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17 レア

 


「がっ……あっ、くぁ……」


 精神安定がかかっているのに、痛みが俺を支配する。

 叫びたい程痛いのに喉が音を鳴らしてくれない。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 頭が、腕が、足が、背中が、身体の全てが熱と痛みを発して止まらない。頭なんて本当に割れたんじゃないかと思うほど痛くて痛くてたまらない。


 こんな痛み、生きてきて初めてだった。


 俺の元いた世界では勿論、この世界に来てからもこんな痛み、味わったことはなかった。

 こっちの世界に来て、擦りむいて、斬り裂かれて、ひび割れて、痛かった。

 だがそんなものはまやかしだった。その時々の俺は一瞬でも決して痛みに支配などされなかった。


 精神安定が少しずつ、俺の心を落ち着ける。

 それでも痛みは消えやしない。寧ろ心が落ち着くにつれ、痛みが際立っていく。


 痛い痛い痛い痛い。痛い。最低最悪の気分だ。


 ああ、だが現実は残酷だ。


 最低最悪、それでもーーそれでも生きるために、回らない頭で生存への道を考えなければいけない。


 ……殆ど見えなかったが、ミカの声が聞こえ振り返ろうとした瞬間、ミカのブレる身体が見えた気がした。つまり俺は跳躍か、転移あるいは浮遊したアイツに殴り落とされた、それか蹴り落とされたわけだ。

 フィアは服から抜けたから大丈夫だと思うが、ヒトヨは大丈夫だろうか。ヒトヨも落とされて、だから、ああ……あぁ、クソ、痛みで思考が纏まらない。


 だが、痛み。それがまだ生きていることを実感させてくれる。


 視界は頭から流れる血と、頭を打ったせいでグラグラと揺れ、ぼやぼやとボケて最悪。思考も頭を打ったのと痛みのせいで最悪。身体はもうロクに動かせる気がしない。


 一撃だ、たった一撃。


 しかもまるで本気じゃない。それが伝わるほど余裕綽綽に。

 受付嬢さんが驚くほどの相手、同族喰らいを殺した俺達を最も容易く戦闘不能にした。

 戦闘不能なんて言っているが、俺が生きているのはおそらくフィアのおかげだ。急落下し、地面とぶつかる直前わずかに勢いが緩まった。あれはきっとフィアの風魔法だった。


 つまり今の一撃で、俺は死んでいた可能性だってあったわけだ。寧ろ、生きている方が奇跡、高さ約十メートルからの急落下。しかも頭に足蹴りを添えて。

 死んでいた可能性があったなんてものではない。


「おっ、生きてる。よかった、そんな簡単に死んだらさ、コントレアサモンスが可哀想だしね」


 クソッタレ。楽しそうに動かない俺の姿を見て笑っているミカ。


 突如、魔物に乗り逃げようとした俺とそれをを叩き落した青年。周囲の人間はその異常な事態を見ても、近寄ることはない。何故なら、その叩き落した青年があくまでも普通だからだろう。異常な場所に紛れ込む普通、それは異常事態でも様子を変えずに対処できる程の実力を持っているからに他ならない。近づかなくて当たり前、俺だって同じ立場なら近寄らない。衛兵ぐらいは呼びに行っているかもしれないが。


「君はさ、多分、コントレアサモンスから何も聞いていないんだろうね。だから僕を見ても逃げなかった。だからコントレアサモンスからも逃げなかった。コントレアサモンスという存在を理解していれば、きっと君は関わりを拒んだだろう。自分に降りかかる最悪な災厄、理不尽な不幸を恐れてね。……可哀想に、知っていれば現状は違うものだったかもしれないのに」



 彼女を何だというのだろう。まるで、人々に不幸を撒き散らす悪魔のような、周囲に不遇を与えることしかできない化け物のような語り方だ。


 彼女を、レアを俺は知らない。だが、ミカの語るような存在とは、どうしても思えなかった。


 本だというのに感情表現が豊かで、少し怒りっぽくて、召喚獣が大好きで……でも時折不安さを滲ませていて。

 それが、俺の中のレアで、俺はそれが彼女だとーー。


「でもそれが僕に会った君の、コントレアサモンスに会ってしまった君の運命だから、仕方がないのかな」


 一方的に地に倒れ伏す俺を見下ろし、彼は言葉を紡ぐ。それはまるで詩のような言葉だ。常人が言えば一笑で終わらせてしまう言葉、だが彼の放つそれには不思議と重みがあった。


「加えて、勇者と同郷にしてはあまりにも未熟。うーん、無知な割には頑張った方なのかな」


 ……うるせぇな、んなことは一番俺がわかってんだよ。反論しようにも、喉を言葉が通らない。





[もう、やめてくださいっ!]


