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5 冒険者ギルド



 そんなこんなで街まで到着したわけだが。


「クソ疲れたぁあああ!!」


 街が見えてから着くまでが遠いんだよ。見えてから三十分以上歩いたぞ、おい。遠近法とか普通に滅びろ。

 フィアという癒しがいなければ心が折れていた可能性も否めない。

 しかもまだ終わったわけではない。ここから街に入る手続きのために十五分程度並ばなきゃいけない。


「……あー、マジしんどい」


 道の整備は日本より全然ちゃんとしてないから足裏が痛いし、疲れが思った以上に溜まっている。しかも熊の爪と牙がまぁまぁ重いし。返り血で滑るし。靴下しか履いてないからマジで足裏痛いし。

 未知の世界に飛ばされ、熊に襲われ、舗装されていない道を歩き、と言った慣れているはずもない経験から来る疲れもあるのだろう。

 いくら魔導書の所有者に精神安定の力がかかると言っても肉体的な疲れが取れるわけではない。


「大丈夫か、お前?」


 ゼェハァゼェハァ息を整えていると、目の前に並んでいるイカツイ鎧をしたイカツイ男が俺に話しかけてくる。


「うるさくしちゃってすみません。大丈夫っす、大丈夫っす」


 鎧とか腰に付けた剣とかボディービルダーばりの体躯とか赤の髪だとか驚くポイントは沢山あるのだが、疲れてもうそれどころじゃない。


 もう寝たい。今日は寝させて欲しい。この男の背中とかで良いから寝たい、広いし。


「……良かったら先譲るか? 俺らは五人パーティだから少し遅くなるだろうしよ」


「……いいんですか? さっきはああ言ったんすけど、譲っていただけるなら是非お願いしたいんですが……」


「お前ら、前譲ってもいいか?」


 男がそう問いかけると、パーティメンバーらしき者たちから肯定を示す言葉が返ってくる。


 マジかよ、世紀末みたいな世界観と思ってたら良い人もいるじゃねぇか。この人もイカツイ見た目とは裏腹に優しさの塊かよ。人は見た目によらないって本当なんだなぁ。


「ありがとうございます、滅茶苦茶助かります」


「良いってことよ、お前も頑張れよ。人生捨てたもんじゃねーからよ!」


「? そうですね、めげずに頑張ります」


 何故に人生語ってるんだ? と若干思いながらも礼を言い、前へ進んでいくとパーティメンバーからも男と同じように励ましの言葉をかけられる。


 そして前へ進むとまた前方の人に声を掛けられる。


「先に行きな」


「……いいんですか?」


「ああ」


 また礼を言いながら前へいくと前方からーー。


 を繰り返している内にいつのまにか俺の番になっていた。本来十五分ほどかかるところが三分ばかしで回ってきたわけだが。


 この世界の人、みんな優しいなぁ。俺が疲れていると思って譲ってくれるなんてラブアンドピースってこの世界のことじゃん。


「身分証か保証金……ああ、身分証はギルドで発行できる。発行が完了したら見せに来ればいい。別に急いで行く必要はないからな。明日も俺が当番だから明日で構わない」


 検問はそう言ってクッソスムーズに門番さんに街の中に通してもらった。なんか最後に頑張れよと肩を叩かれた。


 何この優しい世界。本当はレアとどう検問を乗り切るかを考えていたのだが、それが全て無駄になってしまった。


 まあ、あの門番さんは明日でもいいって言ってくれたが、宿に泊まるには金が必要になるからこの熊さんをギルドまで売りに行くついでに身分証もゲットするんで、その帰りに寄るんですけどね。


「それにしてもギルドねぇ」


『気に入りませんか? フィアがいるのですから戦闘で金銭を稼ぐのがベストだと思いますが』


 ギルド、正式名称を冒険者ギルド。みんな略してギルドと呼ぶらしい。

 ギルドは簡単に言うと何でも屋さんだ。依頼を受け依頼をこなし報酬を貰う。

 その依頼者と依頼受諾人の中間窓口を請け負う企業みたいなもの……的なことをレアが言ってた。というか、この世界で俺が知っている知識は全てレアから聞いたものだからな。俺はマジで無知、無知無知の無知。


