29 個別依頼
「すいませーん!」
「はっ、はいぃ! その声はクオン……さんですかっ? 今行きますので少々お待ちいただけるとっ」
言われた通りに待ちはじめてから三分後、髪と服が乱れたバードニックさんが店の奥から顔を出した。
「大丈夫っすか?」
服が乱れたと言ってもエッチな方向には乱れていないので俺は至って冷静だ。もっと胸とか足をこう出してくれればなぁ。俺のパーティーメンバーはそういうのないから、こういう場所で補給しておかないと。ほら、レアとか平らだし。
『クオン』
(な、なんだよ)
『いえ、名前を呼んだだけですが? 何か変なことでも考えていたので?』
(……ご、ごめんなさい)
『素直なのはいいことです』
クソ、別に悪いことはしていないのに謝ってしまった。多分潜在的に心が負けを認めている。心の底から情けない。
「ちょっと色々ありまして……ってそれは良くてですねっ、今日はなんの御用ですかっ?」
「昨日買うの忘れてたんですけど、ポーションと魔力薬ってありますかね。後は包帯かなんか有れば」
昨日、俺としたことがポーションを買い貯めておくのを忘れていた訳だ。
魔法が存在するこの世界にはある種当然が如く、回復魔法やら傷を癒す魔法が存在している。
しかし、その適性者の希少性と言ったらとんでもないレベルだ。擦り傷を癒す程度の適性しか持たぬ者であっても将来性に期待して街や国が保護するレベルだと言えばその希少性が窺い知れるかもしれない。
傷を癒せるという莫大な需要に対して供給が少なすぎるため、需要が跳ね上がり曲線がえらいことになって価値が跳ね上がっているのだ。
中でも欠損を治せるレベルの適性を保持した回復魔法の使い手は聖者、もしくは聖女と呼ばれ、一国の王であっても無視できぬ発言力を有するのだとか。
俺もレアの話を聞いただけだから詳しくは知らないが、帝国にも一人、そのレベルの使い手が存在しており、『焔の聖者』と呼ばれているそうな。何でも帝国を支配している皇帝と唯一対等の立場を保持しているらしい。
まぁそんなわけで回復魔法の資質を、そして資質ある者を望むのは馬鹿ですらしないこと。だから俺はポーションを買い貯めておこうとしているわけだ。
希少性云々をこの世界唯一無二の召喚型魔導書たるレアに選ばれた俺が言うのもなんだとは思うんだけどね。
「それでしたら沢山あるので是非っ」
「じゃあとりあえずこれで買えるだけください」
俺の渡した額にバードニックさんは小さく驚愕の声をあげたが、すぐに選びに行ってくれた。
「効果は均一の方がいいですかねっ?」
「いや、三段回ぐらいに分けてくれるとありがたいです」
「りょ、了解ですっ」
ポーションと魔力薬を種類毎に袋詰めしてくれるバードニックさん。
仕事が出来ない風には見えないし、人当たりも悪くない。魔道具だって自分で作れる優秀な女性だ。
やはり気になる。
そんな彼女がどうしてこんな、いや、こんなって言い方は失礼か? このボロボロの店で商売をやっているのだろうか。
「……こんなにポーションや魔力薬を買って何をするんですかっ?」
「いざというときに困らないように。ですかね」
ミカが襲来して来たときのようなことがこの先起こらないとは限らない。いや、限らないではない。きっとこの先何度も起こるだろう。痛みや傷を代償にしなきゃいけない時が、何度も、何度も訪れる。
そんな時、死なないように、生き延びるために必要なのだ。
怪我はしてもいい。だが死ぬわけにはいかない。元の世界に待たせている人達がいる。
それに、俺が死ねばレアが一人になってしまう。
だから俺は生き残らねばならない。
「こっちもひとつ聞いてもいいですか?」
「は、はいっ、なんでもどうぞっ」
「……言いたくなかったら言わなくてもいいんですけど、どうしてバードニックさんはここでお店を?」
切り出してからやっぱり言わなきゃ良かったか? と微かに後悔の感情が表層に溢れた。
か弱いだろう彼女がこのボロボロの店で商売をしているのにはそれなりの理由があるはずだ。それをまだ数度しか喋っていない俺が聞くなど。
「ち、力試しですっ」
「へっ?」
「ち、力試しですっ」
聞こえなかったわけじゃないよ? 聞こえた言葉が想定外だったから一瞬、理解出来なかっただけ。
「それだけではねぇ……ないんですけどそれが理由の一端ですっ」
「へぇ、話してくれてありがとうございます、バードニックさん」
だから口調に関しては触れませんね。
「す、すいませんっ、なんかこんな理由でっ」
「いやそんなことは全くないっすよ」
俺としては寧ろ好感を覚えたぐらいだ。
商売と武力で方向性は異なるけれど、同じ力を求める者として。
「俺も気持ちはわかりますから」
「へっ? クオンも……クオンさんも商人なんですか?」
「いや、冒険者なんですけど、その力試しって気持ちがですね」
まぁ俺の場合、力が欲しいとか力を試したいわけでなく、この世界でどうにか生き延びるためにどうしても力が必要なだけなので少し違う気もするが。
「やっぱり冒険者……」
俺が冒険者といったその瞬間、ポーションの袋詰めを終了し、魔力薬の袋詰めをしてくれていたバードニックさんの動きが止まった。そして俺をゆっくりと一瞥した。
一瞬、ほんの一瞬だ。
彼女の纏う雰囲気が一変した。セミが殻を破り表に顔を出したような、鞘に納められていた刀が刀身を剥き出しにしたような、そんな感覚。
今まで被っていた皮を剥ぎ、一瞬彼女が本性を見せた。いや、正直あんまり被れてなかったけど。
刹那覗かせたその本性は、商人のものとはとても思えなかった。同族喰らいと向かい合った時のような力強さ。フィアとヒトヨが僅かに身体を警戒状態に移行させるほどの迫力。
ミカのような不気味さも、不透明さもない。
ただ彼女が一瞬纏った雰囲気は純粋に強さを感じさせた。
そんな彼女が俺の目の前に歩いて来て、
「ギルドを通さないで依頼って出来るか……じゃなくて、出来ますかっ?」
先ほどの雰囲気を霧散させて、そう口にしたのだった。




