52 決闘
「此処より少し離れた地、ワシャ等の村と同じような隠れ里があってのう。随分長い間、あるモノの利権……というよりも地権を巡って睨み合いをしておった。しかし、膠着状態も互いに疲労するだけ……それを察したその代の村の長と隠れ里の長が話し合いをして、三年に一度、その地の管理権を巡っての決闘を行うことになったんじゃよ」
淡々と教科書を読むが如く、告げられた言葉。短くまとめてくれたと俺は思うが、ミーラはもう夢現、野生的にも程がある。
「で、あるモノってなんだよ」
「祠じゃ」
「祠ぁ? なんか重要な歴史のある祠なのか?」
「ワシャ等は豊穣の祠と呼んでいる代物でな、祠を管理している者とその周囲に豊穣をもたらすという言い伝えがあったんじゃよ」
「んな、ば……」
馬鹿なと言葉を続けようとして、途中で口を閉ざした。
この世界には万能と呼んでも差し支えないような魔法というものが存在している。俺の元いた世界では超常と呼べる現象だってこの世界じゃ通常だったりする。
だから、祠が豊穣をもたらす、それを一概に否定することは難しい。というかおかしな話だ。
「まぁそれも昔の話。今は形骸化しておる。ただの習わし……風習じゃよ。三年に一度の村同士の交流会ってところかの」
長老は勿論、風習とはいえ闘いに手を抜くなど有り得ぬがなと目を鋭くした。
「……それでその風習に参加しろと」
「ちなみに強制じゃから、拒否権はないのう」
「だぁ! 一々腹立つ言い方しやがって!」
「ふふふは、わざとじゃ」
「分かってるわ!」
だけどその言葉は間違っていない。契約魔法とやらがどんな契約なのかも、どんな制約なのかも知らない俺は無策に逃げることも出来ない。
「……はぁ、で、決闘ってのはいつどんなルールで行われるんだよ」
「一週間後、この村の直ぐ近くで、代表者五人による三勝先取の決闘じゃ。御主が心配してそうじゃから言っておくが、決闘相手を殺すことは原則禁止しておるから、そこは安心せい」
なるほどな、代表者五人……あと一人が集まらなかったから人数合わせとして俺が選ばれたってわけか。死ぬこともない、責任もない、それなら別に良いか。ただ一週間滞在するってのは不安要素だが……結界も張ってあるこの場なら大丈夫か?
……それで遺恨が残らないのなら、妥協すべきだろう。
「分かった。出るよ、出させてもらうよ」
「ふふふは、ありがたいのう。そんなにもやる気満々じゃとワシャも嬉しいわ」
「ぶん殴ってやろうか? ……いや冗談なんで、俺を睨むのやめてください」
ぶん殴ってやろうかと言った瞬間、ミーラが眠そうな表情を一転させ、俺を鋭く睨みつけてきた。普通に怖い、だってミーラ多分俺より強いし。
「後で、残り四人……いやミーラはどうせ出るんだし、三人か。残り三人にも紹介してくれよ」
むしろミーラが出ない、出れないレベルの決闘に俺が出ることになるんだったら契約云々無視で逃げるまである。
「そんな者いないのう」
「いない、ガウ」
「へっ?」
「代表、ミーラとクオン以外、いない、ガウ」
「ミーラの言葉通りじゃ」
俺とミーラ以外代表者がいない? えっ、どういうこと?
「……ちなみに代表者が五人いない場合は?」
「不戦敗……かのう」
何故か落ち着き払った様子でそう口にする長老。顎を撫でる所作は、その年齢を感じさせた。
「えぇ……」
「まぁミーラが連れてきてくれるじゃろ」
「……この村の人じゃダメなのか?」
「……ダメではないんじゃが……」
今までの長老と打って変わって、言葉が尻すぼみになり決まりが悪そうに目を逸らした。
「じゃが?」
「……まぁそのなんじゃろうな……」
「みんな、弱い、ガウ」
言葉に詰まる長老の代わりに、ミーラが正直に告げる。
冷静に考えずとも、出せない理由はそれしかないだろう。
「でも、獣人なんだし、狩りとかすんだろ。ミーラと比べて弱いってだけで、一般的な範疇からすれば強かったりするんじゃねぇの?」
「……今村にいるのはミーラ以外みんな草食系じゃから」
「……あっ、肉食べないから、狩りもしないんだぁ……」
「……うん」
気まずい空気が俺と長老の間を漂う。
比喩表現的な、積極性のなさを表す草食系じゃなくて、ガチの草食系なのかぁ。
「ちなみにミーラを除いて一番強い人でどのくらいの強さ?」
「Dランクの魔物相手ならーー」
「おっ、結構強」
「逃げれる……はずじゃよ」
「……」
身体能力の高い獣人は何処に行ってしまったのでしょうか。Dランクの魔物相手なら逃げれるかもしれないって、恐らくヒトヨを召喚した頃の俺でももう少し強かったぞ。
まぁ俺一人の実力はDランク程度だから偉そうに言えた義理はないけどさ。
「最悪、見つからなかったら出てもらうしかないだろ。数合わせでも、万が一、相手もそんな感じかもしれないし」
