57 実力検査
「力、見せる、ガウ」
アイヴィスとの剣の修行が終わり、なんとか足を引きずってミーラ家へ戻った俺は、フィアとヒトヨにも左腕が使えなくなってしまったことを説明した。フィアとヒトヨもアイヴィス同様、取り乱してくれたが痛み等は無いことを説明してなんとか事なきを得た。
そして、一度今後の事についての話し合いをと思い、みんなで長老ンチへ行こうとしたらミーラが丁度戻ってきて、そう口にした。
「力? 強さってことか?」
「ガウ」
そっち側としては気になって当然だろう。
俺を自チームにスカウトした理由は恐らく災害指定魔獣から生き延びた魔力量と一週間という制限時間からだ。
つまりミーラ達は俺の、いや俺達の実力を詳しく把握していない。
「……全然良いけど、こいつらは別として俺は正直強くないぞ」
「……付いてくる、ガウ」
俺の全身を上から下へ眺めた後に、昨日と同じように踵を返すミーラ。
俺達は自由奔放な彼女に肩を竦め、結局その後を追った。
「悪いの、わざわざ来てもらって」
自身の身長よりも長い煌めく金髪を、後ろで一つに纏めて、昨日とは違う雰囲気を漂わせる長老が言う。
纏めてなお長いと判別出来るのだから、相当な長さだ。
「別に良いさ。どうせ決闘の細かい打ち合わせの為に来ようと思ってたところだったから」
[ええ、気にしないでくださいクロリアンテ。そして今一度感謝を]
「良い良い。ワシャらも無理を言っておる、立場は等しきものよ」
俺が気を失っている間に挨拶を済ませていたレアと長老が言葉を交わす。
俺に契約魔法をかけておきながら、対等とはよく言うぜ。
と、レアに向けられていた視線がこちらに……正確には俺の背後に向けられた。
「……その者たちが」
「俺の仲間だ」
後ろに並ぶフィア達を眺める長老の目に驚きが宿っているのがわかる。
「喋る魔導書に会った時も驚かされたが……従魔とはまた驚かされたのう。ディロフェアリー……それにリビングアーマー、かの」
凄いな、年を重ねているだけある。見ただけで種族名が出てくるとは。フィアの種族だけ間違っているのはそれだけ希少だということだろう。
「あとその雀は……」
「ヒトヨつって同じく仲間だ」
「そ、そうか。その子も魔物、なのかの?」
「ああ、変異種みたいな感じかな」
調べてもチヨイーグルの変異種の情報なんてなかったから詳しくは分からないけど。
「ヒトヨ……以外は魔物としての知識はあるが、従魔として見るのは初めてじゃ」
「従魔……とは少し違うんだがな」
「ふむ?」
首を傾げる長老を傍目に、俺はレアに視線を向ける。俺たちの秘密を話していいのかを伺ったわけなのだが。
レアはパタパタした。
……わかんねぇ。話していいのか、話しちゃダメなのか。さっぱりわからねぇ。
(……どっちよ?)
