12 魔力の才能
ヒトヨが仲間に増えたこと、俺が身体強化を使用できるようになったことで戦闘の効率と、連携が格段に上昇した。
ヒトヨが空から索敵と追い立て。
フィアが足止めと選別。
俺とヒトヨが討伐。
ヒトヨの活躍が物凄い。索敵から討伐までこなすオールラウンダーだ。
そしてフィアも当然大活躍だ。俺の実力と同等か、僅かに上程度の魔物を選別し、俺のほうに流してくれるのは非常にありがたい。
そして俺、どう見ても足を引っ張っているが、なんとここで衝撃の真実。今までEランクの魔物のみしか討伐できなかった俺。
ついにDランクの魔物とも互角に戦えるところまで成長した。
成長、といっても身体強化のおかげではあるのだが、Dランク下位の魔物なら俺一人でも倒すことが可能になり、Dランク中位でも足止めぐらいは出来るようになった。
魔物討伐が効率的になったおかげで、今日は今まで一日で狩っていた魔物の倍近い魔物を屠ることが出来た。
「おめでとうございます、クオンさん。今回の依頼達成と素材売却で冒険者ランクがDランクになりました。かなりハイペースですね」
そのおかげか、俺の冒険者ランクが最下級のEランクから一人前たるDランクに昇格した。
新米のEランク。一端のDランク。
この間に存在する壁は思った以上に高い。冒険者の中にはEランクで生涯を終える者もいるという。
その壁を越えることができて初めて一人前と呼ばれるようになるのだ。
ちなみにだが、DランクとCランクの壁はさらに高い。冒険者の中で最も多いランクがDランクといえばその壁の高さが窺い知れるだろう。
そしてCランクの壁よりもBランクの壁の方が遥かに高く、Aランクの壁にもなると途方もない。
Aランクなんて国に百人もいないというのだから驚きだ。
「これでDランクの依頼を受けることができるようになります。これからも頑張ってくださいね」
「うっす、精一杯頑張ります」
「はい、期待の新人さんですから期待しちゃいますね」
まぁランクが上がったところで何も変わることはない。変わるのは討伐する魔物の比率と報酬程度だ。
すこしずつ少しずつ、されど急ぎつつ、俺は成長して行けばいい。
「Dランクに上がったんだって? 早えじゃねぇか」
素材の鑑定と査定を待っているとヴァイガスが声をかけてきた。
この数日の間、俺とヴァイガスは会ったらそれなりに喋る程度には仲良くなった。他にも話しかけてくれる奴はいるが、会う機会があまりないからな。
「まぁな。ヴァイガスはCランクだろ? すぐに追いついてやるから待ってろよ」
「はっ、ボロボロだった餓鬼が言うようになったな。ま、俺たちはお前がCランクになる前にBランクになってるだろうがな」
本当になれる自信があるのだろう。ガハガハとどっちが先か勝負だな! と笑っている。
Bランク、といえば一流の冒険者で、貴族に近い特権が保障されていることで有名だ。
しかしそこに至るまでの道は決して緩やかで短いものではない。才能なき者がその全てを投げ打ってでも届かない領域。
下級貴族になりたいか、それともBランクになりたいか、問われれば、多くの者がBランク冒険者になりたいと答える程度には立場があり、権利があり、そして憧憬の対象である。
『実力者には見えませんが』
(静かにしてなさい!)
俺の手に持たれているレアがボソリと呟いた。
そういうこといっちゃいけないっていつもお父さん言ってるでしょ! 全く!
