34 誉れ高き鎧『アイヴィス』
『起きてください! 来ましたよ! やはり私の予想通りです!』
あー、はいはい。そういうことね。
恐らく、昨日話していたように召喚獣を召喚出来るだけの条件が整ったのだろう。ヒトヨを召喚出来るとなった際も確か、こんな感じだったと思う。
このパターンは二度目ということもあり、落ち着いて対応できた。
「新しい召喚獣だろ、わかっあだっ!」
嘘だった。全然対応出来なかった。
『早く召喚しましょう! ついに私が名付け親です!』
「あだっ、いだっ、はしゃぐのはわかるが頭の上で跳ねるのをやめなさいっ!」
それに名前だけは付けさせないからな。もう付ける名前は既に決めてあるし。
可愛らしい姿をした子達に悪魔の名前をつけようとするやつは信じられん。
*
さて、やって参った。森の中。
普段ならまだ宿にいる時刻。太陽はまだほんのりとしか姿を見せていない。
「フィア、ヒトヨ。お前らの妹みたいなもんだから優しくな」
「ふぃ!」
「チュン!」
[早く! 早くしましょう!]
「お前はとりあえず落ち着け」
大きく頷く二人。フィアはヒトヨの召喚を経験しているから比較的落ち着いているが、ヒトヨは他人の召喚を見るのは初めての経験。目を輝かせ、今か今かと羽をはためかせている。
それでもレアよりは落ち着いているのだから大したモノだ。いや、レアがはしゃぎすぎなだけだな。
[はやく! はやく! クオン、はやく!]
「わっーた、わっーた。だから落ち着け」
俺もワクワクしているというのに、レアのテンションに掻き消されてしまう。
レアはホントとりあえず落ち着け。お前、召喚を経験するたびにどんどんテンションが上がっていってないか? 普通こういうのって経験するごとに落ち着いていくもんなんだけど。
「じゃあみんな待ちきれないみたいだし、さっさと召喚するか!」
俺が何かいう前にレアが開いた状態で、俺の手に収まった。一刻も惜しい、それほど楽しみだということだろう。
フィアとヒトヨが俺たちの後ろに下がる。
俺はレアを片手にもう一方の手を前に突き出して、
「サモン! 【リビングアーマー】!」
そう叫ぶ。
するとフィアとヒトヨの時と同じく、地面に現れた魔法陣から緑の光が放出された。
そして光が収まり、現れたのはフィアやヒトヨに比べ大きな体格の召喚獣。
俺とよりも頭一つ分低い程度の大きさを誇る首から上のない銀色の鎧、リビングアーマーだ。
ちなみに俺よりも低いのは身長的な面での話であって、横幅というか体格自体は鎧だからか、リビングアーマーの方がいい。
いや、リビングアーマーは頭部がないため、頭部があると仮定すると本来は俺と同じか少し低いぐらいか。デッケーな。
俺はゆっくりとそんなリビングアーマーの元へ歩いて行く。リビングアーマーは最初、周囲をキョロキョロしていたが、近づいてくる俺に気づくとおとなしく待っていてくれた。
「俺がお前? 貴方、うん、いや、あっ、君を召喚したクオンだ。よろしく頼む」
「ーーッ!!」
今までこう手乗りサイズの召喚獣しか召喚して来なかったから、人型サイズの召喚獣の呼び方に戸惑ってしまった。それでもなんとか、なったかは分からないけど取り繕い握手するために片手を差し出した。
しかし、リビングアーマーは俺の顔を一瞥(首から上がないから実際には分からないけど)すると、静かに片膝をつき、頭(無いけど)を垂れた。
その姿はさながら王に忠誠を誓う騎士のようで。
「ちょっ、いいから! 最初の挨拶で吃っちゃうような俺にそんなことしなくていいから!」
「ーー」
必死になって止めるが、リビングアーマーがその姿勢を解くことはない。多分、忠誠を誓ってくれているのだと思うのだが、フィアもヒトヨもそういうタイプじゃなかったから動揺が隠せない。
こういった時は話を変えるに限る。
「と、とりあえず立ってくれ! 仲間を紹介しないとだからさっ」
「ーー」
そういうと若干不服そうに立ち上がるリビングアーマー。いやなんで不服そうなんだよ。
[やっとですかっ! 待たせすぎですよ!]