『貴方に任せますのパタパタです』
(どっちでもないのかよ)
任せる、か。
さて、話すべきだろうか、話さないべきだろうか。
「こいつらに関しては詳しく話せば長くなるし、俺自身わかってないからそんな実りのある話にならないだろうし、省略させてもらうんだが」
俺のとるべき選択は、
「実は俺とレアは追われる身でな」
正直に打ち明けること。
「ほう……」
「悪いことしたつもりはないし、これからも率先してするつもりもない。ただ、国に……もしかしたらそれすら超えて、世界中に指名手配されているのは間違いねぇ」
レアがどうして狙われているのか、その原因は詳しく明らかになっていない。それを知っているのは、レアを付け狙うもの以外だと、恐らくレアの兄貴達とお母様。
だが、もう既にどちらもこの世にいない。つまり敵でなく知っている人は恐らく残っていない。
魔導書兵器という存在に何かあるのか、それともレアに何かあるのか。
今はまだ、国に仕える兵士やどっかのお偉いさん方にしか手配されていないかもしれない。市民なんかには俺たちの顔は出回っていない可能性は高い。
でもそれも時間の問題だ。
「もう一度だけ言わせてくれ。俺たちは悪いことなんてしていない。ただそれでも、世間でいうところの罪人だ」
そう、レアは……俺たちは悪しきことなど一切していない。
例え兵器だとしても、何か秘密があったとしても、生まれたことは罪じゃない。生きることは罪じゃない。
「ふふふは、そうかの」
「……笑うところか?」
くっくっくと相変わらずベールで隠された口元を手で覆い隠すように笑う長老。そんな長老とは対照的というべきか、俺の話に全く興味を持っていないミーラは、いつのまにか木の上でリラックスしている。
「ワシャには御主が何を考え、それを打ち明けたかは分からぬが……きっと悩んだんじゃろうな。それが偽りだとしても自らを咎人と明かすのは容易くないじゃろ。だから、敢えてはその理由を聞かん。その選択がワシャにとっても、クオンにとっても良き結果になることを願うの」
その言葉に僅か身体が硬直した。
自らの選択に対する責任、それが重圧となって襲いかかってきたのだ。
一度俺は選択を間違えた。大きな大きな、余りにも大きな過ち。生きていることの方が奇跡、そんな過ち。
間違えたせいで守ると誓ったレアを、俺たちを助けてくれている召喚獣達を、果てのないほどの危機に晒した。
強く、爪が皮を破り肉を切るほど強く、手に力がこもる。
『クオンなら大丈夫ですよ。それに私達がいます』
俺の強く握られた右手をいつのまにかレアが覆い被さるように挟み込んでいて、肩にはフィアとヒトヨ、そしてアイヴィスの手が置かれている。
……そうだな。おんぶに抱っこで情けないことこの上ないが、俺には犯したミスをいつも補完してくれる頼りになる仲間がいる。
今俺がここに立っていられるのだって、レアがミーラ相手に交渉してくれたからで……俺はいつだって助けられているのだ。
だから、俺は考えて考えて、もういっちょ考えて、そしてもがいて出した選択肢の中から信じる道を選んで、ただ真っ直ぐに歩むだけでいい。
「結果は分からねぇけどよ、悪いようにはしないから安心してくれ」
「ふふふは、期待しておこうかの。決闘での活躍も、の」
「俺以外はみんな実力者揃いだ。期待してくれても構わんぞ」
「……自分で言って情けなくならんか、その台詞」
[全くです]
「……ちょっとだけ」
まぁでも実際、俺は間違いなくこの中で一番弱い。ただでさえ弱かったのに、片腕が使えなくなったことでさらに弱体化している。
それでもDランク下位程度の実力は残っているのだから、俺もこの世界に来た時よりは随分成長したものだ。
「でもさ、ミーラって相当強いだろ? 一勝は確実じゃん。後は俺たちの誰かが二勝すればいいんだろ。意外といけそうじゃないか?」
ミーラはあの災害指定魔獣の魔力を浴びても影響がないように見える。それほどの実力者ということだろう。
「いつものミーラならば一勝は確実じゃと胸を張っていえるが、ああ見えて、かなり【蝕むモノ】の魔力に侵されておる」
「えっ」
「獣人という種族は魔法を余り使わぬ故、総じて魔力が他種族に比べると少ない。ミーラもその例に漏れず、その身に宿す魔力量が低いからの」
長老は、低いと言っても並の冒険者は超えておるがの、と自分ごとのように何処か誇らしく語る。
当のミーラはといえば、木の上でリラックスどころか、半分寝ている。横から覗く太腿と尻が実に興味深い。
「……」
[クオン……?]
「太陽の代わりに太腿が眩しい」
[馬鹿なこと言ってないでください]
「ねぇ? ワシャ続き話してもええかの?」
「あっ、どうぞ」
長老は気を取り直すため、コホンと咳をして話を続ける。
「ミーラはあまり多くを語らん子じゃからの、ワシャにもどの程度か判別つかぬ。だが恐らく、身体強化にかけられる魔力が減ったことでBランク冒険者程度の実力に落ちているじゃろう」
「はっ!? 弱くなって!?」
[び、Bランクですか?]
