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閑話1 あの日

 


 ここは籠の中だと、彼女は言った。



 なんでも知っていて、何でも教えてくれる、私達の親である彼女がいうのならその言葉にきっと間違いはないのだろう。



 どうして籠の中にいないといけないの? 



 私がそう問えば、彼女はひどく辛そうに痛みを必死に耐えるような表情を浮かべて、私達……いや、私が悪い人だからかな。と、美しい声で答えてくれた。



 悪い人。



 彼女は悪人なのだろうか。それとも罪人なのだろうか。

 もしかしたら彼女は世間ではそう呼ばれているのかもしれない。

 でも、私は少なくとも彼女を悪人とは思えない。私たち皆を愛し、幸福を与えてくれる彼女をーー私は、決して悪人とは思えなくて。


 だから私は、いずれ籠から抜け出して彼女と空を飛びたいと思っていた。窓越しにしか見たことのないあの遠く高くに悠然と広がる、あの蒼き空の近くに行ってみたいと、思っていたのだ。

 それが叶うことはないと知らずにーーその時の私はただ願っていた。





 彼女は優しかった。


 ろくに魔力を行使できなくて、いつも兄達に揶揄われて泣きじゃくる私に彼女は寄り添って、本を読み聞かせてくれた。


「知識は宝だよ」


 彼女、お母様は口癖のように私にそう言った。

 知識はいつでも選択の幅を広げてくれる。だからコントレアにも知識を蓄えて欲しいのだと。選択はYESかNOの二択ではなく、無数に、それこそ星の数ほど存在しているのだと。


 お母様はその言葉に違わず、世界の全てを知っているのではと疑るほどに物知りだった。ついぞ二百年、お母様の知識全てを知ることは出来なかったのだから。


「知識はきっと契約した後に役にも立つ。契約すれば、一人で出来たことが出来なくなる。けど、君の本来の力を発揮出来る。コントレアは落ちこぼれなんかじゃないんだよ。そしてオムニス達もそれを知っている。揶揄うのはコントレアが可愛い証拠。オムニス達もコントレアも等しく私の自慢の子供だよ」


 私のことを撫でながら、優しく言葉をかけてくれる。私は母に撫でられるのが大好きで、撫でられると心がふわふわと浮くような気分になった。


 母は、そうして読み聞かせてくれた後に小さく、何かを呟くのだ。




「ーー願いは叶えるために、自由は平等に」




 誰にともなく、誰に聞こえるでもなく、なにかを呟くお母様は、悲しげで、儚さと憂いを帯びていたように見えた。




 *




 私や兄達と違ってお母様は人間で、だから睡眠が必要だった。


 お母様は睡眠時間が異様なほどに長かった。一日の半分以上を睡眠に費やし、それでも足りないのか、日に何度も欠伸をしていた。


 そんな母は、眠りにつく際、必ず言うのだ。


「コントレア、君には絶対に良い契約者が現れる。だから死んじゃダメだよ。何があろうとも、例え私やオムニス達が消えようと、君は幸せになってほしい。信頼出来る契約者に出会って、貴女らしく生きて。そうすればいずれーー」


