41 交渉?
通りで見た目が似ていると思ったぜ。特徴的な紫の髪に、可愛いというよりも美人系のシュッとした顔立ち。口元なんか良く似ている。
つまり、バードニックさんの話に出てきた妹ってのはこの女、ルミナ・ベンデルーンなわけだ。
「姉にはさ、早く戻ってきてほしいんだよね。だから色々してたんだけど余計意固地になっちゃって」
色々……もしかして店がボロボロだったのは……そういう理由か。いや、そこまでするか? それにそこまでしたらあのバードニックさんが黙ってないだろう。
「……そんなペラペラ喋っちゃって平気なんですか?」
「くくっ、はっはっは、大手を振っては言えることじゃないかな」
腰に手を当て胸を張って、高らかに笑うルミナ・ベンデルーン。上を向いているから顔は窺えないが、声と異なり顔は笑っていないだろう。
少し話しただけだが、ルミナ・ベンデルーンはそういう人間だと理解出来る。
抱えているものと吐き出すもの、それが乖離している。いや、意図的に乖離させているというべきか。目の前の彼女はそんな人間だ。
「そんなことを……話した理由は、分かるよね」
こちらを向いてニヤリと口角を高めつつ、告げられた言葉。
『クオン』
いやまだ大丈夫。逃げるほどじゃない。背筋を走りたがる寒気を抑えて、その瞳を見返した。
「さあ? 口説いてるんですか?」
「くくっ、惚けなくてもいい。僕は君を調べて、そしてこうして話して、結果的にそれなりに評価している。そうやって惚けられる胆力もそうさ。君は冒険者よりも商人向けの性格だよ」
「……やっぱり口説いてます?」
「傘下には欲しいかもね」
ほら、心と身体が乖離しているから思ってないことを口に出来る。
「……それで? バードニックの店に近寄るのを……いや、そうだね、こうしよう」
一瞬目を閉じて、何事かを考えた。そうして次に口を開いた時、言葉は変わっていた。
「協力してくれないかい? 我が姉が戻ってくるのを」
敵対から協力へ。なんとも都合の良い話だ。
先ほどまで明らかに俺を脅迫しておきながら、気の変わりようで姿勢を変える。
何故、そんなことが可能か。
簡単で簡潔。俺の意思など大した問題ではないと思っているから。
「断ってもいいよ。ただ協力すれば、それなりのリターンがあることを伝えておくよ」
関係を協力へとシフトさせようとした瞬間に、提示条件が変わった。脅すのではなく、メリットを提示して己の仲間へと拐かす。
ズルイ女だ。
「……俺が説得したところでバードニックさんは戻らないと思いますけどね」
「バードニックさん……へぇ、今姉は店だけでなく、そう名乗っているのか。その顔……くくっ、その名の意味が気になるかい? 知りたければ協力を……なんてね」
確かに、バードニックさんが彼女の姉だというのなら、彼女もまたベンデルーンであるはずだ。俺は詳しくないから絶対とは言えないが、バードニックというのは語感で判断するに家名だ。
俺の視線に気づいた彼女が戯けた様子で肩を竦める。
「別に大した話じゃないよ。
バードニックってのは僕の、いや僕等の母のメイデンネームだよ。くくっ、やはり姉妹だけあって僕等は似てるね。笑えてくるよ」
笑えてくると言うのなら、言葉だけでなく表情もしっかりと笑顔を浮かべて欲しい。
「似てる風には思えないですけど」
「似てるよ。結局囚われてる。嫌な呪縛さ」
「……」
『クオンもしかして彼女は……』
「で、どうだい? 思考の時間はたっぷり上げた。説得、してみてくれるかい?」
レアの言葉が彼女の声で掻き消えた。どうやらもう世間話はおしまいのようだ。
「しませんよ」
会話中殆ど空気だった彼女の後ろに控える秘書と女性が、目を見開いた。断るとは想像していなかったのだろうか。
「……そっか」
「無駄って分かってることはしない主義なんで」
「無駄かなー?」
「無駄じゃないですか? 俺が何したって」
肩を竦めてそう言えば、掌で目元を隠し彼女がクスクスと笑った。隠されていない口元は確かに笑っていた。
「例えばこの街に君の居場所がなくなるとしても協力できないかい?」
「一人旅、いや一人と一羽旅の俺には関係ない話ですよ。それに俺の居場所は元々此処にはないですから」
……俺の居場所はきっとこの世界には存在しない。彷徨って放浪して、各地を回ってもきっと見つからない。
その理由は言うまでもなくーーーー俺はこの世界にとって異物以外の何者でもないのだから。
「そうかい、それは残念だ」
ルミナ・ベンデルーンが目を閉じて、片手を挙げた。
すると扉が開き、ドタバタと完全武装状態の兵士が両の手が埋まるほど入ってくる。
『クオン』
「これは……ちょっと予想外ですね……」
えっ、あれ? 俺の想像してた展開と違う。たしかに放浪者の君に僕が出来ることはないね。僕の降参だよみたいな感じで許してくれる雰囲気だと思ってたんですけど。
「とりあえず捕まえちゃって」
「えっ、ちょっ!?」
ジリリと槍の穂先を俺の方に向けてにじりよってくる完全武装兵。立ち上がり後退しようとするも、腰を僅かに上げた瞬間、兵士のにじりよるスピードが上がって腰を中途半端に持ち上げた状態で止めた。
視線だけルミナの方を向ければ、ルミナはニコニコと口だけの笑顔を浮かべており、後ろの秘書と女性はニタニタと人を小馬鹿にしたような下卑た表情をしている。
『……もしかしてこれ、動いたらやられませんか?』
もしかしなくても、ぶすりだろうなぁ。
(あの槍、刃の部分が柔らかい引っ込むナイフの槍バージョンだったりしない?)
『言ってる意味が全然わからないです』
フィアとヒトヨが自分が出ていいものか判断しかねているし、アイヴィスはレアの中でなんかめちゃくちゃ騒いでる。
これはフィアの力を借りないと厳しいかなぁ。
そう思ったその時、扉側、つまり廊下の方から大声が聞こえ、視線をそちらに向けた刹那扉が爆ぜた。
「ルミナァァァ!!」
そうして入ってきたのはぐてっとした武装兵を脇に抱え拳を振り切った状態のバードニックさん。
「……ぇえ」
あまりの急な事態に固まることしかできないこの部屋にいる全ての者。
否、視界の隅でバードニックさんの妹、そしてこの城の城主でもある彼女、ルミナ・ベンデルーンだけは一瞬静かに笑みを深めてから、それがさも嘘だったかのように潜めてこの場を乱した侵入者にして姉、バードニックさんの方を向いて、
「くくっ、いらっしゃい姉さん。相変わらずだね」
なんて事はないかのように、ただ片手を挙げてそう言葉を発した。




