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26 風温卦

 


「ほう、これは音を出す魔道具であると」


「はい、私は音叉輪と呼んでいるのですけど、魔物や盗賊などに対する威嚇にも、味方に場所を伝えたりする際にも使えますっ」


 その魔道具は音叉とついてはいるが、用途も形状も音叉とは全く異なるものだった。

 言うなれば熊鈴みたいな、そんな感じ。

 うーむ、これは正直不要だな。俺たちには伝心があるし。


「じゃあこっちは?」


 カウンターの上には熊鈴を含め、数個の魔道具が並べられていた。その全て、彼女が作成したものらしい。純粋に褒めると照れ臭そうに謙遜していた彼女を見れた俺は非常に満足だったと言っておこう。

 そんな彼女の作成した魔道具、俺はその中から一つ、桶のようなものを指さした。


「ほーん、そっちに目を付けたか」


「……」


 おっと、喋り方が変わったぞ? いや気のせいだよな。さっきからおっちょこちょいぽくて綺麗な人が、まさかね。気づかない内に素が出ちゃったみたいな感じに見えたけど違うよね。


「そっちは中に入った水の温度を変える魔道具、風温卦ですっ」


 よかった。やっぱり気のせいだ。色気すらあるこんな女性が、あんな男っぽい喋り方するわけないんだよ。


『クオン、これは前からクオンが欲していた物なのでは?』


(あ? なんで?)


 俺、そんなこと言ったっけ?


『冷たい水で身体を洗うのは苦痛だと常日頃言っているではないですか。うるさいぐらいに』


 あああああ!! この魔道具めっちゃ使えるじゃんっ!


 思わず叫びそうになったが、必死に自分を自制した。


 この世界、アステントでは風呂が一般的な物ではない。

 大衆浴場はあるのだが、かのローマのように皆が入れる物ではなく、それなりに裕福な者、つまり商人や騎士、地主なんかしか入れない料金設定になっている。

 それなりに裕福な者と言った理由は簡単で本当に裕福な者は、大衆浴場ではなく家に風呂を作るわけだ。


 ただし毎日入るとは言っていない。


 この世界では風呂は娯楽だ。

 身体を綺麗にするだけなら、水で身体を濡らせばいいし、濡らしたタオルで身体を拭けばいい。

 お湯すら、手間がかかるので滅多に使うものではない。

 なので俺も宿では水で濡らした布で身体を拭いたりして身体を清潔に保っていたのだが、それが案外キツいのだ。風呂に慣れ切っている俺が、冷たい水でサッパリできるわけもない。慣れはしたから、地獄の時間と言うのは大袈裟だろうが、苦痛であったことに間違いはない。


 フィアに一度魔法で温めることが出来ないか頼んだこともある。だが、魔力のコントロールが上手いフィアですらそれは時間がかかる困難なものであった。元々炎魔法は攻撃特化の魔法だ、それを桶が燃えないように少量の水をお湯にするのが難しいことは考えずとも分かることだ。


 結局それは成功したが、フィアが著しく疲労した。魔力的な面や体力的な面での疲労ではなく、精神的な疲労。それを見た俺は無茶を言うのはやめようと誓ったのだ。


 ってなわけで、今目の前にあるこの魔道具は俺が欲してやまないもののわけだ。


「これはいくらで?」


「あっ、興味がありますかっ? これはですねっ」


 なんとそのお値段、かなり大きめの冷蔵庫が買えるほど。分かりやすくいうと日本円にして二桁万円だ。


「たっけぇ……」


「仕方ね、じゃなくて……すいませんっ、材料費と加工費を考えるとどうしてもこの値段になってしまってっ」


 風温卦と言ったか。その値段を聞いた俺の口から素直な言葉が漏れる。それが耳に入った製作者兼販売者のバードニックさんがペコリと頭を下げた。


 やっぱり口調を無理して変えてる? さっきからちょいちょい漏れ出してるんだけど。


(レア、加工費ってどういうことかわかるか?)


 製作者に事細かに費用を聞いたりするのも失礼だろう。俺は魔道具についてレアに問いかけた。


『魔道具は基本的に魔石を加工し、汎用性を高め、最適に組み合わせることで完成します。加工するのには技術は勿論、適した施設と装備が必要になります。そしてその装備は消耗品です』


(なるほどな)


 全く分からないけど、そういうものだとして受け取っておく。


『これは余談ではありますが、今現存する魔道具の最上級と呼ばれる【鳳凰の御衣】は三万以上の魔石を組み合わせ、作成されたそうです』


(三万っ!? どれぐらいのランクの魔物の魔石か分かんねぇけど、それ盗んでレアに吸収させれば俺の世界に帰れねぇかな!)


『その盗人猛々しい発想は悪くありませんが、加工された魔石を私は魔力に変換できませんよ。第一吸収できたとしても、圧倒的に足りないでしょうし』


 …………マジか。舞い上がっていた俺の心が一瞬にして落ち着いた。今更ながらに俺の目的の困難さを実感した。

 現存する魔道具の最上級。そう呼ばれるほどであるのだから、低ランクの魔物の魔石のみを使用しているということはないだろう。そんな魔石が三万個あったとしても俺の目的には届かない。しかもただ届かないのではない。圧倒的に届かないのだ。


「クオンさん? あのぉ、どうしました?」


 今現在俺のいる場所を忘れて、レアと話し込んでしまった。いけないいけない。


「っと、すみません。買うか買わまいかちょっと悩んでまして」


「あっ、そういうことですかっ。名前を呼んでも返事がなかったので、心配になってしまってっ」


 天使かな? 


「心配させてしまったお詫びではないんですけど、この魔道具買わせてください」


「かっ、買ってくれんのかっ!」


「……」


「か、買ってくれるのですかぁ?」


 ニコニコと笑うバードニックさん。俺も仕方なくニコニコしておく。


 ほっと安堵の息を吐くバードニックさん。


「まぁ、とりあえずこれください。この魔道具俺的に滅茶苦茶欲しいんで」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかっ!」


「ん?」


「もうっ嬉しいこと言ってくれますねっ」


 良かった。気のせいだった。全く天使らしからぬ喋り方になったと思ったけど気のせいだったわ。


『クオン、これは一体……』


(それ以上は何も言うな)


『あっはい』


「じゃあこれで」


 ポケットに直に入れていたお金を渡し、風温卦とお釣りを受け取る。

 風温卦はそれなりの大きさだから収納で仕舞いたいところなのだが、人の目があるこの場では使えない。便利だと思ったが、これはなかなかに不便でもあるな。


「お買い上げありがとうございますっ。他の商品も是非見ていってくださいっ!」


 カモだと思われたのか、バードニックさんが凄い勢いで俺に詰め寄ってきて、他の魔道具や商品を説明し始めた。




 結局その後、数点の商品を買うことになったが、押しに負けたわけではないと、俺はカモではないとだけ言っておくことにしよう。



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