18 決意
「ゴフッ……! がっ、はぁ……はぁ……ざまぁみろクソ野郎が! いてて、あっ……マジで痛い」
俺は空を飛ぶヒトヨの上で叫ぶ。
「えっ? だってよ……! 間抜けな顔しやがって、ざまぁみぁああああ……! イテェ、マジでいてて」
[叫ばないでくださいッ! 今、フィアがポーションで止血しますからッ! フィア、お願いしますッ!」
「ふぃー!」
ミカに会う少し前に買っておいた高級ポーションで俺の頭の傷と腹の穴を中心にさまざまな傷にポーションがかけられていく。
ヒトヨのために買った高級ポーションを使うことになってしまったのは非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それ以上にあんな戦い……とは呼べないな、蹂躙で割れていないポーションへの気味悪さでいっぱいだ。高級だからですか?
ヒトヨは許してくれたが、今度何かお礼をしよう。まだ生きてることだしな!
「はっはっはっは! ぁぁぁああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
[暴れないでください、ヒトヨの上から落ちますよ!]
「ふぃ!」
フィアにまで、めっ、と注意されてしまった。
だが俺はまだ生きている。奴から生き延びている。それだけで満足だった。
*
俺たちは街から約三キロほど離れた場所に転移した。
「ゴフッ……! ヒトヨ……頼む、離れてくれ……!」
「チュン!」
「ふぃー!」
正直、もう立っているのがやっとだ。傷ついたヒトヨにばかり無理をさせて悪いが、頑張ってもらわねば死ぬ。
この程度の距離、あの男ならばすぐさま追いついてくるだろう。一刻も早く街から離れねば。
『て、転移っ? わ、私にそんな魔力はなかったはずなのに……』
レアが今俺たちに起こっている事態を疑問に思っているようだが、それは後でだ。すぐにでもここから距離を取らなければ、いつミカが来てもおかしくない。きっとあの化け物からすれば三キロなんて、ポストに朝刊を取りに行くのとなんら変わりないだろう。
なんとか身体を引きずりヒトヨの上に乗って、なるべく低空飛行で目立たぬように移動する。
三時間ほど経っても終ぞ、ミカが追ってくることはなく、現在に至る。
「ツッ、やっぱりまだ痛むな」
『当たり前ですっ! あんな無茶して……』
「……だな」
レアに同意する。俺は決して頭が良いわけではない。だからあれしか生き延びる方法が思いつかなかった。
だが、それでもあまりに綱渡りすぎた。相手の行動に、しかも敵対する人間に全てを左右されるなんて、怖すぎてもう二度としたくない。……チビってないよね? ……これはきっとポーションだから、ぎ、ギリギリセーフ!
『……でも、本当に……本当に、ありがとうございますッ……! 貴方の、クオンのお陰で私は、コントレアサモンスは未だ生きていますッ……! 本当に……本当にありがとうございますッッ……!』
ああ、身体中が痛くてたまらないってのに、その言葉を聞いただけで、満足してしまっている。
どう考えても労力の、傷の、割にあっていないのに、レアのその言葉が聞けただけで良かったと感じている。
「はっ、今度はちゃんと聞かせてくれよ? お前の話をさ」
それがどうにも照れ臭くて、頭を掻きながら誤魔化すようにそう言った。
『はい、勿論です。我が信頼する相棒、クオン』
まぁ、レアの発言で誤魔化すどころか、余計に照れ臭くなったわけだが。
「……ま、まずはどうやって逃げたか、それを話そうか。つってもそう大した話じゃないんだが」
ミカと相対し、ヒトヨに乗って逃げ出した際、ヒトヨの上で俺は二つやったことがあった。
まず一つに、フィアに指示を飛ばしたこと。
俺はフィアの名を呼んだが、これは風魔法で推進させることを指示したわけではない。フィアの判断に任せたのだ。俺の指示なしに行動してくれと『伝心』、心を伝えるレアの力でお願いしたのだ。
そして二つにレアに魔石を吸収させたこと。
ミカという真の化け物が現れたせいで、今ではすっかり影が薄くなってしまっているが、俺たちを苦しめた化け物、同族喰らいの魔石をレアに吸収させたのだ。
『そ、そうだったのですかっ……!? で、ですが、転移には到底』
「最後まで聞きなさい」
『はい……』
レアの言う通り、それでは足りなかった。転移には伝達や伝心とは比較にならないほどの莫大な魔力が必要だ。
そこで、足りない分は俺の持っていた魔石を吸収させようとした。
レアの提案で、討伐した魔物の魔石は半分がレアの魔力、半分は俺が所持していたわけだが、俺はその今まで集めたEランクとDランクの魔石をCランクの魔石に交換していた。
これはいわば魔石の両替だ。
同族喰らいの魔石を吸収させた後、追加でそれをレアに吸収させようとしたのだが、そこで叩き落とされた。手に握っていた魔石は辺りに散り散りになったわけだ。
