45 白き者
この辺は危険地帯だから道に沿っていくんだぞ、と手を振ってくれる兵士に別れの挨拶をして、また歩き始める。
この検問では色々収穫があった。
俺が相手にしなければならない敵の強大さを知れたこと。
レアが多数国、もしかしたら世界中に指名手配されていること。
あとはまだ俺に残り香があること。なんのとは言わないが。
最後のは置いといてもかなり重要な情報だらけだ。おかげでこれからの身の振り方を考えることができる。
何かあってからじゃ遅いのだ。俺の場合は何かが起これば死ぬかもしれない確率が高すぎる。
生き延びるには慎重になれればなれるほどいい。
「レア、次の街までどのくらいだ?」
『そうですね、私の情報によりますとこのまま前方に八キーー』
「おい! 待てって! 持ち場を離れがっ、ぐあっ……!」
レアの話の途中、さっきの兵士の叫び声が聞こえ、後ろを振り返る。
視界に映ったのは壁にもたれかかった先ほどまで手を振ってくれていた兵士とーーこちらに向かってきているもう一人の兵士。
『あの兵士は気絶しているだけです。今は向かってくるあの男を、クオン!』
「分かってる! とりあえずアイヴィスを呼ぶまでの時間稼ぎだ。フィア、頼むぜ! ヒトヨは上空から頼む!」
「ふぃ!」
「チュン!」
『ーーッ!』
理由は分からないが俺を狙う兵士が間近に迫ってきている。剣を抜く時間すら惜しみ、身体強化のみを使用する。
「掴まってろよ」
そして俺は反転し、全力で駆け抜ける。
逃げるたびに転移を使っていては一向に元の世界に帰るための魔力がたまらない。だから走って逃げることにした。
身体強化を使用した際の俺の身体能力は、それを扱える技術があるかどうかがさておき、Cランク冒険者にも引けを取らないはず。
みるみる内に敵と距離を離していくーーはずだったのだが。
『付いてきています! いえ寧ろ詰められていますッ!』
「マジかよッ! フィア!」
「ふぃ!」
『フィアとヒトヨの妨害も僅かな時間稼ぎにしかなっていません! かなり強いですよ、あの兵士!』
俺は後ろを見る余裕がないから、状況がさっぱり分からないが、フィアの魔法による妨害とヒトヨの空中からの攻撃、それに俺の身体能力による全力疾走で逃げきれないのかよ。
って、そうだ。アイヴィスを召喚したばかりだから十全な身体強化ができていないんだ。
なれば、恐らく逃げ切ることは不可能。
「フィア、ヒトヨ、一瞬頼むぜ!」
「ふぃふぃー!」
「チュン!」
「レア!」
レアの名前を呼べば、すぐに意図を察してくれた。
肩掛けから浮かび上がったレアを掴み、走りながらレアを開く。
明らかにスピードが落ちたが、フィアが妖精魔法を使うことで、カバーしてくれる。
風やら何やらで苦戦しつつもレアを開き、
「おっし、いくぞ! アイヴィス、ーーサモン!!」
本を開いているのとは反対の手を前方に広げてアイヴィスを召喚する。
発された緑色の光の横を駆け抜けると同時、後ろを振り返ると、俺の目の前に飛んできていたナイフがーー銀の一線により弾かれた。
「ーー」
「サンキュな」
再召喚されたアイヴィスが俺の前に立ち、剣を構える。
兵士は足を止めていた。その手には腰に携えていた剣。しかし構えと呼べる構えをしていない、自然な状態でただ剣を握っている。
「何で俺を狙うんだよ」
分かっていることを態々問いとして投げかけた。
「……用があるのは魔導書兵器だけだ」
どうして俺が魔導書を持っていることをこの兵士が知っているのか。
推測になるが、恐らくあの人の良い兵士が話の話題、若しくは情報の共有として俺の持っていた本のことを話したのだろう。
この目の前にいる兵士はレアの特徴を知っていてーーってところだろうか。
それにしても、コイツ何者だ。
「リビングアーマー……強いな」
兵士がボソリと呟き、顔に手を当てた。
すると、兵士の姿をしていたはずが、一瞬にして全身白色の服装へと変わっていた。ご丁寧に兜も外れ、代わりなのかフードを被っている。
