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49 生存と違和感


3章幕開け

 


 黒き世界の中、一段と目立つ黒い漆黒の手が手招きしている。



 ……俺に何を求めているのか、俺なんかに何を。



 地に足がつかない状態で泳ぐように、漂うようにその黒い手の方へと近寄っていく。地に足がつかないというのは比喩ではない。読んで字のまま、地に足がついていないのだ。ぷかぷかと暗闇を揺蕩っているような状態。


 黒い手に近寄っていけば、声が聞こえた。



 ーーーーがんばれ。



 鈴の音のように綺麗な、それでいて儚く、なのに力強さも感じさせる、あまりにも不思議な女性の声。

 声しか聞こえないというのに、俺はその声の持ち主が悪魔が如く美しい容姿をしていると、勝手に夢想していた。



 黒い手が伸びてきて、俺の頬を撫でる。


 なんて優しく、悲しさ溢れる手だろうかーー。





 *




「ふぁあ……」


[……く、クオン? 目を覚ましたのですねっ!?]


『ふぃふぃふぃ!!!』


『チュチュンチュチュン!!!』


『ーーッッッッッッ!!!!!!』


 目を覚まし、最初に目に入ったのは、見知らぬ天井……よりも先に俺の目の前に浮遊していたレアの姿。そして聞こえたのはレアとフィア、ヒトヨ、アイヴィスの声。


「……生き残れた、のか」


 死んだと思った。死を覚悟できたわけではなく、死ぬのだと、死ぬしかないのだと、漠然とあの状況を理解していた。


 だが生きている。


 口も動く。喋ることもできる。首を動かすことだって出来る。


 死を確信した。


 それなのに、俺は生きていて……あれは……俺が死ぬと感じたあの記憶は、間違いで、夢の世界の話だったのではないかと疑いたくなる。


 だけど、


[クオン、クオン、クオン、クオン、クオンッ! 大丈夫なのですよねッ? 生きているのですよねッ?」


 何度も俺の名を呼ぶレア。


 ……そんな彼女を見れば、そんな彼女の言葉を聞けば、俺が死にかけたのは現実だと理解できる。そして、泣きそうな声で俺を呼ぶ彼女に、心配させてしまったという罪悪感が湧いてくる。


「……見ての通り、生きてるんじゃないか? 俺自身、不思議な感じがするけど」


 透かした風に聞こえたかもしれないけれど、正しく俺の本音だった。


[ぁあ、無事で……本当に無事にッ……! 生きて、生きていてくれて……良かったですッ……!]


「……心配かけてごめんな」


 心からの言葉だった。


[謝らないでくださいッ……! 謝らないで……いいんですッ……! ただ無事でさえいてくれたら、それで……いいんですッ……!」


「それでも、一回だけ謝らせてくれ。……フィアもヒトヨもアイヴィスもごめんな」


 レアには当然として、レアの中に送還されている彼女達にも謝罪しておかねばいけない。


『ふぃふぃふぃ……!』


『チュンチュチュン』


『ーーーーッッッッッ!!!!!』


 本当に悪いことをしてしまった。ただ、今はレアが謝るなというのなら、これ以上は辞めておこう。


「まぁとりあえず分からないことだらけだからさ、説明してもらってもいいか?」


 俺が生き残れたのには必ず理由がある。

 だがどうして生き残れたのかはさっぱり分からない。そして今いる場所も分からない。俺は今ベッドに横たわっているが、これは一体誰の、どこのものなのだろうか。そしてこの場所は誰の家なのだろうか。




 余りにも分からないことだらけだ。




 ……この世界に来て、俺がまともに理解出来る事態にあたったことがあっただろうか。いつも理解出来ない、知らない分からないことに打ち当たって、その度に、俺はーー。




[すみません、それはもう少し後で良いですか? もう少しで戻ってくるはずですので]


「戻ってくる?」


[ええ。待っている間、私の中で心配しているこの子達に触れてあげてください]


「ああ、それはもちろんいいけど……」


 一体誰を待っているのか、疑問が残るが、もう少し待てば戻ってくるというのだから待つとしよう。恐らくこの家の家主なのだろうが、一体……。


 疑問は置いておき、身体を起こそうと左手をベッドに着き、起き上がろうとして違和感が走った。


「……」


[どうかしましたか?]


