21 機能進化
「ふぁぁぁ……」
帝国領土の端にある街サレイ。
その中にある安宿でレアの話を聞いて、一夜が明けた。
怪我をした身体に、硬いベッドは酷だったのか。身体がガチガチだ。
『クオン、傷は痛みませんか?』
「ああ、身体はガチガチだし多少違和感はあるけど、痛みはさほど。大丈夫そうだ」
痛みはあった。ミカに蹴られた頭部と剣によって刺された左腹部には確かに鈍い痛みが残っていた。癒し効果があっても補い切れないほどのダメージが残っていたと言うことだろう。
それでも耐えられないほどではなかった。男の子だから多少はカッコつけさせてもらおう。
レアの言葉の端に篭る感情がいつもよりも柔らかい気がする。それは意識を向けなければ気づかない程度の違い。
されどそれは俺にとって大きな違い。
レアの昔話を聞き、明確に変わった意識。
彼女自身も狙われる理由が曖昧で、何故狙われているのか、命を奪われようとしているのか、分かっていない。
分かったのは、彼女の母と兄が何かを知っていて、それをレアに隠していたこと。そしてそれがレアの狙われる原因であること。
後は、レアを狙う者達が天使の名を冠する者とそれに従う白き者だということ。
分からないことは、彼女の母と兄が何を隠していたのか。そして何故隠していたのか。などなど色々だ。
話を聞いても未だに謎の多いまま。
けれど?俺はそんな彼女を守りたいと思い、彼女はそんな俺を信用してくれる。
そんなちょっとした意識の変化。
「最初の感情なさげな声はどこへ行ったんだろうな」
初めて会ったレアは感情が希薄そうな声と喋り方をしていた。今のレアを見るに、アレは意識的にやっていたんだろうな。
『それは……! 色々気を張っていたんですよ……! 信頼できる人物かどうかも分かりませんでしたし……だから忘れて下さい!」
「了承です……つってな! ……ご、ごめんって。だから無言で頭を叩くな。痛っ、ちょっ、フィアとヒトヨが起きちゃうからっ」
俺の言葉は無視され、三分ほど頭を叩かれ続けた。この子、さっきまで怪我の話してたのに、俺が頭を怪我したって覚えてないの?
『ところで、様々な機能が進化したので報告してもよろしいですか?』
頭を叩かれた後、衝撃的な言葉がレアの口から放たれた。本だから口じゃないかもしれないが、そんなちっちゃいことは気にしない。
「えぇ……そういうのは早く言おうよ。俺の頭叩いてる暇があるんだったら、そっち報告しない?」
『クオンが悪いです』
「いやでもさ」
『クオンが悪いです』
「……とりあえず聞かせてくれ」
それにしても機能の進化とやらが何故起こったのだろうか。
考えられることは、俺とレアの信頼関係の発展だろう。それか、レアが過去を話したことでレアの何かが変わったか。
召喚型魔導書と契約者は二人で一つと言っても過言ではない。お互いがいなければレア本来の力、召喚が出来ないのだから。
なので、お互いの信頼関係というか、二人の間を繋ぐパス的な何かが変化したと考えれば、納得できないこともない。
……だぁぁ、俺は考えることが得意ってわけでもないのに、考えなきゃいけないことが多すぎる。
召喚の追求に、レアの能力、レアを追う者たちに、狙われる理由、機能進化の理由、強さの探究、これからどうするか、レアの家族について、他にも様々。
それでも考えねば、待っているのは絶望……の可能性だってあるわけだ。ミカのような奴がいつ襲ってこないとも限らないわけだしな。
『クオン? ボーっとしていますが話してもよろしいですか?』
「ぁあ、問題ない。お願いするわ」
『はい、では』
一に、召喚獣をレアの中に送還することが出来る様になった。これは前までも可能ではあったのだが、魔力使用無しで行うことができるようになったらしい。
二に、呼出と収納が使用可能になった。当然魔力消費あり。
三に、呼出は離れた位置にいる召喚獣を召喚士の元に呼出すことができる。魔力消費は距離依存。
四に、収納はレアの中に物をしまうことができる。これの魔力消費は重さとサイズ依存。
五に、視界内への転移が可能になった。
ってことらしい。
呼出と収納という能力が追加されて、送還が強化されたわけだ。
戦闘にどう使えるかはまだわからないが、便利度合は非常に高い。呼出に関しては離れて行動していても問題なくなったわけだし、収納が有れば必要最低限の装備や持ち物で戦闘を行わなくても済むわけだ。危険は減ると考えていい。
送還が魔力消費無しになったことで、フィアとヒトヨの存在を隠すことができる。今までは魔力消費をケチって使用してこなかったがこれからは解禁だ。