 いずれの言葉の先を聞けたことはない。


 最初はそんなの無理だと駄々を捏ねていたが、何年も毎日毎夜言われれば言われ慣れて、上部だけでもただ肯定するようになっていた。


 兄達はそんな私達を何処か悲しそうに、申し訳なさそうに、見つめていた。きっと兄達は何かを知っている。でも、お前には関係のないことだと皆教えてくれやしない。


 ただ、皆がこう言うのだ。


「母の願いをゆめゆめ忘れるな」


 私は拗ねるように了承することしかできなくて、それ以上深くは聞けなかった。


 あの時の私は朝のおはようが聞けなくなるのが怖くて、深入りするのをやめてしまった。


 でもきっとそれは間違いで、怒られるからとか、嫌われるからとか、そんな心配は無視してでも聞くべきなのだったと今更ながらに思う。


 そうしていれば、私にも何か出来ることがあったかもしれない。




 そんな不思議もあるけれど温かな生活をいつまでも、誇らしいお母様と意地悪で優しい兄達と過ごしていくのだと、過ごしていけるのだと思っていた。


 でも、それは突如として一瞬で、壊されて、奪われた。




 *



「長き……永久のように長き、諍いであった」


 ああ……どうして……あの優しき母が…………お母様が……。


「殺すには惜しい程……強く賢く美しい人間だった。だがーー知り過ぎた、我らの……主の立場を脅かし過ぎた……そして、あまりにも罪深き咎人をーー」


 私の最愛の人が串刺しにされている。身体から赤き血を垂らし、それは止まらない。


 叫びたいのに、お母様の名を呼んで彼女に寄り添いたいのに、兄達に止められて、それが出来ない。


「も、いいっしょ。こーゆーのはさっさと終わらせるべきじゃん」


「……ああ、そうだな」


 振られた剣から赤き血が飛び、母が地に落ちる。私はそれを支えることすら許されていない。




「ーーーーここに存在する全てを処分しろ。灰すら残すな」




 理不尽だ。その力は余りにも不条理だ。


 お母様から聞いた御伽話や伝承と何ら変わりないあまりにも都合の良すぎる力。


 そんな力を使うものがその場には何人もいて、彼等は自らを天使の名を冠する者と名乗っていた。

 それに加えて力ある白き者が千に迫る程にいて。


 待っているのは考えるまでもなく、破滅と絶望。


 [むざむざやらせるわけにはいかないだろッ!]


 それでも兄達は諦めなどせず、立ち向かっていた。


 本当は、諦めていたのかもしれない。自分たちが生き残ることなど。


 ただ兄さん達が求めたのは、


 [お前みたいな泣き虫はここには要らないんだよッ]


 [そうさ、貴様はさっさと逃げるといい]


 どうして私などを逃すのか。兄さん達がいつも言っていたではないか。落ちこぼれだと。


 なんで……私なんかが今逃げたって……どうせ直ぐに捕まってしまう。知識も、実力も、精神だって、何一つ兄さん達に勝てない私では逃げきれない。私を囮に兄さん達が逃げた方が良いに決まっているのに。


 [貴様がいても足手まといだ、さっさといけい!]


 ああ、足手まといなら置いていってくれれば、それで構わないというのに。


 [さっさとせぬかッ! 我が最愛の妹よッ! 母の願い、忘れたとは言わせぬぞっ!!!]


 一番の兄であるオムニス兄さんが叫ぶ。高くまで、遠くまで響く声。


 その声に私の身体は動き出す。


 逃げて逃げて、誰も届かぬ程高く浮かび上がる。



 天使の名を冠する者達と兄達が争っている。あの強き賢き優しき兄達が、押されている。


 ーーそして時間をかけ一人、一人、燃やされていく。


 あぁ……あぁ……あああああ……。

 奪われていく、私の家族が、居場所が、思い出が……全部全部、奪われていく。


 私は……余りにも無力な私は、その光景を見ることしか出来ない。何も出来ない自身をこんなにも憎んだことはありはしない。


 ただ……憶えた、確かに記憶に刻んだ、その姿と行いを。


 天使の名を冠する者よ、そして我が家と家族を滅した者達よーー。


 絶対に忘れない。絶対にーー忘れてはいけない。忘れてやるものか。




 こんな形で空など、見たくなかった。飛びたくなかった。こんな近くで空など見たくなかった。

 思い描いた空よりもひたすらに灰色の空。


 ああ……。


「彼処だ! 必ず処分しろ!」


 幾百も飛ぶ魔法が空を彩るために降り注ぐ星のようで。


 あれを母と、お母様と見ることが出来ればと。ただ、そう願うこともーー今は許されない。



 [転移]



 必ず、必ずや、生きてーー。



 そうして召喚型魔導書兵器コントレアサモンスは自らの家から、否……全てを奪われ、灰しか舞わぬ戦地から姿を消した。






 これは、召喚型魔導書兵器コントレアサモンスの記憶にして記録。


 彼女がクオンと出会う少し前の物語。





一応これにて第1章が終了です。


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