20 クオンの行方
「今回はそんなに収穫がなかったな」
「全くよ、これじゃあ街でうだうだしてた方がマシだったわ」
ヴァイガスがパーティーメンバーに向かって愚痴るように問いかける。それにヴィシーたちパーティーメンバーが疲れを顔ににじませながら同調した。
ヴァイガス達は一週間ほど遠方の地にて遠征がわりの依頼を行なっていた。
内容は簡単にいえば護衛である。貴族の元へ書簡を届ける人物の護衛。
Cランク冒険者パーティーであるヴァイガス達にとってもかなりの額である報酬は支払われたが、それだけ。
盗賊も山賊も、ロクな魔物すら護衛中は出なかった。護衛の危険を望むわけではないが、護衛依頼中は行動が制限される。その時間は冒険者として高みを目指すヴァイガス達からすれば非常に退屈でもったいない時間でもあった。
「寧ろ良かったんじゃないかな。装備が傷つくことも無かったし、ポーションなんかの道具を使うことも無かった。そろそろ拠点を変えるんだから、そのための経費が貯まったと考えれば」
「えー、でもやっぱり私はつまんなかったな。ここら辺は魔物も弱いし、ご飯も食べ尽くしたし、さっさと移動しよ」
「まぁ待て、移動に異論はねぇが、その前に軽く道具を整理してだな」
ヴァイガスがパーティーメンバーを落ち着かせるようにそういうと、ミシェルが追随して言葉を続けた。
「あの子にご飯を奢ってもらわないとだぜ」
「そうだ。クオンに宿木の桜亭のディナーを奢ってもらうまでは移動出来ねーだろ!」
宿木の桜亭のディナーはこの街に住む者なら一度は憧れる高級ディナー。値段はCランク冒険者でかなりの額を稼いでいるヴァイガス達でもおいそれと食べることは出来ないほど。現にヴァイガス達は一度しか食べたことがない。
だが、その味は値段相応、いや値段以上に価値があるものだ。思い出しただけでも思わず涎が溢れ出しそうになる。
「って言っても、無理じゃないの? まだ冒険者になって一ヶ月程度だったはずだし。当分は自分優先でしょ。まぁ、あんたらのせいで必死に頑張ってそうだけど。なぁんか、明るい好青年って感じだし」
「うーん、流石に可哀想だよ。別に元々恩を売りたかったわけじゃないんだしさ」
「うんうん、おじさんも若人に無理をさせるのは可哀想だと思うな」
ヴァイガスとミシェルを除く、パーティーメンバーの過半数である三人が軽く責めるような眼付きで二人を見つめる。
だが、二人は気に留めず、あっはっはと笑っていた。
「正直に冗談だって、唯の照れ隠しだって言えばいいのに。ただ、心配だからあの子と話す口実が欲しいだけだーってさ」
しかし、クオンが姉御肌チックと評した女性、ヴィシーの言葉に二人の肩がびくりと震えた。
「分かりやすいのやら難いのやら、二人ともめんどくさい性格してるよね」
「うんうん、まだまだ若いね」
次いで、リーラルとおっさんがそう言葉を吐けば、さらに肩が震えた。
「ふんっ、そんなことは決してない!」
「そうだぜ! さっさとあの子に奢るよう催促しに行こうぜ!」
「おう!」
二人は身体を翻すと、急ぎ検問所へと向かって行く。
「全く……めんどくさいわね」
残された三人は呆れたように溜息を吐き、二人の背中を追った。
「クオンが居なくなった?」
冒険者ギルドへ依頼報告に来たヴァイガスに、冒険者仲間や受付嬢からそんな情報が聞かされた。
「はい……。ヴァイガスさん達が依頼を受けてから二日程後のことでしょうか。クオンさんがある依頼を受け、同族喰らいを」
「同族喰らいに殺されたってのか!?」
「ヴァイガス」
「あぁ、わ、悪ぃ……」
思わず身を乗り出したヴァイガスをヴィシーが注意する。
「いえ。それに殺されてはいません。それどころか、クオンさんはお一人で同族喰らいを討伐しました」
「なっ!?」
それはCランクの冒険者でBランク間近、冒険者としてそれなりの位置にいるヴァイガス達でも驚くべきことであった。
同族喰らいと単に言っても、強さはピンキリだ。だが、同族喰らいが同族喰らいと判断されるには時間がかかる。それ故に同族喰らいは最低でもCランク程度の力を持っていると言っていい。
それをソロで討伐。
Cランクであったのなら、ヴァイガス達でも討伐可能であろう。それはCランクの中でも上位に位置するヴァイガス達であるから可能なのだ。
だが、クオンはそうではない。まだ冒険者になって一ヶ月、新米も新米の冒険者、かれこれ冒険者になって五年以上経つヴァイガス達とは違う。
そんなクオンが同族喰らいを討伐した。驚いて当然と言うべきことであった。
