99 グラッギーフィレント
遅くなり申し訳ございません。
「俺はこれ下がってないと死ぬな」
全身が刃の如き体毛に覆われているトカゲの様な魔物のその巨躯に思わず後ずさる。
グラッギーフィレント。
トカゲをふさふさにした様な見た目の魔物。体躯は大きいものでおよそ五メートル。小さくとも三メートルを超え、トカゲにも関わらず、速さよりも力にステータスを振ったパワータイプ。
パワータイプゆえに賢くはないが、風魔法を使う個体もいる厄介な魔物。雑食で時に人間を喰らうため、時折討伐依頼がなされる。
「そうですね、主人には少し荷が重いやもしれません」
「事前に決めた通りに行くわよ。アイヴィスが前衛、フィアさんと私が後衛。そしてヒトヨさんが遊撃」
「ふぃふぃ」
「チュン」
ルーシアが指揮をとるとアイヴィスがグラッギーフィレントの前に一歩踏み出し剣を構え、ヒトヨが鷲モードに変化し、空へと飛んでいく。
「キシャァァァァ!!!」
「来るわよ!」
地を這うようにトカゲがアイヴィスへと直進する。体格の差は圧倒的。されどアイヴィスはその突撃をしっかりと受け止める。
「グッ、ぬぬぬ!!」
それでも体格差ゆえにパワーではグラッギーフィレントの方が優勢でジリジリとアイヴィスが押されていく。
「ヒトヨさん! フィアさん!」
「チュン!!」
「ふぃふぃ」
ヒトヨが上から爪で頭部を強襲、フィアが樹木魔法で脚を絡め取る。ダメージはほぼないが、アイヴィスがその隙に距離を取り、体勢を整える。
「……『破断の誓い』」
ルーシアがそう発すると小さな光の球が数にして八個。トカゲへと向かっていき、フィアとヒトヨの妨害から力づくで抜け出したグラッギーフィレントへと触れると溶けるかのように霧散する。
恐らくあれが負荷魔法なのだろう。魔法は当たった、だが目に見えての変化はない。
だがルーシアの表情を窺うに、俺が気づかない程度の範囲でトカゲの能力に影響を及ぼしているのは間違い無いだろう。
つまるところ戦場は順調だということだ。強いて気になる点を挙げるとするならば、
「……俺、役立たず過ぎない?」
その一点に尽きる。ポジティブ界期待のエースたる俺が少し離れた場所で戦うアイヴィス達をボヤーっと眺めながら自らを指差して、卑屈な笑みを浮かべてしまう程だ。
『…………ノーコメントでお願いします』
レアもこの通り。否定もせず、右手の中で微動だにしない。
今回、俺が指揮を取らず試験的にルーシアが指揮を出しているのだが、それには理由がある。
時を遡って説明してもいいのだが、めんどくさいので簡単に説明してしまおう。
指揮を出すとなると前線を視界に収める必要があるから、多少戦闘に関わることになってしまうのだが、それを嫌がる者が二名ばかしいたのだ。
俺は正直雑魚雑魚の実の能力者かな? ってくらいに弱いからレアを通じての『転移』が無ければ本当にすぐ死んでしまう。故に俺とレアは二人で一つ、一心同体なわけだ。
つまり、レアと俺、両方の身に危険が及ぶことになる。
だが、レア大好きなルーシアと俺大好きなアイヴィスにとってそれは是としない。
そこで案として出されたのが今回のルーシア指揮権大作戦だったわけだ。
と、少し物思いに耽っても問題ない程度には戦闘は順調に進んでいる。
言ってしまえば数の暴力。グラッギーフィレントと同ランクが二人と一つ下のランクが二人。そんな彼女達が手を緩めず絶え間なく攻撃してくるのだ。
むしろまだ生きているグラッギーフィレントを称賛したい。
「アイヴィスはそのまま前線でソイツの足止め! 上からの攻撃は避けて正面からの攻撃は受け止めなさい! ヒトヨさんは継続してアイヴィスのカバーをお願い! フィアさんはーー」
「キシャシャシャァァァァ!!!」
だが、Aランク相手には一瞬の油断が命取り。上空のヒトヨと指示を出すのに意識を割かれすぎたルーシアに風魔法が迫る。
「ルーシア! 風魔法来るぞ!」
「ッ!?」
「ふぃふぃ!」
俺の声に反応したフィアが咄嗟に同じ風魔法を使い相殺を狙うが、打ち消すまでは行かず、威力の弱まった鎌鼬がルーシアへと迫り来る。
「ッ! 分かってるわよッ!」
声を荒げながら、鎌をくるくると器用に回し風の刃を受け止める。その手際は鮮やかであったが、もしフィアが威力を軽減させていなかったなら多少のダメージは食らっていたやもしれない。
風魔法を放った隙をヒトヨが上から狙い撃ち、グラッギーフィレントが僅かに体勢をずらす。そこにフィアが妖精魔法で追撃を仕掛ける。
「キシャァァ!!」
「いつまで避けるつもりかしら!!」
「チュン!!」
ルーシアが近づいてきたグラッギーフィレントに鎌を振り、動きを鈍らせる。
それでも必死にトカゲは逃げる。だがそれも長くは続かない。
フィアとヒトヨ、そしてルーシアの攻撃を必死に避け続け、顔を上げたグラッギーフィレントの前には剣を高く掲げたアイヴィスが立っている。
剣には魔法が纏っているのか紫電が舞い、硬い外皮で身体を覆っているグラッギーフィレントが目に見えて狼狽えるのが分かった。
削られた力を振り絞り、瞬時に逃げ出そうとするがその身体は動かない。何故ならフィアとルーシアが魔法によって拘束しているからだ。
命の危機に晒され覚醒したのか、風魔法を放つ判断を取るが、拘束する蔓と土の縄を断ち切ることができない。
もう既にルーシアの負荷魔法によってその力は失われてしまっている。
逃げられないと悟ったグラッギーフィレントが一か八か、アイヴィスに向かって風魔法を放つ。
「散るがいい、『天誅』」
だが、アイヴィスの剣は風魔法をも斬り裂き、激しい雷を纏った一撃がグラッギーフィレントの脳天へと突き刺さる。
「ぐ、ぎぇぇぇぇぇ…………!」
見るも無残な姿となったグラッギーフィレントが断末魔を上げ、息絶える。どこをどう見ても生きている訳がない。
[危ない場面もあったが、余裕をもって倒せましたね]
一緒に後方で見守っていたレアが俺の手から離れる。
「まぁな!」
[まぁクオンはほぼほぼ役に立っていませんが]
しくしく、レアが辛辣だよぉ。
「…………」
うきうきの俺を余所に倒した張本人達は黙ったまま。それどころか戦っている最中よりも険しい表情を浮かべている。
「どしたよ、喜べーな!」
「……失礼ですが、主人よ、本番はここからの様ですよ」
「……は?」
刹那、前方に広がる木々が吹き飛び、耳をつん裂くような咆哮が耳を貫いた。
地面から突如として現れたソイツは俺たちが倒したグラッギーフィレントの死体を頭部から丸呑みにし、邪魔者を見るかのような目で俺たちを見下す。
「おいおい、マジかよ……」
現れたのは時に神とすら崇められる存在。その姿はまさに王者にふさわしく、見ただけで体が震え上がる。
一歩歩みを進めれば大地が揺れ、声を上げれば空が裂ける。
「占い当たるの早過ぎだろッ!」
最強の魔物たる竜、その一体が俺達の前に姿を現した。
4章が終わったらエイプリル・フール的なお話をあげます。




