4 小さな妖精『フィア』
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「さっきは良くもやってくれたな、熊野郎!」
「グオッ? ……グオ、グルァアアアアア!!!」
突如背後に現れた俺に熊は間抜けな声を上げる。しかし、俺の姿を捉えると怒りの雄叫びを上げた。
そして流れるようにそのまま行われる突進。それは先ほどの突進よりも早く見える。が、大丈夫。召喚型魔導書の所有者には精神安定の力が宿る。自覚したからか、これ以上ないほど心が落ち着いている。
それに加えてーー。
俺の右手には開かれた黒い本。送還された直後、急ぎ拾ったレアだ。先程まではなかった翼のような紋様と文字が、こちらでも描かれていた。
空いた手を前方に構えた。
レアの言葉を思い出せ。
『まず私を手に持ったら開き、ただ一言大きな声で叫ぶだけです。それだけで召喚の基礎は完成です』
「ーーーーサモンッ!」
前方に俺をこの世界に呼び出した時と同じ紋様、魔法陣が浮かび上がる。
『基礎が完成したのなら、後は呼び出す召喚獣の名前を呼ぶだけです。初回ではありますがーー中々に強力ですよ』
ーーーー信じるぜ、レアの言葉をよ。
「来いっ! 【ディロフェアリー】!!」
魔法陣から緑色の光が見え、
次の瞬間には魔法陣の真上に小さな三十センチ程度の白色の髪をした羽の生えた少女が宙を浮いていた。
突如としての召喚、しかも戦闘中の召喚だというのにその少女、ディロフェアリーは目の前に迫る熊を視界にとらえても落ち着いていた。
彼女は静かに左手をくるりと回す。
次の瞬間、熊が勢いよくすっ転ぶ。
「グルァアアアアアアアアア!?」
何が起きたのかと俺も驚いたが、どうやらディロフェアリーが植物を操り、脚を掬ったらしい。
「ふぃー!」
転んだ熊に向かって、ディロフェアリーが今度は両手をかざす。
両手から透明の球が現れ、それが熊の顔めがけ勢いよく向かっていく。
あれが魔法……。初めて見る魔法に興味なんかよりも強い驚きを抱いた。
その魔法は熊の顔にぶつかるのではなく、熊の顔を包み込んだ。
「ガ、ガァ……ガァァアア……!!!」
苦しそうな声を上げる熊が包み込んだ魔法を消そうと必死にもがくが、全く消える気配がない。
水魔法ってところか。ディロフェアリーは熊を水で溺れさせているわけだ。可愛らしい姿で恐ろしい。
今はそれがありがたいわけだが。
「ガァ…………」
抵抗することすら途中で辞めた熊はそのまま静かに動きを止めた。
ディロフェアリーは静かに生命を絶った熊に一目すらくれず、俺の方へと振り返る。
「ふぃ〜!」
そしてまっすぐ俺の方へと向かってきてーー。
「ぶへっ!」
俺の顔にしがみついた。
「ふぃー」
そしてペチペチと掌などで俺の顔を叩く。
あの、せめて御礼とお詫びを言わせてもらえませんか? ディロフェアリーさん。
人差し指でトントンと叩き、その想いを伝える。
「ふぃ!」
ディロフェアリーが肯定を示すような声を出し、離れていく。凄いな、ちゃんと言うことを聞いてくれるのか。
「ディロフェアリー、そこで手を挙げてくれ」
「ふぃ!」
手を挙げてニコニコと笑うディロフェアリー。
やだ、可愛い。
改めてディロフェアリーを観察してみる。小さな身体に羽が生えており、白髪の少女。身長は三十センチぐらいと思ったが、それよりも小さい二十センチやそこらだろう。目は宝石のように綺麗で碧い色をしている。
人形と言われても違和感はないだろう。
っと観察もいいけど、
「呼び出して、初っ端戦闘でビックリしたろ。ごめんな、それと助けてくれてありがとう」
「ふぃ!」
気にしないで、と言わんばかりに手を振って笑うディロフェアリー。
うーむ、黒本さん……じゃなくてレアの時も思ったが長いと呼びづらいな。
「ディロフェアリーは名前とかあるのか?」
「ふぃ?」
『召喚で呼び出した召喚獣には名前は存在しません』
「おっ、そうなのか。ってか普通に喋れるんだな」