 そんな時、いつのまにか握っていた俺の手から離れ、今まで沈黙を守っていたレアが、俺を守るように浮かび上がった。


「やめないよ」


[ど、どうしてですかっ!?]


「その子が足掻くから」


[わ、私から親を、兄弟を奪い、住処まで奪い、全てを一度奪ったというのに、まだ私から奪おうというのですかっ!]


 吠えるように叫ぶ。そんな彼女を俺は初めて目にした。彼女はいつだって、浮かれている時だって、冷静さを何処かに残していた。その冷静さがまるで鎖のように彼女を縛り付けていたはずなのだ。


「奪うよ。望んでもいないけれど、それが僕の生き甲斐だから」


[ッ! ……そんなに私を苦しめたいのなら、私を好きにすればいい! だから、もう、クオン達を傷つけないでください!]


 レアが懇願する。その言葉を聞き、ミカは笑顔から一転、無表情でレアを見つめた。


 ああ、どうして、そんなことを彼女はいうのだろうか。


「断るよ、やめないさ」


[何故……ですか……!? 貴方の目的は私のはずじゃ!?]


「そうだね。僕は君を処分する。それが使命で、世の安寧と僕の目標に繋がるから」


 そこでミカは一瞬、言葉を溜めた。そしてレアの後方を静かに見つめた。


[ではーー]


「でも、まだ未熟なりに足掻いてくれような子がいるなら頑張らせてあげないと」



 ミカの視線の先には俺がいる。



 ボロボロでみっともなくて、身体の痛みと頭を打ったせいで、立ち上がることすらやっと、立っていることすらやっとな最高に惨めで哀れな契約者たる俺がレアの後ろには立っている。



「そ、そうだぜ、死ぬほど尺だがく、クソ野郎の言う通り、だ……。お、俺は一ミリもそんなん望んでねぇし、諦めても、ない」


 身体はもうロクに動かない、少し動かすたびに痛みが襲い、こうして立っているのだってやっとだ。


 だが、誰も望んでいない結末になることを許す言い訳にはあまりにも足りない痛みだ。



[クオン……! 休んでくださいッ……! そんな状態で動いたら死んじゃいますっ……!]


 レアが俺に願う。だが今はまだ、その願いを聞くわけにはいかない。

 俺がここで休めば、足を折れば、立ち止まればーーレアはきっと俺の前から姿を消す。



 一ヶ月も一緒にいて、生活を共にした相棒が処分される。



 そんなことを許せるほど、俺はお人好しじゃない。



「……レア、俺はな、随分前にお前を信じるって決めたんだ」


 あれは確か、この世界に来て一日目のことだ。


 我ながら見ず知らずの、しかも俺をこんな元いた世界とは比べ物にならないほど危険な世界に呼んだ張本人、いや張本本を会って初日で信じるなんてどうかしていると思う。



 ーー理由は多分、今の俺と彼女の生き方が酷く被って見えたから。



 だから、俺は彼女の言葉を、彼女自身を信じてみよう、信じようと決意したのだ。


 そしてレアが俺を信頼出来るように行動で示すと言ったのだ。



 正直、行動で示せた覚えなんて一切ない。



 それでも一つ確かなことがある。



 ーー俺は、彼女の名前を呼び続けた。



「だからよ、レア」



 だから、今度も俺は彼女の名を呼んだ。




「ーーお前も、俺を信じてくれ」



 修飾は要らない。着飾った言葉をその場で考えて、語るなんて俺には出来やしない。


 それにしたって、傲慢な願いだ。レアの願いは無視して俺が願うとは、傲慢にも程がある。



 だが、



[…………はい、クオンッ……!]



