25 バードニックの店
予約忘れてました
どうやら黒髪から白髪への変装は上手くいったようだ。
昨日は時々視線が気になったが、今日はそういったことが全くない。流石に宿屋のオバちゃんには、訝しげな視線を向けられたが、それは致し方ない。
黒髪だった奴がいきなり正反対の色に染まってれば誰だって驚くし怪しむだろう。
(さてと、今日は金もあることだし、午前は買い物、午後は依頼と行くか)
歩みを進みながら、心の中で話しかける。
『了解しました。何を買うので?』
万が一のために買い物をしようとは決めていた。
が、具体的に何を買うかまでは決めていない。ポーションと魔力を回復させる魔力薬、後はやっぱり装備だろうか。
(ちょっと悩み中だ。ぶらぶらしながら決める感じで)
『了解です』
「フィア、ヒトヨ。良さそうな店があったら周りにバレないように教えてくれ」
小声で二人に向かって話しかける。すると各々の方法で了承の意を伝えてくる。
(レアも良さそうな店があったら教えてくれ)
『私は正直、店の良し悪しなど分からないのですが……』
恥じるような、困ったような口調でそういうレア。個人的な感想ではあるが、困った時のレアは何処か大人びて見える(聞こえる?)。雰囲気的にはこっちの方があってるぐらいだ。
(俺も分かんないから気にすんな。雰囲気でいいんだよ、雰囲気で)
『……余計に難しいのですが』
(なんとなくだよ)
俺に見る目がある訳もなく、人の文化に馴染みのないであろうフィアとヒトヨ、召喚獣コンビも言わずもがなだろう。だから肩肘を張って探す必要はない。
だというのに、レアはなんとなくが難しいのですよと小さく唸っている。
気を抜いたと思えば、堅苦しい考えを根底に抱えていて、なんとも気疲れしそうな性格をしている。
そんな彼女に苦笑する事しかできない俺の胸が三度ほど小さな感触に叩かれた。
見れば、服から少しだけ顔を出して店を探していたフィアが、俺を見上げていた。
「どした?」
「ふぃ」
俺の方を見上げていたフィアの首が違う方向へと傾いた。つられるようにそちらへ視線を向ければ、何か文字が書かれた看板が。
『ば、バードニックの店、だそうですね……』
バードニックの店ね。バードニックというのは店主の名前だろう。何を売っているのか名前では全く判断できない。
「彼処が良さそうってか?」
「ふぃ」
「じゃあとりあえず行ってみますか」
小声でフィアと会話を交わす。
そんな俺達をヒトヨがマジかよ、正気か御主人と姉さん、と驚愕をそのまま表したような目で見つめている。レアもその言葉に絶句している。
気持ちはわからないでもない。
何故なら『バードニックの店』が廃屋と疑ってしまうほどにボロボロな、店とは到底呼べない外装をしているからだ。盗人に入られてもここまで酷いことにはならないと断言できる有様。
看板も字が掠れていたり、穴が空いていたりしている。レアはよくあれを読めたもんだ。
『なんとなく……やはり難しすぎます……』
うん、ごめん。これはフィアの感性がちょっとおかしいだけだから参考にしないでいいよ。
ただ、なんとなくで選んでも構わないと言ったのは俺だ。一度言った手前、引くに引けない。
それに極論、減るもんでもない。
危険な店とか、荒くれ者の拠点とかそんな可能性もなくはないが、この大通り、しかもこんな目立つ場所にこんな目立つ外装をした建物を根城にはしないだろう。
「いくぞー」
「ふぃー」
「チュチュチュン!!??」
『マジなのですか!?』
若干楽しげな俺とフィアとは対照的にヒトヨとレアが焦った様子で俺たちを止めようとしてくる。止めてくれるな、このワクワク感を。
散々言ったが、多分俺もフィアもなんか楽しそうだから行ってみたいのだ。ボロボロの廃墟とかお宝が隠されてそうでワクワクするし、それと同じでボロボロの店も掘り出し物がありそうでワクワクする。
バタバタ暴れるレアと飛び立とうとしたヒトヨを俺がしっかりと押さえ込み、強制的に連れて行く。俺たちは一心同体だぜ。
「すいませーん!」
ほぼ開いてるのと等しい扉を開き、店員さんを呼んだ。いや、この店に従業員を雇う金があるとは思えない。店主さんだろうな。
『……反応ありませんね。やっぱりもう潰れてるんですよ。帰りましょう』
(すぐ帰ろうとするな。商品もあるだろうが)
そうなのだ、このバードニックの店、ボロボロの外装よりはマシであるが内装もボロボロ……なのだが、なんと商品はそれなりに陳列している。陳列というか、カウンターの後ろにある棚に並べられているだけだから商品なのかは分からないのだが。
少なくとも誰かいる、もしくはいたことは疑う余地がないだろう。
(もう一回呼んでみるか)
『やめましょう!』
「すいませーん!」
『やめてください!!』
レアのお願いが懇願に変わった。ちなみにフィアは俺の服から顔をキョロキョロさせて興味深そうに店を見ており、ヒトヨは抵抗することをやめたよ。
ゴンッ!