ちなみにフィアは俺の服の中、ヒトヨは俺の肩に乗って静かにしている。レアと違ってとってもいい子だ。まぁ時折構って欲しいのか、頬を突いたり。服の中で暴れたりするのだが。そんなところも可愛い。
ヴァイガスと空いている席に着く。
「でも良くやるよ。毎日いくつも依頼を受けてよ。礼儀もあるし、冒険者なのに真面目な変わり者だって、受付の奴らが話してたぜ」
「お前らに奢るために頑張ってんだよ」
「おお! そりゃ悪りぃな!」
「悪いと思ってるならこの話は無しってーー」
「それとこれとは話は別だぜ」
はぁ、随分金は貯まったが、いくらになることやら。
ヴァイガスと喋っていると、ヴァイガスのパーティメンバー達がゾロゾロとやってくる。
「あー、遅いと思ったら。ったく私も誘ってよね」
姉御肌の女性、ヴィシュが勢いよく席につき、手に持った酒を飲み干した。
「行儀が悪いよ、ヴィシュ。クオンくん、お邪魔するね」
エルフの男性、リーラルがヴィシュを注意しつつ、流麗な動作で席に着く。
「……また魔力が上がっている。アレを続けられるとは……正直信じられない、全く呆れた男だぜ」
「うんうん、失礼するね。おじさん、寄りかかれるものがないと腰が痛くて」
ミシェルがボソボソと呟きながら、おっさんが愚痴りながら現れる。
素材査定が終わるまでの良い時間潰しだ。俺は素材査定が終わるまでの間、ヴァイガス達と話すことにした。
「へぇやるじゃん、もうDランクに上がったのか」
話は俺の冒険者ランクの話になった。
ヴィシュを始め、ほかの奴らも純粋に褒めてくれる。それがどうも照れ臭い。
「私等がDランクになれたのってもっと遅かったよね?」
「そうだね、二ヶ月以上はかかったはずだよ。随分前の話だから曖昧な記憶だけど」
「おじさんは一年ぐらいかかった気がするなぁ」
「それは時間かかりすぎよ」
おっさんはどうやってCランクになったんだよ。むしろDランクに一年かかってるのにCランクになれてるのがすごいわ。
「ところで話は変わるが、最近フェアリーを連れている冒険者が噂になりつつあるんだが、クオン、お前か?」
……やっぱり完全にバレないってのは難しいよな。何処かでバレることは覚悟していた。それに予想よりはずっと遅い。
「ああ、そうだな。だが、詮索は無しだぜ。俺の十八番みたいなもんだからな」
冒険者は自分の力を秘匿してナンボだ。だからコイツらもこう線引きをしておけば、深くは詮索してこない。
「わーってるよ。けどよ、妖精使いなんて珍しいからよ。気になるのは仕方ねぇだろ」
「もし妖精使いなんだったら、行く機会があればだけど、森国へ行くと良いよ。エルフは妖精との親和性が高いから、人族や魔族、獣人族に比べて妖精使いが多いんだ。きっと参考になるよ」
「へぇ、機会があれば行ってみるとするか。もしなんだったら、そっちを拠点にするのもありかもな」
森国ルフェタリア、その名の通り森の中に築かれた国。森国はエルフやダークエルフが住う土地だ。王城のようなものはなく、代わりに中央にそびえる世界樹が象徴となっているそうな。
フィアは行きたがるだろうし、ヒトヨも喜びそうだ。意見を聞いてからになるが、本当に拠点移動もありかもしれないな。
「つーかよ。その肩に乗ってる鳥はなんなんだよ」
ヴァイガスがヒトヨを指差す。
なんなんだよ、って見れば分かるじゃねぇか、雀だよ。
「雀だ」
俺がそういうとヴァイガスが吹き出した。
「ブフッ! んなことは見れば分かるっ! 雀をなんで肩に乗せてんだってことだよ!」
「趣味だ」
今度はヴァイガスだけでなく、パーティのみんなが笑った。
「うーん、正直図りかねるよね。間が抜けてるのか、それとも天才的な何かを秘めているのか」
「私は間抜けに一票!」
「俺も同じくだ!」
「うんうん、おじさんも同意しとこうかな」
好き勝手言いやがって。お前らの方が間抜けだ、ヒトヨの可愛さとその強さが分からないとは。目が節穴にも程があるぜ。
「ミシェルはどう思うよ」
「……」
ヴァイガスがやけに口数が少ないミシェルに話を振った。しかし、戻ってきたのは無言の返事であった。
「ミシェル?」
「……あ、ぁあ、私も同じくなんだぜ!」
「おいおい、どうしたよミシェル」
ミシェルは少し考え事をしてたぜ、と大袈裟に笑った。ヴァイガス達も、また魔法について考えてたんだろ、なんて言ってつられるように笑っていた。
……気のせいだろうか、ミシェルの視線が俺に向かっていた気がしたのは。
「クオンが拠点を変えるんだったらよ、俺たちもそろそろ拠点を変えるかね」
「それもありね、ここは私的に居心地良かったんだけど。あんまり稼ぎにならないから」