「ミーラはああ見えて、麒麟児じゃよ。弱冠十五にしてBランク冒険者として認められ、それから僅か四年でAランク冒険者としての地位を得ておる。諸々の事情で冒険者は既に引退しておるがな」
言葉が出てこない。それほどまでに驚いている。レアもフィア達もそれは一緒のようで、ただ呆然と木の上で完全に眠るミーラを見つめている。
「普段のミーラならば心配などあるわけもないがの。前回……つまり三年前にミーラと闘った者もなかなかに強くての。自称ミーラのライバルを名乗る少しおかしな者なのじゃが」
「えぇ……みんなそんな実力者揃いなの?」
「三年前はその者が最も強かったの。ただ、一歩劣りはするが皆かなりの実力者じゃったぞ」
おかしいな? 俺の記憶だとBランクってかなり強い部類であんまり多くないはずなんだけど。
(レアさん、Bランクって強いですよね?)
『それはもちろんです。否定のしようがありません』
(Bランク以上って数的にそんな多くないですよね?)
『ふむ、世界全体として見るならばその割合は多くありません。ただ種族によっては生まれて間もない頃からBランクに近い実力を持っている者もいますね。ですから実力者が局所的に集まっても不思議ではありませんよ』
何その、ズル。
「……とりあえず実力見せるよ」
世界の不条理さというか、残酷さに恨みつらみを吐きたくなったので、話題を逸らす。
「うむ、そうしようかの。ほれ、ミーラ起きい。軽く手合わせじゃ」
長老の言葉にミーラがガバッと起き上がり、木の上から飛び跳ねるように降りてきた。
「闘う、ガウ」
挑発するように手をクイクイ動かすミーラ。
ミーラがどうにか勝てるとするのなら、俺たちの中で最も強いアイヴィスも勝てるとして、後はフィアかヒトヨのどっちかが勝てばおしまい、そこまで俺は気合を入れずとも……いやいや、危ない。
元々迷惑をかけたくないとフィア達の参加を断っていたはずなのに、参加が決まった瞬間これじゃあダメだ。
俺が勝つ、むしろ俺だけで勝つ。それぐらいの意気込みで行かねば。
「俺からいかせてもらうぜッッ!!」
と思ったけど、
「クオン、超弱い、ガウ」
「はぁはぁ……やっぱり俺はダメかもしれん」
「……ワシャも心配になってきたのじゃが」
ダメだ。片腕が使えなくなったのと身体強化を使えなくなったのもあって全く敵わん。一撃与えることもできやしなかった。
「羽、鳥、鎧、強い、ガウ」
「うむ、ワシャは安心じゃ!」
「ふぃふぃ」
みんなごめんなさい。意気込んでおきながらクソ程の役にも立たない僕をお許しください。
[クオン]
「レア……」
[強くなくたって貴方には違う魅力が沢山ありますよ]
「ありがとう……」
けど今はその言葉が辛いよ。
「にしても、ヒトヨは本に魔物じゃったんじゃな。ビックリしたのう」
「おっきい、ガウ!」
魔物って伝えていたはずなんだけど、信じてなかったのね。まぁ俺も第三者だったら信じられないだろうけど。
「結果を見るに大将をクオンにして、クオンに回す前に他のメンバーで片付けるのがベストかの?」
「クオン、弱い、ガウ」
[ええ、それで行きましょう]
「……シクシク」
「ふぃー」
「チュン」
「ーーッ!」
涙で地面を濡らす俺を慰めてくれるフィア達。俺の味方はお前らだけだよ……。
「ほれ、決闘まで残り六日じゃ。御主らは己を鍛えると良い。特に誰とは言わんが、弱っちい者はの」
「クソッ! 見てろよ! お前らに絶対俺が居て良かったって感謝させてやるからなッ!」
絶対、あっと言わせてやる。まずはこの片腕に慣れることからだ。
*
遠ざかっていくクオン達の背中を見つめる長老とミーラ。
「眩しいのぅ、ミーラ」
「ふぁぁああ? なんか言った、ガウ?」
「……何でもないわ」
年寄りの話し相手になってくれるものはここにはおらんのか全く、そう呟いた長老はもう一度クオンの方を向いて、ため息を吐いた。




