100 ドラゴン
竜、即ちドラゴン。
男であるのなら一度は憧れ、夢見る存在であろう。俺が元いた世界では謂わばフィクション間でのモンスターの代名詞とも呼ぶべき存在であった。
この世界での魔物の代名詞は人型の小鬼ゴブリンやポヨポヨのスライムだが、恐怖の対象のモンスターと言えばドラゴンか吸血鬼である。
時にトカゲとも評されるドラゴンだが、先ほどまで完全にトカゲであるグラッギーフィレントと戦っていた俺からするとその違いは一目瞭然であった。
グラッギーフィレントを悠々と飲み込むその体躯に、見るからに硬そうな鱗。牙は全てを噛み砕きかねないほど強靭で、爪は触れただけで全てを切り裂きそうなほどに鋭い。
ウチで最も物理に強そうなアイヴィスはまだしも、この世界での貧弱筆頭候補たるクオンミショウこと俺があの爪で触れられたらそれだけで死ぬだろう。
レアの言葉を思い出す。竜種で最も弱い翼竜以外が相手の場合は逃げる一択だと。
[……地竜ですか]
「撤退か?」
撤退するならば、まず俺とレアが転移で脱出。それから呼出でフィア達を脱出させるのが恐らくベターだと思うのだが。
[いえ、竜の左脇腹の辺りを見てください]
「左……」
[何者かに、恐らくあの傷から見るに相当な手練れの剣士にやられたのでしょうね]
たしかにそこにはかなり深く大きな十字傷がある。傷を見る感じまだ傷ついてから日が浅い。素人判断ではあるが、この地竜は大きなダメージを負っていると見ていい。
「攻撃して来ないのは動けないからか?」
[いえ、視線から考えるにアイヴィスを警戒しているのでしょう。アイヴィスも歴戦の剣士ですから]
剣士に傷を付けられたから剣士を警戒する。当然っちゃ当然だ。だが、いずれ動きを見せるだろう。でなければわざわざ獲物を横取りしたりしないはずだ。
その前に決断しなければならない。
戦うのか。それとも逃げるのか。
「……倒せるのか?」
[可能性は十分にあります。それに」
「それに?」
[実力を確かめる良い機会では?]
「…………」
戦うメリットは挙げてもキリがない。竜の素材は強靭な装備にも、莫大な富にもなる。討伐に成功すればこれからの被害を減らすことにもなる。
そしてグラッギーフィレント相手では把握出来なかったどこまでの強敵と俺達が戦えるのかという実力確認も出来る。
だがそれに付き纏うのは死だ。正確には死ぬかもしれない危険性が付いてくる。
実力を調べるために命を危険に晒す。それは馬鹿なことだろう。
だが、彼女達ならばーー。
「みんな、やるぞ」
「ふぃふぃ」
「チュン!!」
「竜殺し、ですか。俄然やる気が出ますね!」
「上等、私が竜にも引けを取らないこと証明してみせるわ!」
それぞれが息を巻く。相手はあのドラゴンだというのに、やる気満々な彼女達に思わず苦笑してしまう。
そして俺は背後からルーシアに話しかける。
「ルーシア、今回は俺が指示を出すから戦いに集中してくれ」
「うっさいわね、私なら竜相手でもーー」
「怪我をしてても竜は強い。勝つにはお前の本来の力が必要なんだ」
俺をチラリと振り返り、そして隣に浮かぶレアを一瞥してルーシアは苦々しい顔で舌打ちした。
「……ちっ、変な指示出したら速攻で代わってもらうわよ!」
「わーってるよ!」
ルーシアが俺のことを信頼して託してくれたのなら嬉しいのだが、レアが見ている手前、強く言い返せなかったのだろう。それに先程のグラッギーフィレントとの戦いで少しミスしたのを気にしているのかもしれない。
『クオン、分かっているでしょうが竜の鱗は並の攻撃を通しません。真正面からの攻撃ではアイヴィスの攻撃以外有効打はないと考えるべきでしょう』
(ああ。けど、それは真正面からの場合だよな)
『ええ』
(俺達が狙うべきは当然、塞がっていないあの傷口。だろ?)
相手の弱点を攻める。正々堂々を重んじる騎士道精神マンから見たら卑怯やもしれないが、戦いにおいては常識だ。
『はい。あの場所であればアイヴィス以外の攻撃も通ることでしょう』
「うっし!」
地竜。Aランクの魔物であるグラッギーフィレントよりも格上。
もしも勝てたのなら俺達の自信となり、加えて金もたんまり手に入る。魔石もきっと良質だろう。
「負けられねぇなぁ!」
私情により更新遅れ、そして話の方が短めになってしまいまして申し訳ありません。
4月は諸事情で忙しく、5月からはおそらく一週間に一度は更新出来ると思いますのでお付き合い頂けましたら幸いです。
読んでくださる方々に感謝を。




