15 邂逅
砂煙が晴れる。
そこにはヒトヨとーーヒトヨに尻尾を千切られ、右後脚に穴を開けられながらも、しかと立っている同族喰らい。
「ヒトヨ! 一旦引け!」
「アオオオオオオオン!!!」
俺の声を掻き消すように雄叫びを上げた同族喰らいが、ヒトヨに左脚を振るった。
フィアが急ぎ、樹木魔法を発動させるが間に合わない。
「チュンンン!! ……チュ、チュン!!」
避けることの出来なかったヒトヨの身体が爪で抉られるが、右後脚に穴を開けられたせいで、本来の力が出ていない。
ヒトヨが身体を抉られながらも反撃に転じる。それは反撃というよりも無意識の抵抗だった。
大きく頭を後ろに下げ、勢いをつけて嘴を同族喰らいの瞳目掛けて突き出す。
「ガルァアァァアアアア!!!!」
「ヒトヨ、ナイスだ! 一旦下がれ!」
片目を失った同族喰らいがあまりの痛みに大きく後退する。
そこにフィアと俺が追撃を仕掛ける。
機動力も視覚も奪われた同族喰らいに俺たちが苦戦することはない。
ダーティウルフの死体が有れば、それを喰らわれ、形成が逆転したいた可能性もあるが、もうすでに死体はフィアが燃やしている。
同族喰らいの抉れた瞳に俺の剣が突き刺される。同族喰らいは静かに鳴き、地面に倒れ伏した。
「ガ、ガウゥァ……」
ヒトヨの攻撃で生きていた時はどうしたものかと悩んだが、そこから勝敗はあっさりと決した。
同族喰らいの通常の何倍も濃密な魔石を回収し、金になりそうな部位を剥ぎ取り、残った身体を燃やした。
身体を燃やすまで、本当はまだ生きているんじゃないかと警戒し続けたのは言うまでもない。本当に、ヒトヨの一撃を喰らって生きていた時は、肝が冷えた。だが、蓋を開けてみれば苦戦はしたが、しっかりと戦えていたと言っていいだろう。
「ヒトヨ、大丈夫か?」
「ふぃー……」
樹木魔法が間に合わなかったフィアが申し訳なさそうな表情で手を合わせ謝罪している。それをヒトヨは、首を振って大丈夫だよ、と伝えている。
ヒトヨに付けられた爪による三本の傷。現在血は止まっているが、中の肉が見え痛々しい。
[痛々しいですね……ヒトヨ、雀に戻っても治りませんか?]
「チュン」
レアの提案でヒトヨが雀モードになるが、傷は癒えていない。小さな身体だからか、余計に痛々しく見える。
俺は袋から、小さなポーションを取り出すとその傷にかけていく。
「ごめんな、今は応急処置しかできなくて。帰ったらもっといい薬買ってやるからな」
「チュン」
俺も冒険者として傷を癒すポーションを持ってはいるが、この傷を治すまでには至らない。それどころか戦闘の邪魔になると動きを阻害しない本当に最低限の装備しか持ってきていない。
本来、それは冒険者として失格なのだが、このパーティだと荷物を持てるのは俺しかいない。そして盾役も基本的に俺しかいない。そんな中、俺が荷物を持つというのは……ううむ、この辺も考えねば。今回の戦闘でこれからの課題も浮き彫りになったからな。
「さて、ヒトヨの活躍もあって無事、依頼も解決できたことだし、帰りますか」
『はい、お疲れ様でした』
「ふぃー!」
「チュン!」
今日は流石に疲れたぞ。帰ったら依頼報告して、飯食って寝ますかね。
「同族喰らいですか!? それを討伐って……!」
街に帰ってきて、受付嬢さんに恐らく依頼を完了できたであろうことを説明しに冒険者ギルドへやってきた。
で、同族喰らいがいたのでそのせいじゃないですか、ということを伝えたら、この反応が返ってきた。
「ダーティウルフの同族喰らいなんで、魔法も使ってきませんでした。だからですね」
「いや、そんな簡単な話じゃ……でも……うーん、まだ同族を殆ど喰らっていなかったとか? でも……うーん」
受付嬢さんが悩んでいるが、魔法を使ってこなかった、俺たちが勝てた理由はこれに尽きる。
もしもの話、たらればではあるが、これが魔法の使える同族喰らいだったら俺は撤退していた。討伐しようとは考えなかっただろう。
それほどに魔法は戦況を左右するものだ。それは強者との戦いで有れば尚更。魔法の中には一撃で一つの街を灰塵に帰すことだって可能な魔法だってあるのだ。まともにやりあえるほど今の俺たちに実力はない。まぁそんな魔法、Sランクの冒険者でもないと使えないけど。
「ところで同族喰らいの素材って結構高かったりします?」
「そうですね、かなり高値になりますよ。そして素材とは別に、報酬も出ますので」
「報酬?」