「いや、何でもない。ただ少し身体が硬い気がしてさ」


 右手を軸に起き上がり、これまた右手で空中に浮くレアを手に取った。


[仕方ありませんよ、丸三日眠っていましたから]


 三日……そんなに眠って……いや、死ぬはずだったのがどうしてか生きることが出来ているのだ。そんなに眠ってではなく、三日程度で起きれたことを幸福に思うべきだろう。永眠する可能性だって充分にあったのだから。



 レアを開き、ベッドの上の左手の上に置いて右手を伸ばそうとしてある事に気がついた。


「ところで家主に許可取らず勝手に召喚して大丈夫か? というか、召喚がバレるのはまずいんじゃ」


[いえ、彼女は我々の恩人です。それに魔導書たる私の存在を知られてしまっているので今更です]


 この家の持ち主にして俺の恩人は、どうやら女性らしい。えっ、じゃあこのベッドの持ち主も女性? なんか緊張してきたんだけど。


「……大丈夫、なのか?」


 これは別に女性のベッドに俺が寝てて大丈夫なのかってことではない。レアの存在を知られているという事に関しての大丈夫なのか、だ。


[緊急時でしたので、致し方ありません。素性までは明かしていませんし、彼女たちであるならば問題ありませんよ。加えて今から来るのはそういうのに全く気にしない方ですから]


「……ま、レアがそういうなら」


[はい。ありがとうございます]


 改めて、右手を伸ばし、フィア達を召喚する。



「ふぃ!!」



 召喚した瞬間、フィアが俺の顔の前にやってきてその小さく可愛らしい両手で鼻を摘んだ。


「ああ、心配かけたな。生きてる理由は分からんが、大丈夫みたいだ」


 上擦る声で語りかけながら、なんとはなしに、若干癖みたいなもので、心配してくれるフィアの頭を撫でようと手を伸ばす。



 触れる直前、思い出す。



 フィアは俺に触れさせてくれないことを。

 まぁ、どうせ避けられる。だからわざわざ止めるという選択をしなかった。

 彼女の頭を撫でられなくなって結構経つ。

 フィアとはレアと同じくらい長い付き合いだが、俺にとってフィアは仲間であり、それでいて子供みたいなものだ。一時期はフィアの頭を撫でることで荒んだ心を癒していた。


 そんな懐かしき記憶に思いを馳せるように目を閉じた。ああ、あの柔らかく、さらさらとした感触が懐かしい。



「ふぃ……」



 そう、まるで今俺の指に伝わるこの感触のような……。


 感触……。


 ん?


「……な、んだと……?」


 眼を開き、その根元に視線をやれば、そこには俺の人差し指を頭に乗せ、頬を染め、上目遣いに俺を見つめるフィアの姿。


「て、天使……」


 何この激かわ生物。天使ってゆーか、妖精かよってぐらい可憐、可愛い、愛おしい。いや実際妖精なんだけど。


 こんなウルトラカワイイ、ウルカワ妖精に悪魔の名前をつけようとしていた奴がいるらしい。信じられねぇな、おい。聞こえてるか、そこの魔導書。


[……聞こえていますが]


(……な、んだと……)


[私に対して向けられれば、それはもう……分かりますよね、クオン]


「フィアぁぁぁ! 可愛いなァァァ!!」


「ふぃふぃっ……!」


 いきなり抱きつく俺に照れ臭そうに、だが若干鬱陶しそうにしているフィア。それを見てレアは今回だけは許しましょう、と肩を竦めるかのように自らの身体を微かに浮かせて見せた。


 危なかったぜ。レアは一度怒ると落ち着くまで長いからな。


「さっきも言ったけどヒトヨとアイヴィスにも心配かけちゃったな」


「チュチュン」


「ーーッッ!」


 照れたフィアが俺の腕を退けて、レアの方へと向かっていくのを見て、俺はヒトヨとアイヴィスに話しかけた。


 ヒトヨは珍しく、いつもの雄弁に物事を語る動作をせずに、ただ鳴いて俺の肩に乗った。

 アイヴィスは膝をつき、上半身を下げて俺の右手をその冷えた銀の手でギュッと強く握る。




 そんな状態の中、



「騒がしさ増えた、ガウ?」



 ドアが開く音と同時、声が聞こえた。カタコトのような不思議な口調と変わった語尾をした女性の声。


 扉の方へと振り返れば、そこにはやけに露出の高い衣装に身を包んだ肌の焼けた女性が。頭には自然物で作られた髪飾りをつけていることから察するに民族衣装のような伝統的な服装なのだろうか。


 アイヴィスとヒトヨが何かを察し、俺から距離を取った。この女性が恐らく、俺を助けてくれた……。



[彼女、ミーラが我らの恩人です]



「クオンと言います。命を救っていただきありがとうございました!」



 すぐさまベッドから降りて、頭を深く下げる。


 気を失っていて、俺に記憶はないが彼女がいなければ俺は死んでいたのだろう。今、俺が生きていられるのは彼女のおかげ。感謝しか湧いてこない。


「クオン……クオン、気にするな、ガウ。難しい、なし、ガウ」


 彼女、ミーラは俺の名前を胸に刻むかのように二度、呟き、そう言った。恐らく敬語とかは気にするなと言うことだろうか。



「理由なく、助けた違うガウ」



 そして、俺をまた騒動に巻き込む言葉を繰り出すのだった。




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