『厳密には喋ってはいません。この声は所有者たるクオンにしか聴こえていないので。喋るに該当する行為を行うには使用してしまった魔力を取り戻さねばなりません』
言われてディロフェアリーの様子を見れば、俺を不思議そうな顔で見つめている。
どうやら本当に聞こえていないようだ。
魔導書と所有者の間でしか、通用しないテレパシーのようなものを利用しているってわけか。
で、魔力が有れば喋れるよと。
「てか、そんなんできるんだったら最初から喋ってくれればよかったのに」
『魔導書には制約が色々とあるのですよ』
「そんなもんか」
『そんなものです』
なんて話をレアとしていると、ディロフェアリーの視線が先ほどよりも訝しげなものを見るようなものに変わっている。
「あー、ディロフェアリー。別に独り言ってわけじゃないんだ。この魔導書とテレパスみたいなのをしててだな」
「ふぃ?」
「……掌をオデコに当てなくても大丈夫、熱があるわけじゃないから。まぁ、今度説明するよ」
今はディロフェアリーに名前を付けてあげないとな。
「ディロフェアリーだからディロ!」
「ふぃ!?」
ブンブンと首を振って嫌がるディロフェアリー。いや冗談だよ。流石にね、どう見てもディロフェアリー女の子だしもっと可愛らしい名前の方がいいだろう。
『ディアボロスなどどうでしょうか』
「却下」
『!?』
なんで悪魔なんだよ。どう見ても可愛さからして天使だろ。まぁ熊を殺した時の容赦の無さは悪魔だったけど俺を救ってくれたのだ。そこも天使だ。
『ではディアブロなどは』
「却下」
『!!??』
だからなんで悪魔なんだよ。
この可憐さに似合わないにもほどがあんだろ。こいつもしかしなくてもネーミングセンスゼロだな。
「ふぃー?」
「あーそうだな。じゃあ、今日からお前はフィアだ」
ふぃーふぃー言うし、フェアリーだからフィア。付け方のセンスはないが可愛らしい名前ではあるだろう。
『クオン、そのような名前で納得するはずありません。やはり私がーー』
「ふぃー!!」
『!?』
「気に入ってくれたようで何よりだよ。これからよろしくな、フィア」
「ふぃー!」
『……おかしいですね。私の考えた名前の方が……』
何か言っているがスルーで構わないだろう。
「レア、この熊は放置でいいのか?」
『アスタロト……いや、ガイウスのような……王道のルシファー……』
「おーい、黒本さん?」
どんだけ悪魔好きなんだよ。
レアの素性を詳しく知らないけどもしかして悪魔関係の方なんですか? 悪魔崇拝的な契約しちゃいけない本と契約しちゃった? 契約者は死後、魂を喰われるとか実は国を追われた禁忌の魔導書とかないよね。……よね?
『はっ……失礼しました。肉は高く売れませんが牙か爪でも持っていけば、多少の路銀にはなるかと』
「あー、そっか。この世界で少なからず金も必要なんだもんな」
さっさと元の世界に戻りたいところではあるが、レアの口ぶりからするに一日やそこらで帰れそうに無い。こっちの世界でどのくらいの期間過ごすことになるのかは不明だが、金は確実に必要になる。
「……でもこれどうやって剥ぎ取るんだ?」
「ふぃー!」
俺が悩んでいるとフィアが小さな掌を熊にかざす。すると掌から何かが放たれ、熊が分割された。
『風魔法ですね。少なくとも三種類の魔法を操るとは、このディロフェアリー……ではなく、フィアはかなり優秀ですよ』
「……おお、そうか。ありがとな、フィア」
「ふぃー!」
でも俺に返り血バッシャバシャだし、熊はかなりグロいことになってるからやる前に一声掛けて欲しかったな。もし精神安定の力がなかったら俺、三日は肉食えないよ?
血の匂いでまた獣が寄ってくる前に血濡れの爪と牙を回収し、急いでその場を去り最寄りの街を目指す。
ちなみにポケットに入らないから手持ちだ。
「で、街はなんて言ったけ」
『ハンスレイです、もう防壁が見えてくるはずですよ』
話をしていると本当に街が見えてくる。
街の名はハンスレイ。後一踏ん張り、俺は歩くペースを早めた。
主人公は後々強くなる予定