兵士がその姿に変わった途端、手の上でレアの身体が震えた。
『ぁあ……クオン……白き者、です……』
「白き者……」
白き者。
レアの家族殺しの主犯格、天使の名を冠する者の部下であるものの奴隷のような存在。
そしてーーレアの本生を滅茶苦茶にした者達。
「……私達を知っている?」
「ああ、そうだよ。お前らがミカ達の腰巾着のゴミ野郎だってな」
暴言など吐くつもりはなかった。なのに、苛立ちと怒りが混在し、勝手に口が動く。
しかし、白き者は腹を立てるでも悲しむでもない。ただ気にしていない。些細事とすら感じていないのではないだろうか。
「……ミカ? いや、魔導書がいるのだから知っているのも不思議ではないか」
ボソボソと一人呟くように白き者は言う。
「……逃げないのか?」
白き者に俺達を見据えて
「追ってきた奴が言う台詞じゃねぇだろ」
「ではーー処分する」
白き者のその一言を合図に戦闘が始まった。
先手は白き者。アイヴィスとの間にあった数メートルの距離を一瞬で詰め、剣を横なぎに振るう。
アイヴィスはその一撃を片腕で受け止めて、反撃に転じた。
「逃がさねぇよ!!」
白き者がその場を飛び退くが、そこに俺とフィア、ヒトヨの追撃が加わる。
それを回避、又は剣により迎撃してはいるが、攻撃に転じることは殆どできておらず、防御に回っている。
「ふぃ!」
「チュン!」
俺一人であれば隙だらけでやられているだろうが、隙をフィアとヒトヨの攻撃によって埋めることで反撃を許さない。
「……強いな」
「ーー!」
そんな状態でさらにアイヴィスが攻撃に参加すれば、防御にも手が回らなくなるのは必然だ。
俺とアイヴィスの剣、フィアの魔法、ヒトヨの爪などによって徐々に白き者の白の装いにも赤が混じり始めた。どれもが致命傷には至らない。だが、どんどんと傷は数を増やして行った。
このまま行けば勝てる、俺がそう思い始めた時。
「……勝機無しか」
そう呟いた白き者はアイヴィスの大振りに剣を合わせ、弾け飛ぶと空中で体勢を整え、木をバネに大きく跳躍し、俺たちと距離を取った。
「……撤退する」
そしてそのまま俺達に背中を見せて去っていく。
そのスピードは俺でも追いつくことが出来ないほどに速い。
『く、クオン、逃せば私達の居場所がバレることに!』
まさかの撤退に、一瞬唖然としてしまった俺にレアが声をかけた。
「ちっ、そういうことかよ! ヒトヨ!」
すぐさまヒトヨに乗り、後を追跡する。が、フィアの風魔法ブーストがあっても、付かず離れずの距離を保つことしかできない。
「クソッ! アイヴィス、一回戻すぞ!」
「ーー」
「送還!」
同じくヒトヨに乗っていたアイヴィスをレアの中に送還し、少しでもヒトヨの速さを上げる。
日本の鎧は兜を含めて三十キロ前後のものが多かったと聞いたことがある。リビングアーマーのアイヴィスにそれが当て嵌まるかは不明だが、少なくとも、剣の重さも含めて三十キロは軽くなったと考えていい。
『スピードが上がっています、これなら時期に追いつけます!』
「ヒトヨ! このスピードで行けるか?」
「チュチュン!!」
当たり前と言わんばかりにヒトヨが鳴き、徐々に距離を詰めていく。
「にしても、白き者ってのは一人一人があんな強いのか? レアが見たときは千人近くいたんだよな?」
『正式な数は不明ですが……その程度はいたのではないかと。そして恐らくは同程度の力を保持しています』
俺を除けば皆Cランク相当以上の実力を持っているし、アイヴィスとの連携もまだ殆ど練習していないながらも悪くなかった。だというのに倒しきれなかった。
俺達の連携が完璧でない、それに加えていくら相手が防御に集中していたといっても、Cランクが三人もいて倒せないとなると、白き者はBランクの中でも下位から中位相当の力があると判断していい。
それが最低でも千人弱。ああ、嫌になる。
俺たちの場所がバレれば待っているのは死だけ。絶対に止めなければ。




