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3 魔導書コントレアサモンス

 


 本を開くと光がーーーーなんてことはなく、俺が未知の空間に移動することもなかった。


 しかし、


『認証、クオン・ミショウの交戦を確認。初回召喚を承認致しますか?』


 またあの不思議な女性の声が俺の脳内に響いた。


 移動させてくれるんじゃねーのかよ。

 そう愚痴りたい気持ちを必死に抑えて、ただ先ほどの声を反芻する。


 認証? 召喚? なんだよそれ。

 未知が怖い。知らないことを運任せに決断したくない。悩みたい、死ぬほど悩みたいけど……悩んでる暇がねぇ!


「承認するッ!」


 これで何も起こらなかったら、恨むからな!


 もう熊が目前まで迫っていた。


 早く早くと急かし続ける心の焦りが思考を上書きする直前、声が響いた。


『承認確認、初回召喚を実行します。初回の為、別空間での説明を実行』


 熊が俺に向けて、爪を大きく振りかぶる。

 眼下に迫った熊の爪に恐れ、腕で防御体制を取った瞬間、俺はまた見知らぬ世界にいた。



 そこは白い空間だった。白以外何もない空間。



 いや何もないというのは語弊がある。

 そこには俺がいて目の前にはーー黒い本が空に浮かんでいたのだから。


『初回特典です、二百年蓄えてきた最後の魔力を用いて、所有者クオン・ミショウを一時的に転移させました』


「……やっぱり喋ってたのはお前だったのか」


 もっと最初に聞くべきことがあるはずだ。助かる方法だとか、どうやってとか、はたまたどうして転移させたのかとか。それに何よりも聴きたかったのは、此処がどこなのか、俺は家に帰れるのか、だった。


 だが俺が紡いだ言葉はご覧の通り。

 普通、本が浮いていたら腰を抜かしてもおかしくないってのに。

 冷静にただその言葉を吐き出した。


 だが、先ほどまで聞こえていた声とは少し違う気もする。完全に無機質だったあの声よりも、今目の前で喋っている声の方が感情が篭っている気がした。


 そして違う点がもう一つ。俺が握っていた黒本は無地で無字だった。しかし今目の前で浮遊する黒本さんは無字かどうかは知らないが少なくとも無地ではなかった。

 表紙には鳥の翼とも天使の羽とも受け取れる不思議な紋様と、何かしらの文字のようなものが描かれている。


『……半分肯定です。先ほども言いましたがクオン・ミショウを転移させたことは肯定です』


「……その様子じゃどうして俺を転移? させたのかは教えてくれなさそうだな、ええ、おい」


『肯定です。現在は教えられません』


 どうも今は俺の質問を受け付けてくれている時間のようだ。ただし、全部を説明してくれるかっていうとそうでもないみたいだが。


「……俺は帰れるのか?」


『肯定です。ただし帰れる時期はクオン・ミショウ、貴方次第です』


 手に力が籠る。


 俺次第。その言葉は俺次第では帰れないということを表している。だから、怖かった。こんな恐ろしい熊が闊歩している場所で暮らしていくなんて。元の場所に帰れない可能性があるなんて。怖かった。

 だがこれは希望だ。帰れる可能性が十分にあるのだから。それだけでやる気が湧くというもの。

 時期が未定、そこに怒りをぶつけることもできる。だが今はそれよりも、現状を把握したいという感情を俺は優先した。


「……此処……いやさっきまでいた場所は何処なんだ?」


『クオン・ミショウのいた世界とは別世界、アステントのメルテネシア大陸、サモリタ王国のペルテイの森です』


 ……情報量が多すぎる。



 だが不思議と納得する。

 本が浮き、喋るなんて異世界でもないと説明がつかない。元より気づいたら家から草原にいましたなんて、元の世界であり得るはずもない。


「……」


 違和感が頭を過ぎる。……しかし今は置いておこう。


 今は先ほどの言葉について考えるべきだ。


 俺の元いた世界とは異なる世界、異世界に存在する王国、その領土にある森。助けは期待出来るか?


「近くに街か、村は?」


『街が北東に十キロ程度、街の名をハンスレイです』


「ふーむ」


 十キロ程度先か、助けは来ないとみていいだろう。偶然森の中で出会すなんて可能性として考えるだけ無駄だ。


 それにしてもやはり森に入ったのは悪手だったか。あのまま逃げていた方が人と出会す可能性が高かった筈だ。



「……いや」



 ……その前にやはり気になることがあった。

 本と会話している、しかもスムーズに。異世界に来た、それを受け入れ始めている。その違和感が徐々に希薄になっていく。


 そう、さっきから違和感を感じていたのだ。

 俺は本来こんな未知の空間に連れてこられて、未知に遭遇し続けてほとんど動揺せずにいられるほど、肝が座った人間じゃない。家のブレーカーが落ちるだけで悲鳴を上げる程度には肝なしだ。


 それなのに、アステント? と言ったか。こっちの世界に来てから焦りや恐怖、困惑といった感情が普段の俺よりずっと薄い。

 熊に襲われた時、普段の俺なら恐怖一色で即座に逃げる選択などできなかったはずだ。


 俺が本当に恐怖らしき恐怖を感じたのは、熊が勢いをつけ始めた時と、眼下にまで爪が迫った瞬間。

 遅い、普通に考えて遅すぎる……生憎と俺はそんな度胸と胆力を持ち合わせていない。


 異世界だということを聞いた時もそうだ。微かに感情が揺れるのみだった。

 異世界だぞ。普通に考えればあり得ない話だ。本が喋るから、浮くから。確かに元の世界じゃ信じられない光景だが、そんな理由で納得できる話じゃない。まだマジックやドッキリの方が信じられる。

 だというのに俺は不思議と感情を昂らせることはなかった。


 これらを踏まえて考えられる可能性……。


「……俺を洗脳してる、のか?」


 他にいくつも可能性などありそうなものだが、俺の頭の中に浮かんできたのはコレだった。


『否定。所有者の心を安定させる「精神安定」の機能が、魔導書には備わっているそうです』


「何で伝聞形?」


『……』


 本に感情があるのかどうかは知らないが、あまり聞かれたくないことだってのは伝わってきた。


「……魔導書ってのは黒本さん、アンタのことだよな?」


『肯定』


 黒本さんの所有者、つまり俺には精神を落ち着かせる効果がかかるってことか。


 信じていいのか?