「チュン!」
レアとヒトヨに叱られた。俺は別に悪くないだろうよ……。
[私は魔導書のレアと申します。困ったことがあったらなんでも聞いてください」
「ーー!」
レアに向かってペコリと上半身を下げるリビングアーマー。
フィアとヒトヨは本が喋ったからか、最初レアと挨拶を交わした時にかなり驚いていたが、リビングアーマーはそんなことがないようだ。まぁリビングアーマーも鎧だしね。
「ふぃふぃふぃ!」
「ーー!」
レアの挨拶が簡単に終了すると、次はフィアが挨拶する番のようで、胸を張ったり手を挙げたり動きを加えて挨拶している。
ちなみにレアは相変わらず自分の召喚獣が気になって仕方ないようで、リビングアーマーの周囲をぷかぷか浮きながら観察している。
フィアに対しても、上半身を下げ一礼。この子礼儀正しいなぁ。
「チュンチュン!」
「ーー!」
ヒトヨが挨拶をするとまた一礼。そんな彼? 彼女? をヒトヨが自分にはしなくてもいいよと止めている。それでもリビングアーマーは俺に跪いた時のように止めることはない。
滅茶苦茶礼儀に厳しいタイプの子なのか?
多分、帰り道に買い食いとか寄り道を許さない風紀委員タイプだな。知らんけど。
ちなみにレアは相変わらずリビングアーマーを観察してるし、フィアはリビングアーマーの中を覗き込んだり肩や背中に乗ったりしている。
ごめんね、召喚したばっかで。
「で、早速だけど名前を付けたいと! 思います!」
一通り挨拶をし終わったところで、まだ三度目だが恒例の名付けを行うことにした。
その場にいるみんなが雰囲気で拍手してくれる。リビングアーマーも最初は疑問符を浮かべていたが、すぐに乗ってくれた。見た目は鎧だからガチガチで厳ついのにすげぇいい子。
「えっと、まず確認なんだけど名前ってあったりする?」
レアに召喚獣に名前は無いと聞いてはいるが、一応確認をとっておく。
「? ーー」
「なさそう、か? じゃあ俺が名前を付けてもいいか?」
「! ーー!!」
「うおっ! そ、そんな嬉しいか?」
俺が名前を付けると言った瞬間、急に距離を詰めてきて手を握られてぶんぶんと振られた。喜んでくれているようで何よりだ。それにしても鎧だから手、冷たいね。
そして、リビングアーマーは最初に挨拶を交わしたときのように俺の前で片膝をついた。
まるで王から剣を賜わる騎士のように、それが神聖な儀であると示すように。
うんまぁそれでいいよ。
俺的に堅苦しいことはしなくてもいいのだが、この子にはこの子のやり方があるのだろう。それを無理に変える必要などない。あれだろ、宗教的な? ちょっと違うか。
「うん、じゃあ今日からお前はアイヴィスだ! 改めてこれからよろしく頼むな、アイヴィス」
「ーー!!!」
ぶんぶんと頷きを表して、上半身を前後するアイヴィス。
このアイヴィスという名前、ある有名な防具の名前をもじったものだ。最初は俺と一緒に、いずれはアイヴィス一人に前衛を受け持ってもらうつもりだから、どんなもの、ことからも守ってくれるように、希望と期待を込めて付けさせてもらった。
[アイヴィス、実はその名前には私の意見も取り入れられているのですよ!]
「ーー?」
[そうです、良き名でしょう!]
「ーー!」
アイヴィスに名前を喜ばれて上機嫌のレアは見ていて微笑ましい。
そう、レアの言う通りアイヴィスの名前はレアの意見も参考にさせてもらっている。
この名前がいいと駄々を捏ねるレアの案から一文字取り俺の案に組み込んだのだ。
彼処まで喜んでいるのを見ると、次もこんな感じでみんなの意見を取り入れるのがいいのかもしれない。勿論、みんなだからレアだけでなくフィアにヒトヨ、アイヴィス達の召喚獣組の意見も聞いてな。
「早速だけどアイヴィスの力を見せてもらおうかな」
「ーー! ……ーー」
かなり意気込んでいたアイヴィスだが、腰に手を当てると俺に何かを訴えるようにこちらを向いた。
「あっ、武器がないのか」
[……そこまで気が回りませんでしたね]
うんうんと上半身で頷きを示すアイヴィス。
そのまま、剣を引き抜き、構える動作をして剣が欲しいことを伝えてきた。
「じゃあ一旦帰らないとな」
「ーー!?」
自分のために手間をかけさせるのを悪いと思ったのか、アイヴィスが帰ろうとする俺たちを止めてその場で拳をシュッシュッと振るって見せる。自分なら武器無しの徒手空拳でも大丈夫です、と言っているようだ。
「別に手間でもないから大丈夫。どうせ後で買うことになるなら早い方がいいだろ」
[はい、早速戻りましょう。アイヴィス、これから迷惑かけるのは私達ですので気にしないでください]
「ーー」
「ほれ、戻るぞ。フィアもアイヴィスの肩に座ってないでこっち戻ってこい。ヒトヨはそのままな」
「ふぃ」
「チュン」
申し訳無さそうに両手を合わせるアイヴィスに気にしないよう言い聞かせて、俺たちはアイヴィスの剣を購入するため、一度街に戻った。