 今は、今だけはそれでいい。





 俺の名を呼ぶレアを掴み、ミカに近づいていく。身体の自由がロクにきかないからゆっくりと、されど踏み締めて、威圧するように。

 俺という存在を、その間違いだらけの透き通った瞳に焼き付けさせる。


「死にたがりの自殺志願かな? それともコントレアサモンスを渡して自分だけ助かろうなんてしてないよね? なんて、さっきの会話を聞けば、そうじゃないことなんて分かるけどさ」


 今はもう言葉はいらない。必要なのは度胸と根性。


「喋る気力すらないのかな? それとも何かの作戦?」


 ああ、作戦だとも。だから考えろ、考えて、考えて、俺の歩みを止めてくれるな。


「これを見てもそんな態度でいられるかな?」


 ミカが俺の恐怖心を煽るように、腰に下げた細い剣を抜いた。恐らく、西洋剣、レイピアと呼ばれる剣であろう。


 そしてその剣をゆったりとした動作で構えた。ゆったりとしているのに、その動作は美しく流動的なものであった。

 構えを見れば非常に騎士然としており、彼が何処かの国の王子様と言われても信じてしまうほどのものだ。



 だが、俺にとってこの男は騎士でも、王子でもない。




 ーー最低にして最悪の敵だ。




 だから俺は相手が剣を構えようが、ただ堂々と歩く。


 作戦……いいや、これは作戦だなんて呼べる代物じゃない……賭けだ。


 俺が生き延びるための苦肉の策。相手の行動に全てを左右される策としては最低な部類の、一つの賭け事。

 だが、勝率は決して低くない。


「……いい度胸だね」


 ミカはそう言って笑みを深め、一瞬姿がブレた。


「まぁ、とりあえずね」


 俺の腹部に剣が突き刺さる。いや、この表現は正しくない。


 正しくは、俺の腹部に剣が突き刺さっていた、だ。

 ミカの姿が僅かブレた次の瞬間、腹に違和感を感じた。俺の身体の中がぐちゃぐちゃになってしまったような違和感。

 視線を向ければ既に俺には穴が開いていた。


 ……全く、認識出来なかった。違和感すら実際刺された瞬間よりも、遅れて感じたのだ。


 だが、不思議なことに元々身体が痛みで満ちているからか、腹部を貫かれるという重傷のはずなのに痛みはそれほどでもない。


 ゴフッと反射的に口から血液が溢れるが、それでも意識は案外ハッキリとしていた。


「オ、ラッッ……!」


 だから俺は右手で握り拳を作り、その拳を振るった。その端正な腹立たしい顔めがけ、もう振れないであろうただ一度きりの拳を振るったのだ。


「なるほど、肉を切って骨を断つって奴だね。この場合、骨を切って肉を断つかな。僕の剣を受けて、せめて一撃加えてやろうと。勇者と同郷の者らしい考え方だよ」


 そんな俺の拳は、ミカの顔の目の前で最も容易く止められる。もっと早く止めることもできたのに、余裕を見せるためにわざわざ当たる寸前で止めたのだ。


「まぁ、全くの無意味だけどね」






 俺の目的がテメェの顔に一発打ち込むことだって?

 馬鹿が、そんなもんは求めちゃいない。




 俺は生き延びるために賭けに出たのだ。

 そんな生存を捨てるような真似するわけがない。




 一撃で屠れるだろうに、俺を殺さなかった。




 その時点でこの賭けは俺の勝ちだ。



 俺の目的は少しでも、お前の視界を減らして、意識を俺だけに向けさせること。



「ゴフッ、と、とりあえずで終いだよ、クソッタレ……!」


 痛みで声を出すことすらキツイ、が思わず笑みが溢れた。目の前の男の笑みと比べたのなら、俺の笑みの醜さは浮き彫りになり、きっと猛獣のようだと人はいうだろう。

 ああ、今の俺ではこの男に勝てるところなど一つもない。



 容姿も。


 笑顔も。


 知識も。


 装備も。


 実力も。



 全て負けている。




 だが、それでも、今日の賭けだけは俺の勝ちだ。




「えっ?」




 一瞬呆けたミカの視線が俺の左手の開かれたレアに移り、その瞬間、







「転移」







 俺たちはその場から姿を消した。






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