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44 業魔偽病

 


「チュン!」


「そうするか。すみません、コイツが駄々捏ねちゃって」


 心底申し訳なさそうに、ヒトヨに駄々を捏ねられたことがさも当然かのように頭を掻きつつ謝罪する。


「ああ、うん。そうだね、そういうこともあるよね」


 あっ、覚悟はしていたけどその目をやめてくれ。頼むから。


「お前からも謝るんだ、アルカナインフィニティーカタストロフ」


 俺がヒトヨをそう呼ぶと兵士の目が哀れみではなく、生暖かい優しさを帯びた目に変わる。

 その目は、頭のネジが外れてるほうじゃなくて、ああ学生の時にかかるほうかぁ、と考えていることを物語っている。あぁ、その視線はむず痒い。やめろ。やめてくれ。ココロガイタイ。


「あっ……そっちかぁ」


 表情で物語るだけでなく、言葉にもしやがった。この野郎、俺の苦悩も知らずに……。




 *




『本物の魔導書、つまり私を偽物だと思わせるのですよ』


 レアの作戦とはこうだった。




 この世界にも厨二病というものが、名前は違うが存在している。なんでも「業魔偽病(ごうまぎ  )」というそうだ。


 頭のおかしな人物として哀れまれている俺をさらに頭のおかしな、厨二病……業魔偽病に見せることで、偽物の魔導書を本物の魔導書だと思い込んでる痛い子を装おうというもの。



 厨二病ならば、偽物の魔導書を作成してそれを持っていてもおかしくないというとんでも作戦。むしろ作戦じゃないまである。


 しかも、このなにもかも穴だらけのエメンタールチーズ(通称穴あきチーズ)作戦は俺の負担があまりにも大きい。


 俺にだってそういう時期が無かったわけじゃない。むしろ現在もまだ残り香が残っているまである。

 だからこそ、この作戦は俺の古傷を抉る行為に他ならない。なんだったら現在進行形で残ってるから生傷に塩を塗り込む行為だ。


 しかし代案を立てられなかった俺の負け。アルカナインフィニティカタストロフに至るわけだ。




「確認するのは良いですけど、俺の持ち物はその全てが世界に厄災を齎す禁忌の宝箱(パンドラボックス)。扱いには十分に気をつけて欲しいですね』


「ああ、うん。すごいすごい」


 この野郎、ぶん殴るぞ。


『……やけに様になっていますがクオンは』


(それ以上……言うな。……何も……言うな)


『ああ、はい、すみません』


 世の中には知らない方がいいことがある。


「おい、カーム。俺はコイツの所持品チェックしてくるから、見張っててくれ」


 兵士が話しかけるが、もう一人の兵士は一瞥するだけで返事すらせず、見張りを続行している。


「真面目な奴なのさ。職務に忠実ってやつだ」


 まあ俺もだが、と笑う兵士に着いていき、所持品チェックをされる。


「ふむ、大した持ち物は無さそうだな。その肩にかけてるレザーのポーチだけでいいぞ」


「何度も言うようだが、これは禁忌の宝箱(パンドラボックス)。不用意に開けて禍いが降りかかっても俺は責任を取れませんよ」


「はいはいすごいすごい。早く渡せや」


 この野郎。俺が必死に頭をこねくり回して考えた言葉を簡単に流しやがって。……すみません、嘘吐きました、意外とスラスラ出てきます。


 内心悪態を吐きつつ、肩掛けを手渡す。


「丁重に頼みますよ、封印が解かれれば兵士さんを守りきれる保証はないですから」


「はいはいつよいつよい。ポーションに魔力薬、雑貨類に……おい」


 兵士の動きが止まった。止まった理由など想像する必要すらなく、一つしかない。



「この本……なんだ?」



 黒い下地に翼と文字の装丁がされた一冊の本。


 指名手配されているレアが見つかったからに決まっている。


「色は漆黒……翼と古代文字の烙印……手配されている魔導書と良く似ている……どころか、瓜二つ……。答えろ、この本はーー」


「やれやれ、見つかっちゃいましたか」


「ッ!!?? お前まさか!?」


 大仰に手を挙げ、嘆く。そして左手を額に当て、右腕を広げた。


「俺のブラックヒストリーが記載された永久図書指定たるアカシックレコード、その一編をね」


「おまえがッーーおっと?」


「最初のページを開いてみてください」


「えぇ……」


 兵士がおっかなびっくり……というか汚いものに触れるかのようにレアを開く。


『あっ、何でしょう。クオン以外に開かれると違和感が凄いです』


(いや、頼むぜ。俺がさっき言った文をちゃんと書いといてくれたんだろうな?)


『その点は悪しからず。立案者は仮にも私ですので』


(それならいいんだが)


「こっ!? これはッ!?」


 驚きの声を上げる兵士。その声には若干の羞恥も混じっている。

 チラチラと俺を見てくる兵士に、どうぞ呼んでくださいと言わんばかりの態度を示す。


 兵士はごくりと息を飲み、かなりの躊躇いを見せてから文を読み上げた。


「ーーこ、この世界には三柱が存在する。世界を生み出した創世の崩壊者エントリアと幾多の世界を滅ぼしてきた破滅の救世主イクリーゼ。そしてその二神を従え侍らせる、人の身でありながら神の領域に足を踏み入れ、次元という名の壁すらも壊した男、絶対神エターナル。そんな全てを制したエターナルの現世での仮初の姿こそがーー」


 そう、俺がさっき言った文ーーそれはつまり擬似的、最強の厨二病ノート。

 創世の崩壊者エントリアから始まり、破滅の救世主イクリーゼで終わる世界の始まりと終わり、そして大罪を背負う絶対神エターナルこと俺が交差する、そんな話の一端が現在のレアには描かれている。


 ……冷静に考えて「それなら」良くないわ、全くダメだわ。つーか、声に出して読み上げるな。黙って読んでくれ。俺が死ぬぞ。羞恥で。


『……にしてもこんな設定を直ぐに思いつくなんて……あのもしかしてクオンは業魔』


(やめておけ。世の中には知らない方がいいこともある)


 ついでに言うと、知らないでいて欲しいこともある。被害が出るから。主に俺に。


 話を誤魔化すように、ポーズを決めるために上げていた首の角度を少し下げ、兵士を窺うとその手と顔が震えている。


 そしてそんな俺の視線に気づいた兵士は一度俺の顔を見ると……おい、そんな目で見るな。顔を逸らすな。



「……お、俺が悪かった。通って良し!!!」



 ……頬が上がるのを意識せずには抑えられない。くくっ、作戦通り。


『耳、赤くなってますよ』


 うるせぇな!


『ーー?』


 何で耳を赤くしてるんですか? 熱いんですか? みたいな感じで話しかけてくるアイヴィスは本当にポンコツなんじゃないかと思う。剣握ってる時は死ぬほどカッコいいんだけどなぁ。


「じゃあ失礼します。貴方も闇に呑まれないよう気をつけて」


「おい、待ちな」


 最後まで演じきり、俺はその場を後にする。瞬間、肩に手が置かれた。それは検問の兵士の手。


 まさか、本当はバレてーー。


「卒業は早めにしないと後がキツいぞ」


 うるせぇな。



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