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40 ルミナ・ベンデルーン

 


「ごめんね、予想以上に会議が伸びちゃってさ」


 言葉だけの謝罪。心の中に陳謝の気持ちなど一切ないだろうに、上辺だけで心を込めたかのように自らをルミナと名乗った紫の髪を肩まで伸ばした女性はそう発言して見せた。


 彼女の後ろには俺をここまで案内した秘書ともう一人、女性が脇を固めるように立っている。ただ彼らは置き物のようにただ佇むのみ。


「別に気にしてませんよ。ただ自分もそれなりにやることがあるから早めに済ませてもらえますか」


「敵愾心ムンムンだね。そんなに気分を害することしちゃったかな? 遅れたのは申し訳ないとは思ってるけど、それで気を悪くしたなら小さくないかい?」


 自然体でそれが当たり前かのように問いを投げかけるルミナ。小馬鹿にしているように感じるその喋り方に言葉遣い、内容。


 だがそれは蔑んでいるのでも、咎めているのでもなく、その言葉通りに馬鹿にしているわけでもない。


 挑発だ。


 誘惑だ。


 乗ったら最後、波に飲まれて連れ去られてしまう。


「無駄話はいいっすから。用件を」


 だが俺には魔導書の精神安定の力がある。怒りにも流されない、甘美な誘惑にも騙されない。

 もし仮にこの力がなければどうなっていたかは、言わなくともいいことだ。


 無礼な態度にルミナ・ベンデルーンの背後に控える者達が俺を睨みつける。


「まあまあ、世間話は案外無駄にならないもんだよ。くだらない一笑に帰す話だとタカを括っていたら痛い目を見るもんさ」


「生憎と一人旅なもんで、世間話をする機会がないので苦手なんですよ。見逃してもらえませんかね」


「へぇ……一人旅。その鳥ちゃんはお仲間じゃないのかな?」


「いえいえ、仲間ですよ。訂正させてください。正しくは一人と一羽旅ですかね」


 うわっ辛い。何この全く意味のない会話。敬語の使い方俺合ってる? それに腹の探り合いとか俺苦手なんだけど。

 ……バードニックさんに腹の探り合いって言ったらまた殴られそうだなって思いました。


「ところでさ、クオンは冒険者なんだよね?」


「ええ、まだ新米ですが。それが何か?」


「クオンが冒険者になったのはサモリタ王国だよね? つい最近この街に来たみたいだけど、サモリタ王国とレザール帝国の間にあった関所で許可証は貰った? 最近不法入国者が多くてさ、出来れば念の為提示してもらいたいんだけど」


 ……許可証? そんなものが存在するのか? っていうか何でコイツは俺が冒険者登録した場所を知ってんだ。


『……おかしいですね。ギルドカード発行国などギルド職員以外知ることは不可能です。それに関所を通る際必要なのは身分保証と税であって、許可証など存在しないはずですが……』


(……ハッタリ、か……?)


『……いえ、少なくとも発行国に関しては当てずっぽうではないでしょう。流失か、もしくは』


 買収、か。


 確かにこの街で領主と同等の権力を持つ目の前の女ならば可能かもしれない。


(管理が杜撰過ぎないか? 個人情報なんだから、もっとしっかりとセキュリティをだな)


『発行国など通常意味を持ちませんからね。発行国、名前ぐらいは一職員でも知ることは簡単です。それ以上の情報をとなると誓約に契約にと忙しくなるのでほぼ不可能ですが』


(で、関所の方は?)


『ない……はずですが、断言は出来ません。ここ最近で変わった可能性も否定できませんから』


(いや多分だが)


「おーい、どうしたの? 許可証、見せてもらえる?」


 ニコニコと人受けの良さそうな笑みを浮かべているが、瞳が笑っていない。


「いや、自分が通った時には無かったですね。つい最近施行されたものですか?」


「あれ? そっか、ごめんね。聖国と勘違いしちゃったよ。僕としたことが、いけないいけない」


 タチが悪いにも程がある。


 正しい情報の中に嘘の情報を混ぜ込むことで、その嘘を信じさせる。そして相手を急かすことで思考にロックをかける。


 詐欺や何やの常套手段じゃねぇか。


 この場でいう正しい情報は俺の冒険者ギルドカード発行国。嘘の情報は許可証だ。

 これに騙されて、今は生憎と持ってなくて。なんて言おうものなら、えっ? そんなものないけど本当に持ってるの? もしかして嘘ついてる? 嘘つくって何かやましいことでもあるの? ってな感じで追い詰めていくわけだ。


『ちなみにですが聖国との間にも関所で発行される許可証などないはずです。別途必要になるものはありますが。恐らく、クオンがこの世界の常識に疎いことを悟られていますね』


 嘘を嘘で塗り固めてやがる……。

 むしろ凄いな、良く表情を変えずにこうもスラスラと嘘を吐くことができるもんだ。


「ねぇねぇ、ところでさ冒険者やってるんだよね?」


「そうですね」


「Dランクの依頼って難しい?」


「えっ、難しいんじゃないですか? 知りませんけど」


「あははははっ、難しいんだっ。がんばれー」


 酔ってる? 


「でも凄いよね。そんなこと言っててもCランクの魔物は倒せちゃうんだから」


「……」


 ……酔ってるわけがない。この得体の知れない女が酔えるわけがない。


 監視されていた? いつからだ? レアや召喚獣達が気づかなかったのか? 


「さ、世間話はこれくらいにして、本題に入ろうかな」


 風向きが悪い。

 未だ俺は相手が何処まで把握しているのかを理解出来ていない。


 フィアやヒトヨのことを知られているのか。それともレアの存在まで知られているのか。アイヴィスは?


 それともまた嘘を吐いているのか。


 ただの嘘つきなのか、それとも全てを見通しているのか、俺には判別つけられない。



 そんな彼女が次に放つ言葉、それは、



「単刀直入にさ、バードニックの店に近寄るの止めてもらえる?」



 バードニックの店への訪れの禁止だった。


「……理由を聞いても?」


「言わなくても分かるだろうけど、言ってあげるよ」


 僅かに一拍、呼吸を置いた。胸が微かに弾み、紫の何処かで見た髪色の髪が仄かに揺らめいた。


「簡単に言うと、彼処の店主、バードニックが私の姉だからさ」


 あ、やっぱり? なんとなくそんな気がしてた。




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