方は、私を』


「俺はレアも言った通り、珍しい、言い方を変えれば特殊なんだよ」


『……本当に特殊すぎますよ』


 どうして俺が呼ばれたのか。それは適性があったからだろう。では何故、適性を持つ者が必要だったのだろうか。それもわざわざ別の世界にまできて。

 レアが話してくれない今、答えは分かりはしない。


 ただ、推測は出来る。


 だから、俺は俺なりに考えて動くだけ。


「今はまだ利用するつもりで構わないよ」


『……それでいいのですか?』


「ああ。ただ、そうだなーー」


 そう、長々喋ってきたが結局言いたかったのはこの一言。



「俺を信頼出来るようになったら教えてくれよ、俺も早く信頼されるように行動するからさ」



 最高にキザな言葉だ。アニメや漫画のキャラぐらいしかこんな台詞吐きやしない。

 だけど会ったばかりの、しかも相手は魔導書という本。そんな相手になら、たまにはカッコつけるのも悪くない。


『……それは果てしなく遠くなりそうですね』


「おい」


『ふふっ、冗談ですよ』


「……じゃあ俺は寝るよ。ったくレアのせいで寝る時間が減っちまった」


『自分から起きてきたのでしょうに、全く。……おやすみなさい。クオン』


 カッコつけたからには適度に頑張らないとな。


「おやすみ、レア」




 そうして俺は異世界アステントでの初日を終えたのだった。




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