と、奥から音が聞こえた。それもかなり低く鈍い大きな音。……何か倒れたのだろうか。
「イテェ……! い、いま、行く……じゃなくて、いきますぅ!」
「あっ、はーい。ごゆっくりー」
俺が音に釣られ奥を覗き込もうとすると、声が聞こえた。それも厳つい男の声ではない。可愛らしいと予想させる女性の声。
誰かしら居ると思っていたが、まさか女性とは予想だにしていなかった。
『女性……? いえ、私達を騙そうとしているのですよ! 食べられる前に帰りましょうっ』
どんだけ此処から出たいんだよ。山姥じゃねぇんだから食べられねぇっつぅの。
『クオンの世界にはいなかったかもしれませんが、この世界には見目麗しい容姿をした人喰い魔物がかなりの数が存在しています。食べられる可能性はかなりありますよっ』
……いやいやいや。流石にない。アレでしょ? 逃げるための方便でしょ? 騙されないからね。
それから一分ほど待つと、その声の主がようやく姿を見せた。
「すまな……す、すいません、お待たせしてっ」
色の薄い紫の髪をした落ち着いた雰囲気の女性。
現れたその女性の全体を俺は素早く一瞥した。……足もしっかりと人間の足が生えているし、角なんかが生えているわけでもない。何処からどう見ても人族の女性。
「いえ、こちらこそ忙しい中すみません」
「いえいえ! 来ていただいて感謝感謝ですっ! バードニックの店へようこそ」
「貴方がこの店の?」
「はい、店主のバードニックだ……じゃなくて申しますっ、よろしくお願いしますっ」
「俺はクオンっす。よろしくお願いします、バードニックさん」
ペコペコと何度もお辞儀するバードニックさんに俺も名乗り一礼した。
『……このような店には相応しくない女性ですね……。少なくとも危険な魔物には見えません』
レアの言葉にそうだな、と相槌を打った。全く持ってその通りだ。ただ、なんだか喋り方を無理して作っているような気がするのは気のせいだろうか。
こっそりと様子を伺うと、バードニックさんは俺の名を聞いてから、何処か考えるように俯いている。
「クオン……恐らく冒険者、か……」
「バードニックさん?」
「あっ、いえ。すいませんっ、珍しい名前だったもので」
確かに言われてみればそうかもしれない。
クオンなんて名前、外国、しかも洋風な名前が主流のこの世界では珍しいものだろう。俺の元いた世界でも同名の人物は俺の知っている中では片手で数えるほどしかいなかった。それを考えれば、珍しがるのは不思議なことではあるまい。
「えっと、で、此処は何を売ってる店なんすか?」
「い、色々です。魔道具を始め、薬類や生活用品まで色々販売してますっ」
低い物腰に可愛らしい……というかは美しい容姿、そして見ずとも分かるその細腕、レアも言っていたように明らかに場に適した人物ではない。ペットショップに厳つい漢が勤めているぐらいのズレ。
この店で売っている品を聞いておいてなんだが、俺の興味は彼女、バードニックさんがどうしてこのようなボロボロの店で商売をやっているのかにあった。
「じゃあとりあえず魔道具を見せてもらってもいいっすかね?」
「み、見てくれるんですかっ?」
「そりゃそのために来ましたから」
「やっ、い、急いで持ってきますっ」
小さくガッツポーズを決めてから、再度店の奥へと戻って行く彼女。奥からはガシャガシャと硬いもの同士が幾度もぶつかるような音が響く。
『それにしても、本当にこのような場所で商売をしているのですね、彼女は』
(だな、どうして彼女が此処で商売をしているのかは、魔道具でも見ながら聞いてみるか)
『ええ。ですが、無理に聞いてはいけませんよ』
(わかってるっての)
「すいませーんっ、お待たせしましたっ」
さて彼女がこの店で働く理由も気になるが、魔道具も存分に見させてもらうことにしよう。掘り出し物と呼べる何かがあればいいのだが。




