98、5 リナールの冒険者
遅くなって申し訳ない。
クオン達が出かける少し前、大きな街と比べて二回りほど小さく、酒場と見間違うと評判のリナールの冒険者ギルドにて。
「フエゴ・ロンギングが早々に去ってくれて助かったぜ」
椅子に座り肩を伸ばしながら、そう語る男の名はバルディ。少しチャラついた見た目とは裏腹にこの街のトップに君臨するBランク冒険者である。
「ホントね。折角苦労して手に入れた街一番の冒険者の名声が失われるところだったわ」
そしてバルディの対面に座り、昼間から酒を煽る女の名をビスタ。バルディとペアを組むBランク冒険者である。
二人は冒険者として上位に位置する存在であるが、この二人に夢や大願などは無い。
冒険者になった理由は単純で、富と名声が欲しかったから。人外の領域たるAランクやSランクになりたいなどと高望みはしていなかった。ただ辺境の街であれば最高ランクであり、チヤホヤされ楽に過ごせるであろうBランクが目標だった。
周りから羨望されるほどの才能は無くとも、
そして約一年前、苦労の末に念願のBランク冒険者の地位を手に入れることができたのだ。
苦労して手に入れたBランク冒険者の立場は苦労しただけあって素晴らしいものだった。辺境の街の領主程度とは同等の発言権を有し、依頼の報酬もCランクの数倍に渡り、一つ達成すれば一ヶ月は働かずとも遊んで暮らせる。
そんな二人の前につい先日現れたのが、かの有名なフエゴ・ロンギングだった。
フエゴ・ロンギングが来たというだけで街は大いに盛り上がった。街のみんなは彼を死ぬほど歓迎していたし、冒険者なんかは一眼見ようと探索隊を作ったりもしていた。二人相手には高圧的な態度を崩さないいけすかない領主ですら、フエゴ・ロンギング相手には敬語で二秒に一回御辞儀をしてしらいたのだ。
チヤホヤされるためにわざわざ冒険者の少ないこの街に滞在する二人の頭の中にはある可能性が過った。
もしかしたらこの街を気に入って永住するのでは?
そんなありもしない可能性である。しかし可能性はゼロではない。二人は大いに焦った。が、そんな心配を他所にフエゴ・ロンギングは『風来』という通り名の通り直ぐに去っていき、肩を下ろしたのがつい先日の出来事である。
「全く英雄様にも困ったものだ」
「ホントね」
やれやれと二人は肩を竦める。
「ふむ、ところでビスタ。僕の友人が君がフエゴ・ロンギングと握手を交わしているのを見たと言っていたのだが」
「あら、人違いじゃないかしら?」
「斥候を務める男で目はいいのだがね。なんでも数人の女冒険者と照れながら握手を求めていたとか?」
「人違いね。間違いないわ。背が高くてスラッとしててイケメンで地位も名声もお金も持っているでしょうけど、私にとっては大した価値じゃないわ」
ビスタは酒を飲むのを辞めて、冷たい水を一気に飲み干した。
「ところで私も友人に聞いたんだけど、貴方らしき男がフエゴ・ロンギングにサインを求めていたとか」
「この僕が? 人違いじゃないか?」
「何人か同じようなことを言っていた子がいるのだけどね。家宝にするとかほざいていたらしいのだけど」
「ありえないね、人違いだ。強く気高く、かと言って驕らず誰にでも優しい彼は皆の憧れではあるかもしれないけれどね、僕にとっては大したものじゃない」
「「……………………」」
「やれやれフエゴ・ロンギングにも、この街の人達にも困ったものだね」
「ホントね。浮かれすぎよね」
兎にも角にも、二人の安寧の地は守られたのだ。二人は盃を交わし、互いに飲み干す。
「うぉいうぉい! マジかよ!!」
と、そんな時ギルドの受付の方から大声が聞こえてきた。二人は腰を上げると騒ぐ冒険者と受付嬢に声をかけた。
「おいおいどうしたんだ?」
「あらあら何かあったのかしら?」
「マジかよ! バルディさんにビスタさんじゃねぇか!」
騒いでいた冒険者は二人を見ると目を輝かせた。その反応に二人は得意げになる。この尊敬の眼差しが勝利の美酒と変わらないほど堪らないのだ。
「で、お困りごとかな?」
「なんだったら私たちに出来ることがあるなら協力するわよ。なんてったって、この街のNo.1冒険者ですもの」
「ああ! No.1冒険者だからね」
「マジかよ! 流石No.1だぜ! 二人になら安心して任せられるぜ!」
目を輝かせ、受付嬢を置いてけぼりに話を進めようとする冒険者。
「ですが……」
「この街のNo.1だぜ! 大丈夫だって!」
しつこいぐらいにNo.1を押す二人に受付嬢は困惑するが、冒険者は全幅の信頼を置いていた。
「では……」
困惑していた受付嬢だが、冒険者の言葉に押され二人へと騒ぎの原因の説明を始めた。
「実は近隣で竜の目撃情報がありまして--」
「……おっと、ビスタ。俺たち確か領主に呼ばれていたんじゃなかったか?」
「……あら、確かにそんな気がするわね、バルディ」
「というわけですまない、話はまた今度」
受付嬢が竜、と言葉を発した瞬間、二人はそそくさとその場を退散した。そんな二人を見て騒いでいた冒険者は--。
「マジかよ……」