「なんじゃ、散々文句言ってた割に結構やる気あるのう」
「散々文句垂れて強制された後で言うのも信用出来ないだろうけど、俺だって命の恩人の助けにはなりたいからな。もちろんそこに俺の命がかかっていなければになっちゃうけど。……開き直ってる部分がないとは言わないが」
長老はきょとんとした顔を作り(目元しか見えてないが)、ベールをしているというのにその上から手で口元を隠し、笑った。その笑いは嘲るものでなかった、なのに俺はそこから憐れみのような何かを感じた。
「ふふふは、クオンは生きづらそうな性格をしておるのう。完壁に情に流されるわけでもなく、完全に情を持っていないわけでもない。適度に情に絆され、適度に情を棄てられる。酷く人間的じゃ。種族としての人ではなく、個として、の。ワシャは嫌いじゃないが……御主は苦労する、きっとのう」
「……生きづらい、か。まぁ生きづらくても人間的でも、生き残れればそれでいいよ」
「……そうかもしれんのう」
長生きしてるなりに思うところがあるのだろう。俺の言葉に、長老は感慨深そうに深々と頷いた。
俺と長老がしんみりとした空気に身を任せていると、この場にいるもう一人の人物がそんな空気を真っ正面からぶっ壊す。
「クオン、仲間四匹、ガウ」
「……」
「なんじゃと?」
「クオン、仲間四人、ガウ」
あちゃぁ……これは嫌な予感が……。
「のうクオン」
「黙秘権を行使させてもらおう」
「御主には拒否権も黙秘権も存在せぬ! 決まりじゃ!」
「この野郎! いくら温厚な俺でもキレる時はキレるんだからな!」
「野郎ではないのう、この顔が見えんのか」
「半分以上隠しておいてよく言うわ!」
レアは一人では戦えない。
だから参加するとなると、フィアたち召喚獣になる。ただでさえ、危険なことに巻き込んで迷惑かけてばっかだってのに、これ以上巻き込むのは良心が許してはくれない。命は奪われないというが、それすなわち命を奪う以外ならなんでもありということ。それにミーラや長老はともかく決闘相手に召喚獣のこと、レアのことがバレるのは遠慮したい。
……ただ、出来るだけ命を救ってもらった恩は返したい……。
「俺は出る。ただアイツらを巻き込むのはちょっとな……。それで勘弁してもらいたい」
「どうしてもかのう」
「……どうしてもだ」
「決意が固いのう……」
俺の意思が固いことを悟った長老が、ベールを吐息で揺らし、ボソリと呟いた。呆れているような、生温かい感情が篭っている。
「聞くだけ聞いてみるのはどうじゃ。御主と違って、仲間には契約をしていない。だから強制ではないじゃろう?」
「……それすら無しだ」
仲間には違いないが、召喚獣達は俺の言葉をきっと断らない。断れないのではなく、意図的に、恣意的に断らないのだ。
それは仲間であると同時に俺と彼女達の間には主従という存在が出来上がってしまっているからに他ならない。
彼女達にとって俺とレアは守るべき存在だ。フィアも、ヒトヨも、アイヴィスも、俺が決闘に参加してくれと頼めば確実に断らない。
だからこそ頼みたくないのだ。
これは俺の判断が招いた忌むべき失敗を、自分で拭いているだけなのだから。
「見上げた胆力じゃよ。自らが不利な状況にあることを悟っておきながらの発言とは思えん。契約の内容も、それを破った際の罰則も、クオンは知らぬじゃろうて」
「知らないから出来ることってあるだろ。子供の頃は皆、何処か勇敢で無知故に痛みや恐怖を知らないから、怯えるものが何もなかったんだよ。それと一緒さ」
「もう幼子の頃の記憶など殆ど無い故、はっきりと頷けはせんが……それ自体はその通りやもしれん」
「俺に出来ることなら出来るだけ協力する。だから、仲間は勘弁してほしい」
頭を下げて、目の前の少女にしか見えぬ長老に頼む。
きっと契約の内容やその罰則を知っていたら、俺はこんな強きに言葉を紡ぐことは出来やしなかっただろう。俺は子供のようにもう勇敢じゃない、勇敢にはなれはしない。
俺はーー。
「まぁ、ミーラが既に聞きに行っておるがな」
「なっ!?」
たしかに頭を上げ、急ぎ辺りを見渡しても、ミーラの姿が見当たらない。
俺も急ぎ、後を追おうとして、
「まぁ待て、どうせ追い付けんよ。それどころか、ミーラの家にすら辿り着けんの」
長老の言葉に足を止めて、振り返る。
先程と変わらない姿勢で佇む、金髪の少女。顔の半分はベールで隠し、纏うのはミーラと違い露出など一切ない法衣にも見える服。
ただ一つ、先程と違う点があるとするならば、
「……なるほどな、俺は化かされてたって訳だ」
背後に揺らめく双つの綺麗な輝く尻尾だろう。
「そうだろ、御狐様よお」
俺の発言に、長老のその金の尾が光を反射して見せた。




