27 購入品
『かなりお金を使ってしまいましたね』
「仕方ない出費だ」
『まぁ、否定はしませんよ』
俺たちはバードニックの店で買った商品を収納でしまうために一度宿に戻ってきていた。
路地裏で収納しようとも考えたのだが、見られる危険性がないとも言えない。バードニックの店から宿までそれほど遠いわけでもなかったので一度帰ってきたわけだ。
ちなみに俺たちが店を出る際、バードニックさんはホクホク顔どころか、死ぬほど美しい笑顔を浮かべていた。
俺が彼女の店で買った商品は、風温卦を含め七点。魔道具の風温卦、ショルダーバッグのような収納具、腰に装着する袋、可愛らしい小さな人形、この世界でも有名な絵本、厚みのある布、そして裁縫道具の七つ。
『風温卦以外はそれほど高くありませんでしたね』
「まぁ、どれも魔道具じゃないからな」
風温卦は今は使わないので、レアを開きさらりと収納した。何度も出し入れすることになってしまうと思うが、かなり高価なものなので、宿に置きっ放しというわけにもいくまい。
「ほらフィア、これからはお前は俺の服じゃなくてこっちな」
「ふぃっ!」
俺がそう言って、腰袋を見せつけるとフィアがそっぽを向いた。
(だから言ったではないですか。フィアは嫌がりますよと)
確かに買うときに言われたのだが、いつまでも服の中ってわけにもいかないだろ。フィアが動くたびに凄い体が痒いし、服の中じゃバレる可能性だってあるし。むしろバレてない今までがおかしいまである。
「フィアぁ、ほらこの犬もここに入れるからさ」
「ふぃっ」
犬の人形を見せて機嫌を取ろうとするが、フィアは俺の手から小さな犬を奪うだけ奪って腰袋には視線すら向けない。
「レアぁ、ヒトヨぉ、俺はどうすりゃ良いんだ」
ちなみに送還するという選択肢は今のところない。何故ならそれはそれで俺が寂しいからだ。
『諦めるのはどうでしょうか』
「チュン」
「おっ、流石ヒトヨ何か案があるのか。レアとは違うな」
レアに頭を叩かれながら、ヒトヨの案を聞く。聞くというか動作で判断するだけなんだけど。この程度、伝心を使うまでもない。
「ほうほう、服の中に腰袋を……」
いや本末転倒では?
「結局服の中じゃん」
俺がそういうとヒトヨがシュンとした。レアの頭を叩く威力は強くなった。
その後何とか説得し、夜寝る前に今日買ってきた絵本を読み聞かせするという条件で、腰袋に入ることを合意してくれた。
「うし、フィアはこれでオーケー。次はヒトヨだな」
フィアは一度腰袋に入ると案外気に入ったのか、腰袋で寝息を立てて眠ってしまった。
ちなみにレアは俺の頭の上に乗っている。叩くのはやめてくれたからまぁ良しとしよう。
「チュチュン?」
自分もですか? 自分はこの位置を絶対に動きませんよ? と視線で訴えかけてくるヒトヨ。フィアもかなりわがままだが、ヒトヨも変にわがままなんだよなぁ。
「ヒトヨはフィアほど目立たないからな。そこで良いよ。ただ、少し楽にしてやろうと思ってな」
一度服を脱ぎ、裁縫道具と厚みのある布を使って少しだけカスタマイズ。
服を脱ぐとレアが無言で照れ臭そうに俺から少し距離を取っていたのが面白かった。本なのにそういうの気にするんだなとからかったら、めっちゃキレてた。反省した。
五分とかかることなく、裁縫は終了し、また服を着た。
『裁縫道具を買ったのですから当たり前ではありますが、裁縫が出来るのですね。しかもなかなかの腕前で』
「まぁ、俺が担当だったからな」
『それは一体……?』
レアが不思議そうにしているが、別に大したことではない。身内での、そう……役割のようなもの。あくまでも俺の身内の話。特別な何かがあるわけではない。だから詳しく語る必要もあるまい。
「ほら、ヒトヨ。乗ってみな」
「チュン」
ヒトヨがいつも通り、俺の肩に飛び乗った。瞬間、驚きの鳴き声を上げ、翼をはためかせた。