「はい、同族喰らいは国の方で討伐指定されておりますので。ではまず素材の方、お預かりします。魔石の方も買取しますか? 素材以上に高く売れますよ。三ヶ月ほどは暮らしていける程度にはなると思います」
確かに美味しい話だ。まぁとりあえずは売らないけど。
「今は大丈夫っす」
「畏まりました。では少々お待ち下さい」
ヴァイガス達もいないから一人で、五分ほど待っていると、受付嬢さんが戻ってくる。その手に皮袋を握って。
「お待たせいたしました、こちらが素材買取分、そしてこれが依頼達成金、最後にこれが同族喰らい討伐の報酬になります」
ジャラジャラと皮袋の中身を広げた後、再度袋に詰め、確認お願いします、といってその袋を渡してくる。
逆に間違いはないかと、受付嬢さんに合計金額を確認するが、どうやら間違いはないらしい。
「これは、なかなか……」
魔石が三ヶ月生活できる程度の金になると言っていたが、その倍以上の金額が入っている。
これなら、ヴァイガス達に高級ディナーを奢っても、余裕で余る額だ。
くくく、会うたびに散々文句言われてきたからな。これで俺の凄さを思い知らせてやるぜ。
「勿論色は付けてますがね。そのぐらいの活躍はしていますよ、間違いなく。早期の同族喰らい討伐はそれほどの価値があります」
「あざっす、遠慮なく頂きます」
いつもギリギリ限界な懐が潤う。ああ、散財してしまわないか心配だ。
『それでヒトヨのポーションを買いましょう!』
っとそうだったな。かなり奮発しちゃおうかなぁ! 必要経費だよね、うん。仮にとんでもなく高価なポーションを買ってしまったとしても必要経費、散財ではない、うんうん。ヒトヨに傷痕でも残ったら一大事だからな。女の子だし。
そうして俺は、受付嬢さんと別れ冒険者ギルドを出た。
そしてそのまま、ポーションを買いに向かった。
「待ってろ、すぐに治してあげるからな」
「チュチュン」
そんな気にしなくていいのに、と頬を突くヒトヨ。だがそうはいかない。今回のMVPは間違いなくヒトヨで時点でフィアだ。ヒトヨが目を抉っていなければ、負けはしないだろうが戦いは長引き、今以上に被害が出ていたかもしれない。
ちなみにその次にレアで、最後が俺だ。レアの尻尾攻撃センサーがなければ死んでいたかもしれないからな。
そんな彼ら、いや彼女等を労わなければ、俺に天罰が下る。
かなり奮発し、高級ポーションを購入した。ついでにマジックバックとも呼ばれる収納の魔導具を買おうとしたが、あまりの高さに断念。俺の手持ちじゃまだ手が届かなかった。
ってわけで宿までの帰り道。
「家に帰ったら、使ってやるからな」
「チュン」
ありがと、とばかりに優しく頰を突くヒトヨ。この俺だから分かる意思表示。ポーションを買う前と後の頰突きを普通の人なら同じように感じてしまうだろうが、俺はそんなトーシロじゃない。召喚獣のことなら俺が第一人者だ。
レアが唯一無二の召喚型魔導書とか言っていたし、俺が初めての契約者と言っていたから多分間違い無い。
……魔導書を通さずに召喚が出来る奴もいるのか?
そうだとしたら俺は第一人者じゃなくてにわかになってしまうのだが。
「ふぃー」
フィアが構って欲しいのか、服の中でモゾモゾと動く。こら、暴れないの。困ったもんだ。服が不自然に伸びてるだろ。
全く。
(レア、召喚ってのは俺以外にも出来るもんなのか?)
『…………』
(レア?)
『……あ、いえ、何でもありません。見間違いでしょう、か……ら…………ぁっ』
レアが小さく声を上げた。
かすれて掠れて、最後の方など何を言っているのか、ほとんど聞き取れなくて、でも、何かがあることは理解できた。
俺の手が震える……いや、レアが震えているせいで、レアを掴んでいる俺の手も震えていた。
レアに向けていた視線を正面に向ける。
そこにいたのは、俺と同じような背丈をした青年。
ただ似ているのはそこだけ。金色に輝く髪も、碧く透き通った瞳も、その端正な顔つきも、腰に刺した細い剣も。黒髪黒目の、平凡な顔をした、太き剣を持つ俺とは全く違う。
何よりーーーー纏う力が違う。
皆が皆動いている中、俺とそいつだけがその場で立ち止まっている。夕陽がそいつだけを強く照らす。揺らめかないはずの影が、何処か揺らめいて見えた。
『……て……さい』
ああ、クソ、俺は今まで順調すぎた故に忘れていたのだ。
『……に……てく……さい……!』
この世界で未だ俺は弱者であったこと。
『逃げてください! クオン!』
「やあ、久しぶり。最後の魔導書兵器、コントレアサモンス」
そして何よりーー俺がこの世界に呼ばれた理由を知らないことを、忘れていた。