それは、一般人からすれば偉業だ。装備も金もなかった平民が冒険者になり一ヶ月であの同族喰らいを討伐する。それは生涯自慢話したとしても決して馬鹿にされたりしないどころか、讃えられるべき成果だ。いや、そんなの出来やしないと誇張話と笑われるほどの偉業だ。
ヴァイガスは知っている。クオンという冒険者が一人でなく、その傍にはフェアリーがついていることを。一体どこで、どのように仲間にしたのかは分からないが、フェアリーを従えていることはクオン自体が認めていた。
だがそれを考慮してなお、偉業であると言わざるを得ない。
フェアリーは単純な戦力であれば、脅威にはならない。使い魔にしたとしても、それは変わらない。フェアリーは上位種でもない限り、強い存在では決してないのだ。
なれば、それを補うほどの力がクオンにはあったことになる。
「同族喰らいってぐらいだから、Cランクは超えてたんでしょ? なんの同族喰らいだったの?」
「はい。ダーティーウルフの同族喰らいでして、素材と情報から判断するにCランク以上であったのは間違いないかと」
受付嬢が簡単に情報を教えていいのかと思うだろうが、同族喰らいの情報に関しては寧ろ公開を推奨されているので問題はない。
それから同族喰らいの情報がヴァイガス達に伝えられて行く。
通常のダーティーウルフよりも二回り以上大きな体躯をしていたこと。魔法を使ってこなかったとクオンは言っていたが、素材から判断するに恐らく身体強化を使用していたこと。もしもこれから相対する時があったのならば尻尾の攻撃に注意を払うこと。
「視覚外からの尻尾の一撃……パーティだと対処可能だけど、ソロだと初見殺しみたいなものじゃない……」
「聞けば聞くほど、とんでもないね……正直、そんな強そうには見えなかったんだけど」
「でもだったらどうして居なくなったんだぜ? 奢るのが嫌で逃げたのだぜ? そんな薄情者だとは思わなかったぜ」
「へ?」
「いえ、すみません。こっちの話ですから」
余計なことを口走るミシェルをリーラルが小突く。
「それが、分からないのです」
「分からないって」
「同族喰らいの依頼報酬を受け取った後、街で戦闘がありました。その片方が、クオンさんらしき人で会ったと報告は受けているのですが……皆その時の記憶が曖昧なのです。誰もその戦闘がどうなったのか、相手が誰であったのか、覚えていないのです。
ただ、皆さんもここに来る途中、もしかしたら見たかもしれませんが、薬屋さんの前の道が大きく陥没しています。あの規模から考えるに非常に激しい戦闘であったと思われます」
「記憶が曖昧って……そりゃ明らかに幻惑か洗脳の魔法がかかってるな」
同族喰らいを討伐出来るクオンと争う者、それが戦いを生業にしていない者とは考えづらい。それに激しい争いであったのならば、目撃者が大勢いた筈だ。その誰もが曖昧な記憶しかないと言うのなら魔法か魔道具の仕業以外には考えられない。
しかし、一つ問題があった。
「でも、そんな幻惑魔法や洗脳魔法を大規模行使なんて……並の魔法使いや魔道具じゃ出来ないわよ」
「そうだぜ、我が師『風来』レベルは最低でも必要だぜ」
ミシェルの師である風来はAランク冒険者。冒険者界においてトップレベルに位置する人物だ。
そんなAランクレベルの力が必要な魔法行使が可能、もしくは魔道具を所有している人物。それを敵に回している可能性がある、クオンという青年。
「……なんだってんだよ」
考えても分からない。
少なくともクオンは犯罪を犯すような性格ではないと、ヴァイガス達は一ヶ月ほど接して理解していた。
では何故、そんな強大な力を持つと推定できる人物に狙われているのか。それは考えたところで想像すらできなかった。
「死んではないんだな」
「はい。死体もないですし、逃げたという証言が幾つか上がっていますから、恐らくは」
「それは、何よりだが……」
ヴァイガス達の間を何処か重苦しい空気が満たす。
「クオンさんは礼儀正しかったですし、毎日率先して依頼を受けてくれたので、受付嬢達からも評判が良かったので……いなくなってしまうと少し寂しいですね……」
受付嬢の呟きに返事を返す者は誰もいない。
「うんうん、大きく羽ばたくといい若人よ」
そして、そのおっさんの声に気付いた者も誰もいなかった。
その後、この街ではクオンは反乱から逃れてきた王族説、実は凶暴な大犯罪者説、世界を飛び回るジャーナリスト説などが挙がったが、その真相は誰にもわからなかった。