当分の間は俺の護衛として一緒にいてもらうことになるが、未来を考えれば有用な能力に進化したとしか言いようがない。
「特に収納は俺にとってありがたいな。ポーションを買い溜めておけば、ヒトヨみたいに怪我をした際に直ぐ治せるわけだ」
『はい。ですが重量とサイズの変化による魔力消費量の変化、収納内の時間経過等は私もおおよそしか理解出来ていませんので、検証が必要かと』
「だなぁ……。視界内の転移の魔力消費も確かめておかないとか?」
『そうですね。およそでも理解しておかねば最悪の事態になり得ますから』
「だぁぁ、考えることが……やらなきゃいけないことが……」
追いつかねぇ。時間が圧倒的に足りない。
……それでも死にたくなければやるしかない。
『それに私の機能ではありませんが、フィアの進化が可能になりました』
…………そろそろ手加減してくれないと、脳がパンクしちゃうぜ。
「とりあえずフィアの進化は後にして、新しく追加された機能を試してみるか」
「ふぃ!?」
「ちゃんと後でするから、な?」
ほっと安堵のため息を漏らすフィア。その様子をレアとヒトヨがうんうんと頷いて見つめている。何目線だよ。
フィアの進化は宿の中でするわけにはいかないからな。ないとは思うが、もしかしたらとんでもなく巨大化する可能性だってゼロではない。
だから、まずはレアに追加された機能を試して見ることにしよう。
『では最初は何にしますか?』
「ふぃー!」
「フィアがやる気だから送還にしようか。じゃあフィア、一回お前をレアの中に送るからな。どんな感じか、体験して俺に教えてくれ」
「ふぃ!」
俺の前に浮かび上がって手を挙げたフィアが俺の周囲をクルクルと頭の周りを回る。
「ヒトヨも行くか?」
「チュチュン」
首をプルプルと振るうヒトヨ。怖いのか? と問えば、僕がいなくなったら誰が貴方を守るんですか、全く。とばかりに翼を広げて竦めて見せる。
器用だな、おい。
しかし分かってはいたけど、フィアやヒトヨ、つまり召喚獣達にとって俺は守るべき対象であるらしい。俺が主人みたいなもんだから当たり前だけどね、もう少し信頼してくれても……それとこれとは話が別。あっはい。すみません。
「じゃあ行くぜフィア、『戻れ』」
「ふぃふぃ?」
俺が送還を使用すると俺の目の前にいたフィアの姿が希薄になっていく。
そして三秒ほどでその姿を完全に消した。
『ぉお……不思議な感覚です。言葉には表せませんが、私の中にフィアがいることがわかります』
『ふぃー!』
「おっ、送還中の召喚獣もレアと同じように俺に声が届くのか。これはありがたいな」
『フィア、どうですか。私の中は心地良いでしょうか?」
『ふぃー!!』
かなり舞い上がってるな。快適そうで何よりだ。めちゃくちゃ狭い空間とかだったら可哀想だからな。
「どうする? もう少し、そっちにいるか?」
『ふぃふぃー』
『戻るそうですよ。こちらにいてはヒトヨと喋れないですから』
フィアとヒトヨは仲がいいからな。良くヒトヨの上にフィアが乗っている姿を見かけるから。……虐めてるわけじゃないよね? 上下関係をその身に叩き込んでるとかそういうのじゃないよね? 召喚獣界は野球部並みに上下関係厳しいとかないよね?
「じゃあ戻すからな。サモン、フィア!」
「ふぃー!」
俺がフィアを呼ぶと、緑色の光が発し、その僅か後にフィアが現れた。
ふむ、二度目の召喚は魔法陣が浮かばないんだな。
ただ戦闘中には使えそうにないな。三秒程度と言えば短く感じるが、戦闘中に三秒の隙を見せればほぼ確実に死ぬ。
『ああ、なんとも言えぬ喪失感が……』
「チュン」
『……ありがとうございます、ヒトヨ。声は届いていないでしょうが、感謝します』
消失感で情けない声を上げるレア。言葉は聞こえずとも雰囲気で察したヒトヨが、元気出してくださいよとレアの方へと飛んでいき慰めている。
「ヒトヨも入るか? 今はフィアもいることだし」
「チュチュン」
何言ってるんですか、僕の居場所は貴方の肩ですよ? とばかりにレアを慰めているヒトヨが一鳴きした。
『ふぃあー、ふぃあー……もどってきてもいいのですよー」
「ふぃふぃふぃー」
ヒトヨに続き、フィアにも慰めてもらっている。なんか、立場的にはレアが親の筈なんだが、フィアやヒトヨの方が親に見えるな。
「おーい、そろそろ呼出と収納を試すぞー」
若干トリップした様子のレアを正気に戻すため声をかけた。
『はっ……あまりの暖かさに正気を失いかけていました。そうですね、まずは呼出を試しましょうか』