 そのギルドに俺の手にある熊の爪と牙を売れば一日宿に泊まれるだけの金にはなるらしい。


 今更だが、フィアは俺の服の中に入ってうつらうつらしている。

 フィアはかなり珍しい種類の妖精らしく、気軽に空を飛ばせてたら確実に注目を浴びるそうだ。


 レアの魔力が有れば召喚獣をレアの中に入れることができるそうなのだが、魔力がないためそれはできない。

 なので俺は服の中にはフィア、右手にはレア、左手には牙と爪というスタイルだ。とんでもないな、奇抜すぎるだろ。でも原宿とかだったら多分いる。


「別にそういうわけじゃなくて実感が湧かないんだよ。俺の中ではそんなのゲームの世界だけの話だから」


『クオンの世界には、ギルドが無いのですか?』


「まぁな、必要ないんだよ。あんな恐ろしい熊がそうポンポンいるわけでもないし」


『……恐ろしい熊? 先程戦ったウィークベアーのことですか? あの程度の存在でしたらこの世界ではEランク、つまり最下級レベルの強さですよ? 魔物ですらないただの獣ですから』


「……マジ? 木とか軽くへし折ってたけど」


 あれで最下級とか最上級はどんな強さなんだよ。一撃で国一つ落とすレベルか?


『パワーはそれなりですが知能が低いことで有名です。フィアの水魔術で顔を覆われた際も、術者を狙えばいいものをただひたすらにもがくだけだったでしょう?』


「まぁ……うーん、言われてみれば?」


 だが、もしも熊と同じ状況になったとしたら俺も同じ行動をとってしまう気がする。


「あの熊は魔物じゃないって言ったけどさ、じゃあ魔物ってなんなの?」


『魔物は魔力を持つ存在です。そう言った意味では人間も魔物と言えなくもないですね』


 正直、未だに魔力を理解していない俺からすれば魔物も獣も区別がつかない。


「獣よりも強い存在が魔物ってことで良いか?」


『ま、まぁ、今はその認識で構いませんよ』


 若干呆れられている気がするが気のせいだろうか。


『……も、もしかしてクオンは馬鹿なのでしょうか?』


「聞こえてるよ? 心の中で言ったつもりかもしれないけど全部聞こえてるからね?」


 気のせいじゃなかったし、なんだったらそれ以上だった。

 それだけ獣と魔物は一線をなす存在で全く異なる生き物ということだろう。そして理解できない俺は馬鹿と。いいこと知れたね。





「そんなこんなで到着っと」


 わーきゃー喋っているうちにギルドへと辿り着く。かなり大きな二階建ての建物で、周囲の建物と比べても明らかに目立っている。


 扉を開けて中に入り、正面にある受付へと向かっていく。

 普通ならガチガチに緊張するところだが精神安定があるからほぼリラックス状態だ。


「次の方、どうぞ」


 運良く受付には一人しか並んでいなかったので次は俺の番だ。


「すみません、このウィ、ウィークベアー? の爪と牙の売却とギルドへの登録をお願いします」


「はい、かしこまり……ま、した」


 受付の女性の方。受付嬢が俺の方を見て固まった。が、すぐに笑顔を浮かべた。


「失礼しました。冒険者ギルドへようこそいらっしゃいました。ウィークベアーの買取は登録の後で宜しいですか? 登録した後とする前とでは値段が異なりますが?」


「登録した後の方が高くなるってことでいいっすかね?」


「はい、その認識で問題ありません」


「じゃあそれでお願いします」


「ギルドの説明は必要でしょうか?」


「あー、大丈夫っす」


 此処に来るまでの道中でレアに聞いてるから。

 レアは魔導書って言う凄そうな名前に名負けしておらず、色々な事を知っているようだった。ギルドの登録方法から仕組み、街の検問方法に魔物の知識まで幅広い知識を持っている。若干、伝聞形式の語り口が気にはなったが誤差だろう、誤差。


 この街に来る途中、博学だな、とそう言えば彼女は僅かに沈黙して、そうでもありませんよと物憂げに答えたのがひどく印象に残っていた。


「では、この紙に血を一滴垂らしてください」


 そう言ってナイフと共に白い紙が渡される。


「えっ」


 マジで? 痛いの無理なんだけど。


『フィアに風魔法でお願いすれば良いのでは?』


 嫌だ! 俺が分解される未来しか見えない!