そこからの俺は痛みで、殆ど動けなかった。
しかしアイツの興味は俺とレアに注がれていて、フィアやヒトヨにはなかった。
フィアがその間に魔石を回収した。そして俺が歩き始めると同時にヒトヨも雀モードに変化し、バレないように背後から俺の近くに接近。
これらの指示も伝心の力で伝えたわけだ。
あのとんでもない強さを誇るアイツのことだから、フィアとヒトヨの接近に気付いていたかもしれないが、興味がなかったのだろう、一切反応しなかった。
そして俺がミカのレイピアで突き刺され、拳を振るった。
この時に殴りかかったのは、アイツの視界を塞ぐことと、左手に持っていたレアに少しでも意識を向けさせないため。
そしてその僅かに生まれた隙を使ってレアを開き、フィアとヒトヨがレアに魔石を吸収させる。その魔石で転移分の魔力が溜まったってわけだ。
これでおしまい。別に頭を使ったわけじゃない。使ったのはレアの力と根性だ。
『……情けないことに気が動転していて伝心を使っていたことも、魔石を取り込んだことにも気がつきませんでした……』
「むしろそれで良かったけどな」
レアがあそこで庇うように出てくれなかったら、魔石回収が間に合っていたか正直危ういところ。
つまり、これは全員の力のおかげで掴み取った勝利ってわけだ。
話に一区切りつき、ヒトヨの大きな背中を撫でた。
「悪いなヒトヨ、もうちょっとだけ頑張ってくれ」
「チュン!」
いくらヒトヨといえど、俺を背負いながら三時間も飛び続けるのは辛いだろう。フィアが風魔法で飛行を補助してはいるが……同族喰らいから傷を負っているし、ミカからも攻撃を喰らっている。
本当にヒトヨには感謝しっぱなしだ。当然、今も風魔法でヒトヨを助けてくれているフィアにもな。
「逃げることに精一杯だったから、場所は気にしてなかったが、これ何処に向かってるんだ?」
『今は七大国の一つ、レザール帝国の方角に向かっています。……それにしても、また始めからですね……魔力もほとんど空になってしまいましたし、交友関係も、信頼も。残ったのはクオンの剣ぐらいでしょうか……」
「元よりそろそろ街を出ようと思っていた頃あいだ。丁度いいさ。それに心機一転も悪くない。帝国ってぐらいだ、強くなれそうじゃねーか」
レアが伝達を使っていないのはもう魔力がないからで、本当に俺達には今何も残って……あ。
「同族喰らいの報酬があったわ」
腰に付けた鞄は傷だらけで所々穴あき、俺の血がべっとりついているが、なんとか無事だ。
ついでに言えば、ミシェルからもらった魔晶石も入っていた。
『これは……勝ちましたね』
「ああ、勝ったな」
「ふぃー!」
同族喰らいの報酬と魔晶石を見て思い出す。
それはヴァイガス達に飯を奢れなかったこと、そして魔晶石を返せなかったこと。許しては……くれないだろうな。
ったく恩知らずにも程があるな。いつか会ったのなら、何倍にもして返そう。それこそドラゴンの肉なんか奢ったりしてな。
「これは王国に流通していた金な訳だが、帝国でも使えるのか?」
『七大国の内、魔国と森国を除く五大国は同じ貨幣を使用しています。つまり王国と帝国は同貨幣を使用しています』
「いいね、これで宿や装備の心配もいらないわけだ」
加えていえば、ヒトヨにポーションも買ってやらないとだし、俺の傷も完全に癒えたわけじゃないからな。
「ところで、帝国の方に向かってるって言ったけど、今はどのあたりにいるか、分かったりするか?」
『サモリタ王国とレザール帝国を結ぶ関所付近のはずです』
「関所……降りなきゃダメか?」
こんな血だらけの、しかも疲労が溜まりすぎてインフレ起こしてる状態で関所とか面倒臭いのだが。それに出来るなら、ミカの追跡を少しでも逃れるため、関所を通ったという痕跡は残したくない。
『いえ、あくまでこれはサモリタ王国から来る者に対して行われるものですので、元々帝国の領土出身であることにすれば問題ないかと』
「わお、なかなか悪どいじゃないか。色々吹っ切れたか?」
声の調子もどこか何時もより楽しそうだ。
『そう、かもしれませんね。悪いことをして、狙われたとしても守ってくれる人がいますから』
「……ったく、調子いいな、おい」
本当に楽しそうだ。
でもそうだな。
「守ってやるよ、レアもフィアもヒトヨも、これから召喚する召喚獣も。全員で生き残って、俺の世界に戻るとしようぜ」
『はい!』
「ふぃー!」
「チュン!」
俺の世界に召喚獣やレアを連れて行くのは、難しいことかもしれない。だが、レアが来れていたのだから不可能ではない筈だ。
もう、俺の選択肢には一人で元の世界に帰るというものはない。
どんな困難が、どんな理不尽が、俺達を襲おうとも、
「俺はこの世界をーーこの異世界を召喚で生き残ってやる」
ーー俺は決意新たに新天地へ向かう。
後二話で一章終了。