まぁうん、凄い心を開いてくれている気がするし、俺もそれが嬉しいからいいや。
「そうだな、じゃあさっきはフィアがやったから次はヒトヨ。ちょっとだけ俺たちから離れてみてくれ。この部屋の端ぐらいで」
「チュン」
本当はもっと離れた距離を試してみたいが、今のレアには魔力がロクに残っていない。僅かの魔力消費も惜しみたいところだ。だから、魔力消費量の少ない伝達や伝心すら惜しんでいるわけだ。
本当は離れたくないんですけどね、今回だけですよ? と言いたげにこちらに視線を向けてからパタパタと飛んでいくヒトヨ。
「おっし、じゃあいくぞ。呼出!」
瞬間、視線の先にいた消え、俺の前にヒトヨが現れた。その間、体感だが送還の半分、つまり二秒弱。
「なるほどな、呼出よりは時間がかからないのか。これは緊急回避の際に使えるか?」
『クオンが呼出をしなければいけないですから、かなり状況判断能力が必要になりそうですが、使う機会はありそうですね』
うーん、確かに言われてみればそうだな。
高ランクの魔物なんかになれば、俺が危険を察知してから呼出と言う前に既に攻撃を終えていそうだ。
それに俺がちゃんと戦況を把握していなければならない。例えば複数体の魔物を相手にしている際、危険だからといって呼出して、俺が傷を負っては意味がないし、呼出で危険にさせては意味がない。
また流れ弾等にも気を付けなければいけない。魔法による攻撃を受けた際、召喚獣を呼出で呼び、その召喚獣の延長線上にいた仲間に魔法が当たったりしたら最悪だ。
「要練習ってことだな」
『ですね』
やることが山積みだ。特に俺の戦闘能力上昇に関しては急務だ。俺が弱ければ、召喚の力、召喚獣の力、どちらも本来の力を引き出せない。
「で、魔力消費量はどのぐらいだ?」
『今の距離で一分ほどの伝達と同程度の魔力消費です。多いか少ないか判断に困るところですね』
「少ないんじゃないか? 長距離の呼出を使う機会はそうそうなさそうだし」
『ふむ、そうかもしれませんね』
いずれは長距離呼出を使う機会がありそうだが、現状では全く使う予定はないし、目処もない。それどころかどの場面で使うか、想像もできない。
「ヒトヨ、どうだった」
「チュチュン」
俺の肩に戻ってきたヒトヨに聞いてみる。呼出による酔いとかないんだろうか。
「特に問題ないか?」
「チュン」
そりゃ良かった。えっ、フィアも呼出されたいって? 魔力がないからちょっとなぁ。やらせてあげたくはあるんだけどね。ほら、魔力溜まったらやらせてあげるから。一杯は無理だけどね、無駄遣いできるほど余裕ないし。
「じゃあ最後に収納試しますか」
『どんな感覚なのでしょうか、少しワクワクします』
なんだかアクティブになりつつあるレアを開き、何か収納出来るものがないかを探す。
探してみるが、生憎とお金とギルドカードしかない。
まぁ、重量もサイズもたいしたことはないからお金でいいか。
「じゃあこれで頼むわ」
『ふむ、貨幣ですか。魔力消費量も少なそうですし、かしこまりました。クオン、貨幣を机へと置き、そちらに私を向けてください』
言われた通りに金を机へと置き、開いたレアをそちらに向ける。
そして意識を集中させる。
瞬間、僅かに風が吹いた気がした。机の上からはお金が消えている。
「どんな感じだ? 収納の上限とかはありそうか?」
『いえ、容量が埋まった感じが一切ないので上限はないのではないかと。ただ、完全に時間が停止しているわけではなさそうです。経年劣化等も気を付けなければいけなさそうです』
「それはちょっと残念だな。魔力消費はどうだ?」
『このサイズと重量ですとほぼ無いに等しいようですね』
まぁ、あの程度で魔力消費が激しかったら使い勝手が悪過ぎる。ただ少ないに越したことはない。
「生物は入れられそうか?」
『……試してみないとなんとも。ただ魔力消費が上がる可能性は少なくとも考慮すべきかと』
魔力がない状態の今やればロクな事にはならないと。収納されたものの時間が止まっているわけではない。となると、仮に生物が収納可能だとすると、収納内で生物は動き回るわけか?
ふむ、試していないからまだ分からないが、生物の収納は難しそうだな。
「それは魔力が溜まってからにしようか。後視界内転移も」
ああ、この後はギルドに行って依頼を受けて、フィアを進化させて、アイテムを買って、魔力をーー。
はぁ、もう忙し忙し。
第二章の始まりです。よろしくお願いします。
説明回になってしまいましたが、レアの魔力状況に関しては、基本的に今多いんだな、少ないんだな程度に流してもらって大丈夫です。