 俺がナイフを握らないのを不思議そうに見る受付嬢。

 分かってるけど……えー、怖いんですけど。精神安定があっても踏ん切りがつかないんですけど。


『はぁ……仕方ありませんね』


「ッ!?」


 レアが何か言った瞬間、俺の手に痛みが走る。

 見るとレアを握っている右掌から血が流れている。


『あまり受付の方を困らせてはいけません』


 どうやらレアが身体(本)を揺らし、自らの紙によって俺の手を切ったらしい。痛かったは痛かったが、踏ん切りがつかなかったから非常に助かった。

 レアの紙はこう薄い滑らかな紙って感じでは無いけど意外と切れるもんなんだな。


(……ビックリしたけどサンキュな)


 俺が心の中でそう礼を言うと、


『構いませんよ。所有者を支えるのが私の役目でもありますから』


 うわっ!? 思わず声が出かかった。


(心読めんの!?)


『いえ、私の方向に流れる心情のみしか受け取ることはできません』


(つまり、レアに話しかけたいと思うと伝わると)


『肯定です。細部は違いますがその認識で問題ありません』


 ほーん、これが分かったのはありがたいな。冒険者ギルドまで来るまでの道のりとか完全に一人で喋ってるイカレヤロウだったから。人の目が痛いのなんの。精神安定がなければ泣いてたかもしれない。


(てか、そういう大事なことはもっと早く言ってくれ)


『すみません、こちらも勝手が分からなくてですね』


勝手? レアの言葉に疑問を抱くが受付嬢が催促するかのように俺を見つめている。


「これでいいですかね?」


 血を垂らした紙を渡す。


「はい、問題ありません。では次にこちらに記入を。代筆は必要ですか?」


「あっ、だいじょぶです」


 ーー俺に異世界の文字は書けないと思うだろ。

 それが書けるんだな。渡された紙に書いてあることすら俺は読めないが、俺には頼もしい相棒ならぬ--相本がいるのだ。

 レアを開くとそこには見たことのない文字が書かれている。なんでもそれがこの世界での俺の名前の表記らしい。


 それを真似て紙に記入していく。

 一番上の欄を書き終わり、レアを見ればまた新たな文字が。

 それを次の空欄に書いていく。



『ふむ、ところどころ変ではありますが読めなくもないでしょう』


 そして全ての空欄を書き終えた。不格好ではあるが読めるレベルには書けたようだ。


 文字は読めないが書ける。じゃあ話すのはどうなんだって話だが、俺の言葉がこの世界でも通常に伝わる理由はレアの方でも分からないらしい。



 全ての欄を埋めた紙を受付嬢に渡す。


「……はい、問題ありません。ではギルド所属を表すギルドカードをお持ちいたしますので少々お待ち下さい」


 服の中で器用に眠っているフィアの頭をポヨポヨしたり、撫でたり顎をくすぐったりしながら待っていると直ぐに受付嬢が戻ってくる。


「お待たせいたしました。こちらがクオン様のギルドカードになります」


 礼を言って水色のカードを受け取る。

 俺は読めないが、ギルドカードにはギルドランクと名前等が記載されているらしい。

 ギルドランクは魔物のランクと同じ区分なんだそうだ。強さは勿論、ギルドへの貢献度合いも考慮されランクは選定される。

 つまり今登録したばかりの俺の場合は当然、最も低いEランクとクオン・ミショウという名前等が記載されているわけだ。


 水色のカードで身分証になる……健康保険証みたいだな。健康保険証は顔写真ついてないからなったりならなかったりしたけど。


「紛失すると再発行に銀貨一枚が掛かりますのでお気をつけください」


 銀貨とか金貨ってのがこの世界でのお金の単価らしいがまあ使ってるうちに覚えるだろうし、今は覚えなくて問題なし。分かんなくなってもその時々でレアが説明してくれることだろう。


「では改めまして! 冒険者ギルドへようこそ!」


 なんだかとっても照れくさい。凄い歓迎してくれている感が、むず痒い。

 でも、決して悪い気分じゃない。


「はい、これからよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ! ではウィークベアーの方、買取いたしますね!」


 そうして俺は身分証と二日分になるだろう路銀を手に入れたのだった。




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