「そうだね、もう二年近く居るし、頃合いじゃないかな」
ヴァイガス達が拠点変更の話をしている。俺もここにずっといるつもりではないが、少し寂しくなるな。その感情が顔に出たのだろう、ヴァイガスが俺の顔を見てニタニタと三日月のようないやらしい笑みを浮かべた。
「おっ、寂しいか? 安心しろよ、一月はどうせ用意やなんやで移動できやしねぇ」
「はは、意外と寂しがり屋なんだね」
「立派なのは魔力だけ、心は全く未熟だぜ」
本当にこいつらは……。寂しいと思った俺がバカだったぜ。
「っとそろそろ俺は行くわ。もう素材査定も済んでるだろうから」
「おうよ、また今度な!」
ヴァイガス達と別れ、素材売却で金を得る。
「フィアは森国ルフェタリアに行きたいか?」
「ふぃふぃー……」
「そんな乗り気じゃないのか?」
どうも悩んでいる様子のフィア。何かあるのだろうか。
俺が問いかけるとフィアは少し悩み、俺のことを指さした。人のことを指さしちゃいけませんって言いたいところなんだけど。
「俺? ああ、一緒にってこと?」
うんうん頷くフィアを見るに正解のようだ。
「俺と一緒なら行くってことか」
「ふぃー!」
また正解した。
「一緒に決まってるだろ。じゃあ今度みんなで行こうな」
「ふぃふぃー!」
「チュン」
「当然お前もな」
そうだな。ある程度強くなったら次の目的地は森国ルフェタリア。エルフやダークエルフ、妖精なんかが住う国に決定だ。さっさと帰りたいが、せっかくの異世界、雰囲気を充分に味わっておくのも悪くない。
『……』
「どうしたよ、レア」
『いえ、私も聞かれるんじゃないかと』
「んだよ、聞かなくてもわかるだろうが」
『私も一緒ですか?』
当たり前だろ。俺がそういうとレアは、全く私のこと好きすぎですねと言ってくすくす笑った。
俺は否定も肯定もせず、ただ肩を竦めて、宿へと歩みを進めた。
「信じられない魔力なんだぜ」
そう、クオンの遠ざかる背中を見つめていたミシェルが呟いた。
「この前も言ってたけどよ、どれぐらい凄いんだ?」
ヴァイガスはミシェルに問う。
十日ばかしでDランクに上がるのは容易なことではない。前例は数多もあるが、そういった連中は皆が皆二つ名持ちの高ランク冒険者や偉業を成し遂げた英雄へと成長していることをヴァイガス達は知っている。
だが、現状でミシェルが驚愕するほどの魔力を保持しているとは考えられなかった。
魔力は強さを決定するものではない。ただ一つの指標にはなる。
その一つの強さの指標となり得る魔力をミシェルが信じられないと言うほど、新米のクオンが持っているとは信じられなかったのだ。
そしてそれはヴァイガスだけではない。
ミシェルと長い間パーティを組んでいるヴィシュやリーラルも同じであった。それは納得のいかない不満げな顔からも窺い知れる。
ミシェルはAランク冒険者である『風来の魔術師』、その唯一の弟子。才能を見出され、技術は未だ届かないが魔力量のみならば、風来と同等とまで評される人物だ。
魔法使いとして名実共にトップクラスのAランク冒険者と同等の魔力量を誇り、パーティのピンチを幾度も救ってきた言動は変わっているが、頼りになる彼女。
そんな彼女が信じられないと言うほどの魔力量をあの若干風変わりな青年が持っているとは到底思うことができなかったのだ。
「私の目は間違い無いんだぜ」
しかし、ミシェルは己の目を疑わなかった。
ミシェルの目は所謂『魔眼』である。
魔力を見ることのできる魔視の魔眼。風来がミシェルを弟子にした一つの理由でもあるこの魔眼。
ミシェルはこの魔眼で自分の道を掴み取ってきたと言っても過言では無い。
このパーティに所属する前、ソロで冒険者をやっていた頃もこの魔眼で命を守り、生存という道を掴み取ってきた。
そしてそれはパーティに所属してからも同じだ。この魔眼で魔力を見ることで相手の強さを予想し、魔力量が多い魔物は避けて、危険を回避しながらここまでのランクに上ることができた。
だから己の目を疑うことはあり得なかった。
「あの子は強くなるぜ」
ミシェルの言葉にヴァイガス達は何とも困り果てたような顔をして返事をしなかった。
「うんうん、そうだね」
ただ深い笑みを浮かべたおっさんだけが鷹揚に頷いていた。
ミシェルは確かに見たのだ。
冒険者として情報は命だ。
故に彼を尊重し、だからついぞ仲間にまで詳しく話すことはなかったがーー。
ーー既に自身と同等の魔力を持つクオンとその周りに潜む二つの大きな魔力をーー。
「私も負けられないのだぜ!」
それから、ミシェルが今まで以上に魔法修行へ精を出し、自らがクオンに教えた魔力増強方法を行い、一段と成長することになるのだが、それはまた別のお話。