「チュンチュン!!」
「どうだ、かなり掴みやすいだろ」
「チュン!」
布を型取り、肩の部分と縫い合わせることで、ヒトヨの小さな脚でも俺の肩に掴まりやすいようにしたのだ。
ヒトヨはその部分でピョンピョンと飛び跳ねた後、俺の周囲を飛び回り、喜びを表現した。
うんうん気に入ってくれたようで何よりだ。
ただ洗うのと付け替えがめちゃめちゃめんどそうだ。改良案も考えよう。マジックテープみたいなの売ってないかな。
「ふぃ?」
「チュン!!」
「ふぃふぃ?」
「チュチュチュン!」
「ふぃ」
フィアが珍しく大きな声で鳴くヒトヨの声に目を覚ました。ヒトヨがそれに気づき、カスタマイズされた肩を報告しにいった。嬉しそうに鳴くヒトヨの頭を良かったねと頭を撫でるフィア。
そんな光景をただ静かに眺める俺とレア。
『フィアもヒトヨもなんだかんだ喜んでいるようで良かったですね』
「ああ、だな」
『…………私には』
「ん?」
『……私にはないのですか』
レアが俺の頭を優しくぽすぽす叩きながら、いじけたような口調でそう言った。
フィアとヒトヨにプレゼントをあげたからな。それはプレゼントと呼んでいいのかも分からないほど些細なものではあったが、プレゼントには変わりあるまい。
「忘れもしないし、蚊帳の外に置いたりもしないに決まってんだろ」
彼女は普段は色々なことに目が向くのに、自分のことになると途端に視野が狭くなる。俺が購入した商品はもう一つあったろうに。
「ほら、ずっと俺の手や背中、浮いてるだけじゃ落ち着かないだろ」
肩にかける収納具、肩掛けとでも表そうか。
その肩掛けを俺の頭に乗っているレアの上に乗せた。
『これは……私用だったのですか? お店で聞いた時は全く……』
「とんでもなくショボいけどサプライズ的なね」
『…………貴方は本当に……』
一度、肩掛けを実際に肩にかけ、レアに入ってもらう。
「どうだ、乗り心地? 入り心地? は」
『不思議な気分です。ですが、心が安らぎます。私は生まれた時から明確な自我が存在していたので、乗ったことはありませんが揺りかごに揺られるのはこういった気持ちなのでしょうね』
「なら、良かった」
でも、揺りかごに乗ったことがない理由は自我が云々じゃなくて、本だからだと思うよ。
っていうか、今更ながらなんですけど、レアの視界とかどうなってるんだろうか。流石に肩掛けに入った状態じゃ見えないよな。
「視界は平気なのか?」
『私は魔導書ですから問題ありませんよ』
理論はさっぱり分からないが、大丈夫なようだ。それなら何より。
レアが落ち着けるスペース確保にもなるし、この肩掛けを少しカスタマイズして魔道具ということにすれば収納する際、幾らでも誤魔化しが効くだろう。
「さて、姫様の期限も治ったことだし、飯食って依頼を受けにいくかね。今日も魔力集めに己を鍛えるのに大忙しよ」
『…………』
ある程度のイベントをこなしたし、気合を入れるたびに言葉を吐き出した。しかし、レアから相槌も肯定も返ってこない。
ちらりと肩掛けに入っているレアを一瞥する。
『……ただ、クオンに握られないというのも、少し、少しだけ寂しいですね……』
「レアの力を使うときなんかは絶対にレアを手に取らないとだし、それはないだろ」
『……ですかね』
「それがなくたって何かにつけて持つことになるんじゃねぇか? 例えレアが嫌がってもな。……俺たちは一心同体なわけだし」
そう言って俺は肩掛けを外して、レアをその手で掴み、ベッドに腰かけた。
『……全く、クオンは私のことが好きすぎですよ』
「かもな」
俺とレアの間を心地良い空気が流れていく。僅かに生じる沈黙がそれを余計に高めてくれる。
『……フィアもヒトヨも遊んでいますし、もう少しだけ二人でこうしていても良いのではないですか?』
「だな」
それから僅かの時間、俺とレアはただ二人、くだらない話をして過ごした。