 ……いや、信じていいのかではない。信じるしかない。

 どの道、ここから俺はこの本頼りだ。元の世界に帰るにもこの本が必要だ。この発言を信じないのなら、此処が異世界という話から疑わなければならなくなる。


 それに疑うのは後からでもできる。


 俺はこの世界について何も知らない。

 俺が元の世界に帰る方法はおそらくこの本が握っている。それに仮にも熊から命を助けてもらったわけだ。まぁそんな危険に陥ってるのはこの本のせいな訳だが。


 結局、信じるしかあるまい。


『……ところで黒本さんとは?』


「あー、アンタのことだったんだけど、嫌だったか。ただ名前を知らないからな」


 ずっと黒本さんってわけにもいかないよな、そりゃ。てかまず本に名前あんの?


「俺の名前は知られていたみたいだけど、改めて。クオン・ミショウだ。黒本さんの名前を聞いてもいいか?」


 いや、ほんとはミショウクオンだよ。けどまぁ、英語みたいな感じなのかなって。郷に入っては郷に従え。黒本さんが俺をそう呼ぶのなら、きっとこの世界ではそれがスタンダードのはずだ。


『失礼しました。私はこの世に二つとない召喚型魔導書、コントレアサモンス。紹介が遅れた非礼をお詫びします、我が所有者クオン・ミショウ』


 召喚……魔導書? コン、レア……なんだって?


 黒本さんの方が呼びやすいじゃねーか。


「あー、じゃあレアさんって呼んでもいいか?」


『……お好きにお呼びください。敬称も不要です。クオン・ミショウ』


「あー、じゃあ俺のこともクオンでいいよ」


『ではそのように致します。クオン』


 おっ、今のはさっきまでより若干感情が篭っていたな。

 もしかしたらこの感情希薄な喋り方は演技で、この本の素ではないのかもしれない。


「じゃあ、レア。後で細かいことは聞くとして……本題に入ろうか」


 俺がレア、黒い本を開いた理由。


 それはあの熊から逃れる為だ。


「今、あっちはどうなってる?」


『私の本体の魔導書、その周囲を熊がうろちょろしてます。私の魔力ももってあと十分ほどでしょうからこのままでは戦闘は必至ではないかと』


「色々聞きたいことがあるが、まずその魔力ってなんだ?」


『魔力は魔法を行使する力。この空間は魔導書、つまり私の中に魔力で創り出したものですので、魔力が切れた瞬間、元の場所へと送還されます』


 つまりこの空間は魔導書、レアの中に存在している世界。それを魔力で維持しているため、魔力が切れればあの熊のいる場所に送り返される。その時間が十分程度、と。


 この空間がレアの中に存在するということは、目の前にいるのはレアの本体ではない。本体は熊がいる彼処に転がっており、此処にいるのは意識体、分体みたいなものだってこったな。


 意図せず、本体の意味も推測できた。

 時間がないのだから質問を短縮できたことはありがたい。


 それにしても魔法が存在するのか。空を飛ぶのが子供の頃の夢の一つだったんだがもしかしたら叶うかもしれない。ちなみに今は社会に出た時に浮きたくないとか考えてる。育成失敗したな。


「……レアは……いや、俺はどうすれば生き残れる?」


 俺は身長もそこそこ高いし、力もある方だと思うが熊と戦ったところで勝ち目がないことは分かっている。

 俺はあの熊にとって楽に狩れる食事でしかない。だが彼女は戦闘は必至だと言った。


 その時点で俺には打つ手なし。レアに頼るしか俺には手が存在しない。


『魔導書は使用者に力を与えます』


「ほう……」


 ……えっ、説明終わり?


「あー、なんだ。つまり魔導書、この場合ではレアを使えということであってるか?」


『肯定です。クオンは我が所有者。故に“召喚„の力が使用可能です』


「召喚?」


『私は母より産み出されし、唯一無二の召喚型魔導書です。召喚型魔導書が使用者に与えるのは召喚の力』


 召喚型……つまり魔導書には召喚型以外にも存在するということなのか?

 おっと違った。今はそんなことよりも召喚についての説明を聞かないと。


『召喚とは、呼び出すこと。自らの指示に従う召喚獣を呼び寄せることが可能です』


「召喚獣!?」


 なんだその男心をくすぐる言葉は。ちなみに他に男心をくすぐるワードは変身とか、カブトムシとか、合体とかロボとかな。後は巨乳やブラ透けなんかも男心をくすぐってやまない。


『制限も当然ありますが、今回の戦闘では気にする必要はないと思いますので、それは後で説明致しましょう』


「ああ、もうそろそろ制限時間だろ。急ごうぜ」


 俺がそういうと、本がその通りと言わんばかりに揺れる。

 そしてレアの説明が始まった。


『まずーーーー』






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